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39. メルナの活躍

 《聖道暦1112年4月5日》


 メルナ達三人が向かったのは、市場からはだいぶ距離のある地域の住宅街の一角だった。


 平民達が多く暮らすその地域は、細く長く続く用水路があらゆる場所に流れており、両端に埋め込まれた煉瓦の色によってその用途が分けられているらしい。


 たいていの場合はこの用水路を挟むように家々は建てられ、日常生活の中で上手に水路を使えるようそれぞれに工夫を凝らしているのが見受けられる。ただし家の大きさや色合いはまちまちで、あまり派手でない限りは個々の好みに任されているようだ。


 メルナ達がちょうど足を踏み入れた道も、そうした用水路と家々に囲まれた場所の一つだった。水路に流れる心地よい水音を掻き消しながら、多くの人々がそこを行き交っている。


 「あの奥よ。」


 三人が人々の合間を縫うように歩いていくと、一軒の大衆酒場に行き当たった。この辺りの労働者や商人達が家に帰る前にちょっと立ち寄るような場所なのだろうが、午後になったばかりのこの時間、当然まだ客人の気配はない。


 だがメルナはそんなことはお構いなしに店の裏口に回り込み、ドンドンドン!と強めにドアを叩いた。


 「おいおい、ここに奴が潜んでいるんじゃないのか?」


 ラトが心配そうに尋ねると、メルナは首を振って微笑んだ。


 「違うわ。ここは念のため先に確認しておきたかった場所。本当に行きたいのはここと繋がっている別の場所よ。」


 するとドアがギギギと嫌な音を立てて開き、中から目の座った年配の女性が現れた。後ろに雑にまとめた髪は、少し崩れていて疲れを感じさせる。


 「こんな時間に何の用だい?店なら日が暮れてから開くよ。」


 彼女のしゃがれた声が、前の晩の酒を想起させる。メルナはいつも通りにっこりと余裕の笑みを見せると、右手の手のひらを上に向け、その女性の前にそれを差し出して言った。


 「痛い目に遭いたくなければ鍵を渡しなさい。ああ、私の言う痛い目というのは、『物理的』『社会的』『金銭的』な意味よ。どうする?」


 メルナの言葉で女性の顔は一気に強張り、服の後ろから何かを取り出そうとし始めた。しかしメルナの方が一歩も二歩も速く手を動かし、後ろに回した女性の手は、人間の頭ほどの大きさに膨らんだ氷の塊によってガチガチに固められていた。その手には小さなナイフが握られている。


 「ほー、やるねえ。」


 ラトの軽い称賛の言葉をメルナはさらっと聞き流し、脂汗をかいて震えている女性の肩に手を置いて言った。


 「早く出しなさい。手が凍りつく前に。」

 「ひいいい!?あ、あ、あの、奥の棚の、人形の、中…」


 それを聞いたアランタリアがすぐに動き出し、メルナと女性の横をすり抜けて店の中に入っていく。言われた場所に置かれていた人形を確認すると、服の内側、人形の背中部分が大きく開くようになっており、そこに複雑な形状をした真鍮の鍵が入っていた。


 「全く、手間を掛けさせて…あなた、フィリペ・ランジュに関してどこまで知っているの?」

 「な、な、何も知らないよあたしは!ただランジュ様達に頼まれてるだけさ!女の子が来たら下で面倒見ろって、それで、ただ時間まで預かっているだけで…」

 「女の子…誘拐された従業員達か。」


 ラトの呟きにメルナは小さく頷いた。その後氷を溶かして彼女の手を自由にするとあっさりと武器を奪う。さらに奥に置いてあった縄でその両手足を近くの椅子にしっかりと括り付けておいた。


 メルナはそのまま奥に進み、厨房らしきその場所のさらに奥、倉庫のドアと思われる場所で立ち止まった。


 その質素なドアを開けるとひんやりとした冷気を感じ、中には厨房の僅かな光が入りこむ。意外と片付いているその場所の木箱や麻袋を掻き分けてそのまた奥へと進んでいくと、一番大きな空の木箱の前で足を止めた。


 「きっとここね。」


 木箱をズリズリと音を立てて動かし、床を見る。


 「なるほど。ここに一時的に監禁していたのか。」


 メルナに追いついたラトが足でその床の扉部分を叩く。返答は特になかったが、アランタリアが先ほどの鍵をラトに手渡すと、彼は急いでそれを鍵穴に差し込み、勢いよくその扉を開けた。


 中には十数段の階段が下に続いており、そこから微かな明かりが漏れているのがわかった。メルナが念のためラト達をその場に残して階段を降りていくと、人が居たであろう痕跡は残されていたが、もうそこには誰もいなかった。


 「やはり遅かったようね。」


 メルナはそう呟くと、階段を駆け上がって二人に状況を報告した。


 「さて、残念ながらここでは収穫はなかったけれど、次は当初の目的の場所に行きましょうか?」


 そうして三人は、再び別の場所へと移動を開始した。



 酒場から十分ほど歩いたところ、住宅街の外れとなるそこは、何軒かの店舗が並ぶ地域だった。一般の住人や買い物客らしき人はこの通りにはほとんどおらず、商人や飲食店を営む人対象の商いをしている店が集まっている場所のようだった。


 メルナはその中の一軒に目をつけると、軽快な足取りでそこに向かう。そして何の躊躇いもなくドアを開けると、大きな声で叫んだ。


 「欲しいものがあるの、店主はいる?」


 すると中で忙しく働いていた数人の従業員達が、何事かとざわめき始めた。その音が聞こえたのだろうか、今度は店の奥から一人の男性が姿を現した。


 「誰だあんた?知らない顔だな。あんたみたいなお嬢さんに売る酒はないが?」


 その白髪混じりの細身の男性は、最初から無愛想を超えてすこぶる失礼な物言いでメルナに突っかかってきた。だが彼の顔を見た途端、メルナはゆったりと微笑む。


 「ふふ、居たわね。さて、あなたはどんな抵抗を見せてくれるのかしら?」


 そういうと同時に手を喉に当てるとその手を大きく振りあげ、慌てて逃げようとしたその男性に強烈な風と氷の嵐を吹きつけていった。


 一瞬の沈黙の後、ゴトンという重い音を響かせながら、首から下の全てを氷で包まれたその男性が地面に転がった。店の従業員達はその恐ろしい光景に真っ青になり、叫びながら店から逃げていく。


 「まあ!大した抵抗もしなかったのね。さて、サミル・モーリス、あなた、以前あの市場の東側にある石造りの建物の一角をお持ちだったわね?」

 「…」


 サミルは黙って目を逸らした。だがメルナは笑顔で追い詰める。


 「今は関係ない人物に売ってしまったようだけれど、きちんと書類は残っているからシラを切っても無駄よ?」

 「証拠だと?」

 「ええ。だってあの家を買ったの、私ですもの。」

 「なっ!?」


 サミルは顔を青ざめさせ、氷の体ごと床で再びゴトリと揺れた。


 「そういう訳であなたはもう逃げられないの。誘拐事件、いえ、人身売買に関わった人物が、帝国ではどうなるかご存知?」

 「う…」

 「そう、知っているのね。ではどうぞ楽しみにしていらして。ああ!でも彼なら少しだけ罪を軽くする方法を知っているかもしれないわ。ねえ、アラン?」


 ふいに話を振られたアランタリアは不機嫌そうに頷いた。


 「ええ、まあ。ですがこんな男にそのような気遣いは不要なのでは?」

 「おい!いいから教えろ!!どうしたら処刑されずに済む!?」


 気色ばむ男に、メルナは安心させるように優しく語りかける。だがそれは逆効果だったようだ。


 「あら、処刑だなんて人聞きの悪い…ただちょっときつい監獄に入るだけよ?メーリン監獄、だったかしらね、アラン?」

 「だから、そこに入ったら処刑されるも同然だろ!?早く教えろ!!」


 アランタリアは大きくわざとらしいため息をつくと、地面に転がった男性の耳元で何やら囁いた。そして諦め切った表情の男の返答を受け取ると、再び立ち上がる。


 「行きましょう。まだ間に合うかもしれません。」

 「ええ。」


 こうして三人はようやく、真の目的地への切符を手に入れたのだった。


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