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29. 謝罪はお早めに

 《聖道暦1112年3月29日》



 メルナは今、目の前にいる萎れた三人の男性達を冷ややかに見つめている。


 この男達は二日前エステルにしつこく迫り、現在それに怒り狂ったエステルにより三人まとめて無視されている、という状況だ。


 今までに見たことがないほど冷淡な態度を取るエステルに、流石の強心臓達も心が折れたらしい。自然と彼らはメルナの元に集まり、気がついた時には反省会(事情を詳しく聞き出したメルナの一方的な説教大会?)が始まっていた。



 「本当に何をやっているのかしら、あなた達。今のエステリーナにはね、心根が優しくて頼れる人、甘えられる人が必要なのよ?そんな彼女に、なかなか自分に振り向いてくれないからといって強引に迫るだなんて、どうかしているわ!」


 メルナが厳しい口調でそう諭すと、まずはヒューイットが口を開いた。


 「そうですよね、僕はずっと姉上が望むような優しくて頼り甲斐のある男性として振る舞ってきたのに、つい焦ってしまって…」


 ふむ、ヒューイットはだいぶ反省しているようね。アランの方はどうかしら?


 「私もなかなか思うように彼女と接点が持てず、焦りが出てしまったようです。とにかくこの想いだけでもお伝えしようと…女性に慣れていないというのは、こういう時に困りますね。」


 まあ、珍しくアランが女性関係の話を私に打ち明けてくれているわ。前なら考えられなかったことだけれど、それだけエステルの仕打ちに打ちのめされているということね。でも、女性に慣れていないというのは…


 だがラトだけは、他の二人とは少し気持ちが違っていたようだ。


 「はあ、こんなことになるなら、あそこで逃げなきゃ良かったな…」


 ああ、これは絶対何か良からぬことをしでかそうとしていたに違いない。


 「あのねえ、あなたエステルの気持ちはどうでもいいの?」


 呆れたようにメルナがそう言うと、ラトは腕を組んで堂々とこう言った。


 「そんなもの見ていればわかるだろ?一体俺がどれだけ…」


 その後も彼はよく聞こえない声でぶつぶつと何かを呟いていたが、メルナはもう続きを聞く気にもなれなかった。




 ― ― ―



 そんな生産性のかけらもない話を四人がしていたとは露知らず、エステルはこの先の道のりの厳しさに備えて、自分の荷物や服装の整理に取り掛かっていた。


 「よし!これで準備は万端ね!あと数時間で到着するってメルナも言っていたし、少し休んでおこうかな。」


 エステルは大きな荷物をドアの近くに移動すると、ベッドの上にごろんと横になった。天気も安定し、特に大きな障害もなく無事に帝国領土内に入ることができそうだ。精神的な疲労感は残るが、体調は万全。後は…


 「そろそろ気持ちを切り替えて、みんなと仲直りしなくちゃね。」


 エステルは天井を見上げながら、少しだけ眠ろうと、目を瞑った。




 数時間後。


 ついに船は目的地である『ドゥビル』に到着した。


 この町は帝国内でも特に交易の町として有名で、ローゼン王国に住んでいたエステルですら、この町の話はよく耳にしていた。実際ヒューイットはここで様々な商品を仕入れていると聞いていたので、エステルは密かにこの町に立ち寄れることを楽しみにしていたのだ。


 「うわああ!メルナ!見てちょうだい!あんなに先まで市場が続いているわ!!」


 エステルは男性陣と仲直りすることなどすっかり忘れ、初めて来た憧れの町にはしゃいでしまう。メルナはエステリーナには基本甘いため、うんうんと優しく話を聞きつつ一緒に歩き始めた。


 そこは大きな広い通りとなっており、運河に沿って東西に長く市場が続いている。一つ一つの店には独自の布製の屋根が掛けられ、色とりどりのそれらがこの町を特別な空間に変えている。


 また、色彩豊かなのは屋根だけではない。それぞれの店先には籐で編まれたカゴのようなものに山盛りの野菜や果物、豆類や乾物、見たこともないような雑貨の数々が並べられている。見ているだけも楽しくなってしまうこの場所に、エステルはあっという間に魅了されてしまった。


 様々な国々や地域からあらゆる商品が集まるこの場所には、当然見たこともないほど多くの人々も集まっている。そのため、ちょっと油断をするとあっという間に人々の波の中に飲みこまれてしまう。実際エステルも市場の様子に夢中になっているうちに大きな人の波に流されそうになり、誰かに手を引かれてハッと振り返ると、少し怒った顔のメルナがそこにいた。


 「もう、エステリーナったら!すぐどこかに行ってしまうんだから!」

 「ごめんなさい。つい楽しくなってしまって!」


 迷いそうになったエステルをがっしりと捕まえたメルナは、全く迷うそぶりもなく運河沿いの元いた場所へと戻り、三人の男性陣と合流した。



 運河沿いの道は馬車の進入が禁止されているらしく、エステル達はゴレに住むメルナの知り合いに馬車を預けてからこの町にやってきた。そのためここから先に進むには、新たな馬車を借りるか、帝都行きの乗り合い馬車を使って移動することになる。


 結果として、仲良くなったあの馭者のショーともそこでお別れとなった。少し寂しいが、こればかりは仕方がない。


 「この先は危険だから、どちらにせよショーは連れて行けなかったと思うわ」とメルナが言っていたこともあり、エステルは彼に労いと感謝の言葉を伝えてその別れを受け入れた。


 こうしてアランタリアの馬車を失ったエステル達は、この町で次の町へのルートを決めて新しい馬車を借りるまでは、しばらく徒歩での移動を余儀なくされることとなった。




 エステルは大きな荷物を軽々と抱えると、市場を早く見たい気持ちをグッと堪えて、四人と共に今日の宿へと歩いていく。


 宿に到着し中に入ると、誰よりも早くエステルの元にヒューイットがやってきた。エステルは苦笑しながら落ち込んだ様子の弟と目を合わせると、歩きながら話しましょうと言う。


 「姉上、あの」


 幼い頃、喧嘩をした後は必ず彼が先に謝ってくれた。そしてそんな時はたいてい、今の彼のようにちょっと困った顔でエステルの前に現れたものだ。言い渋る彼の様子でそんなことをふと思い出し、少しだけ微笑んで助け舟を出す。


 「ヒュー、もう怒っていないわ。でもね、私はあなたとはいつまでも仲の良い姉と弟の関係でいたいの。」


 その真剣な思いはヒューイットにもしっかりと伝わったのだろう。俯いたまま彼はゆっくりと頷いた。だが彼の表情はまだ苦しそうに歪んでいる。


 「姉上の気持ちはよくわかりました。でも僕もまだ長年の想いをそう簡単には諦められない。だからもう少し時間が欲しい。僕にも、僅かでもいいから機会を与えて欲しい。姉上を誰よりも長く見てきたから、だから…それでどうしても駄目なら、その時は諦めますから。」

 「ヒュー…」


 エステルの中で答えが変わることは今後も決してないだろう。だが彼がずっと自分のことを想っていてくれたという事実を、その想いを、そう簡単に潰してしまうこともできなかった。


 (きっと時間が経てば、全て忘れられるわ)


 たとえその想いに応えられなくても、いつまでも弟の幸せを願う気持ちは変わらない。エステルは少しでも早く傷が癒えますようにと祈りながら、少しだけ笑顔を取り戻したヒューイットの肩に軽く手を置くと、先に行くわねと言ってその場を離れた。




 そして夕食後、今度はアランタリアがエステルの部屋に顔を出した。もちろん部屋の中には入れず、廊下で話をする。


 「エステル、この間は申し訳ありませんでした。あなたがラト殿や弟さんとずいぶん親しげにされているのを見て、つい焦ってしまって…」


 アランタリアはエステルの『無視』に対し、三人の中で一番心を痛めていたようだ。いつもなら輝かんばかりの美しさを感じさせるその顔には翳りが見られ、今日は随分と疲れきった表情を見せている。エステルはその様子を見てつい罪悪感が湧いてきてしまい、思わず優しく語りかけていた。


 「先生、私も今回はやり過ぎました。ごめんなさい。でも、やっぱり私先生のこと」

 「待ってエステル!」

 「え!?」


 普段とは違う、少しくだけた口調の彼にエステルが驚いていると、アランタリアは辛そうな表情を浮かべて言った。


 「こんな状態で終わりにしないでくれ。私はあなたのことをもう、その、愛し始めているから。だからもう少し、もう少しだけ猶予が欲しい。お願いだ、エステル!」


 近付くでも手を触れるでもなく、アランタリアは静かに、だが真剣にその想いを伝えてくれる。戸惑いの時間が二人の間に流れ、そしてエステルはゆっくりと口を開いた。


 「ええと、ありがとうございます。でもこの前のようなことは困ります。だから本当に、お友達として、仲良くなっていきませんか?」


 これが今エステルができる最大限の譲歩だった。アランタリアの表情が一気に和らぐ。


 「ええ、ええ!ありがとうエステル!私は、あなたの良き友人となるよ。そしていつか、私を、私だけを見てくれるように…」


 彼の美しさが表面上のものだけでないことを、エステルはもう知っている。もしかしたら、出会い方が違っていたら、エステルも優しい彼に惹かれていたかもしれない。だが…


 (とにかく、これで一旦は先生の暴走も収まりそうね)


 エステルは曖昧な笑みでその場を誤魔化すと、そろそろ休むのでと言って彼と別れた。


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