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13. 花と危機と

 《聖道暦1112年3月15日午前》



 前日アランタリアから詳しい話を聞いた後、そのまま彼の家に泊めてもらうことになったエステル達は、快適な部屋をお借りし、そこでしっかりと体を休めることができた。


 そしてこの日はまだまだ続いていく旅の準備をするために、ラトと共に村の中心部で必要な物資を購入しようと朝早く家を出た。


 「馬車はこっちに来るまでにあと二日くらいかかるんだろ?結構暇だな。」


 二人はそんな何気ない話をしながら、人通りの少ない道を歩いていく。


 「ナイト先生はそう仰っていましたね。大きいものだから特殊な場所に保管してあるって。でもこれで安心です。今度の馬車は屋根もあるみたいだし、これからは雨でも問題なく移動できるわ!」


 しかしラトは「そうだな」と相槌を打ちつつも、なぜか心ここに在らずといった様子だった。エステルは不思議に思い彼に尋ねる。


 「ラトさん、何か違うこと考えてます?」

 「え?何か言ったか?」

 「…いえ、別に。」


 話も聞いていないほど上の空で、今日の護衛の仕事は務まるのだろうか。エステルは不機嫌になりそうな自分をどうにか抑えると、足早に前へと進んでいった。



 前の日に立ち寄った町の中心部、木箱に入った花々が並ぶ通りに到着すると、ラトは「ちょっとあっちを見てくる」と言ってエステルの元を離れた。


 旅慣れた彼は出発時にはあまり服を持たず、いつも到着した町で必要な衣類を揃えるようにしているらしい。おそらく今日もこの村で服を買おうとでも思っているのだろう。


 爽やかに晴れて暖かく春らしい天気の中、ここを訪れた観光客達は木箱に植えられた花々を愛で、時々触れるなどして村の景色を楽しんでいる。


 エステルもまた色とりどりの可憐な花を楽しみながら、旅に必要なものを少しずつ買い揃えていった。



 三十分ほどふらふらと通りを歩いていると、ラトがとある店へと入っていくのが見えた。何となく気になって彼が入った店を覗き込むと、予想通りそこは衣料品店だった。


 ぼんやりとラトの姿を目で追っていくと、彼は手にした服を触って感触を確かめているようだ。


 そこに店員らしき小柄な若い女性が現れる。彼女はラトに親しげに声を掛け、微笑みかけた。ラトもまた顔を上げると彼女に優しい笑みを見せ、二人は笑い合って話している。


 (何あれ、鼻の下伸ばしちゃって!)


 なぜかその二人の姿に意味不明な苛立ちを感じたエステルは、無意識に近くの木箱の花を手で触り始めた。


 そうこうしているうちにその店員の女性は手のひらほどの大きさの紙をラトに手渡し、黙って微笑みかけた。それに対し彼は彼女の耳元に口を寄せ、何かを囁く。女性はふふふと楽しそうに笑い、ラトの腕に軽く手を添えた。


 エステルはその衝撃的な光景につい花を握りつぶしそうになり、ハッとして手元を確認する。花は無事だった。が、何かがおかしい。


 今まで触れていた木箱の中の花々が、明らかに先ほど見た時よりも一回り大きく、さらに輝きも増しているように見える。


 理解できない現象に困惑し木箱から離れた瞬間、近くにいた何人かの子供達が「お姉ちゃんこっちこっち」と言いながら手を引っ張り始めた。


 困ったわと思いつつラトを見ると、彼は店の奥に入ってしまったようでこちらの状況には気付いてもらえなかった。


 (もう!本当に役に立たない護衛なんだから!)


 子供達に引っ張られる理由がわからず不安ではあったが、幼い子なので邪険にはできず、どうしたのと声を掛けながら彼らについていく。


 (これだけ小さい子達ですもの、いざとなれば振り切って逃げればいいわ!)


 そんな風に気楽に考えていたエステルだったが、残念ながらその考えはだいぶ甘かったようだ。



 「どういうこと、これ?」


 ふと辺りを見回すと、エステルは数人の屈強な男達に囲まれていた。


 そこは先ほどまで歩いていたあの大通りから少し奥に入った場所で、建物はあまりなく、田舎らしい長閑な細い道が続いているようなところだった。


 その突き当たりには小さな井戸とベンチが一つあり、井戸を中心とした小さな広場を取り囲むように、数軒の家が建っていた。


 そしてその家々から現れたのが、今エステルを取り囲んでいる男達というわけだ。


 「大勢で取り囲んで、一体何のまねです?」


 そう言って子供達の手を振り払うと、彼らは慣れたように離散してどこかへ行ってしまった。


 エステルは男達からできるだけ離れた場所へ移動しようと、後ろにジリジリとさがっていく。すると男の一人が先ほどのエステルの質問に答えた。


 「いやあ、ちょっとお嬢さんに大事な用があってねえ。まあここでは話せないんだが…」

 「ただの旅行者にどんな用があるというんですか?私の方に用はないので、そのお誘いはお断りします。」

 「…」


 (男が四人、でも胸騒ぎがする。他にも誰かがどこかに隠れている?)


 エステルは警戒しながら短剣を取り出そうと腰に手をやったが、その動きが男の一人を刺激してしまったらしい。


 突然その男がエステルに飛びかかり、体を押さえつけようと上から覆い被さった。しかしエステルはその男の懐に入り込み、内側から全力の肘打ちをお見舞いする。


 「ぐふううっ!?」


 秘めた怪力が炸裂し、一人目の男はその場に倒れた。すると二人目と三人目はその様子を見て同時に飛び掛かろうとしてきたため、急いで体勢を立て直し、回し蹴りで二人纏めてダメージを与える。


 「この女!舐めやがって!」


 すると最後の一人が大きな棒を振り回してエステルを壁際に追い詰めた。


 (そんなもの振り回して、もし当たったらどうするのよ!?)


 エステルは辛うじて避けたその棒を睨みつけると、近くにあったベンチに駆け寄り、棒を持った男の方へ勢いよくそれを蹴り上げた。


 「うわっ!!」


 男は避けきれずその棒で身を守ろうとしたが、逆に棒は折れてしまう。


 (いける!!)


 しかし最後の一撃を、と思ったその時、エステルの視界の端に別の男が映った。


 そして、背の低いその男はニンマリと笑いながら、彼の手の甲にある『印』に触れた。


 (まずいわ、あれは強い能力を発動する時の印…!)


 すると次の瞬間、体中に強烈なビリビリっとした感覚が走り、エステルはそこで意識を失った。



 《聖道暦1112年3月15日夜》


 エステルが意識を取り戻したのは、空がすっかり暗くなった頃だった。


 目を開けて自分の周囲を確認すると、そこは古い石壁に囲まれた小さな部屋で、天井近くには顔と同じくらいの大きさの小窓が一つ付いていた。


 自分自身はそこまで太くはない縄で木の椅子にぐるぐる巻きにされて座らされており、そのせいで腕と足が若干痺れていたが、体に怪我などは無いようだった。


 耳を澄ませて人の気配を探ってみるが、声どころか足音すら聞こえない。窓の外で鳥が警戒するように鳴く声だけが微かに聞こえている。


 「まずいことになったわね。でも生きているんだもの、きっとどうにかなるわ!」


 それは、長い間家族に虐げられてきたエステルが、生き延びるために培ってきた気持ちのあり方だった。



 ― ― ―



 十歳の『簡易鑑定』を終えた次の日、エステルはそれまで使っていた女の子らしい部屋を追い出された。しかも食事もまともに与えなくていいと父が使用人達に指示を出したため、それから先しばらくは、ひもじい生活を送ることにもなった。


 父は全く口をきかなくなり、母は逆に毎日のように嫌味を言うようになった。


 食事、衣服、そして部屋までもまともなものは何一つ与えられず、狭い納戸のような場所で床に丸まって眠る日が続いた。


 さらに時々廊下に出たりすると、二人の兄達に見つかってしまうことがあった。すると二人は会う度に叩いたり暴言を吐いたりするようになり、いつも生傷が絶えない体にもなってしまった。


 しかしそんな辛い生活の中にも、希望はあった。


 この出来事の数年前、父が妾に産ませた男の子を本家に引き取ってきていた。彼の名はヒューイットと言い、垂れ目で物腰の柔らかい優しい子だった。


 「姉上、またこんな傷を…。食事はきちんと食べていらっしゃいますか?僕、何か貰ってきます!」

 「ヒュー!?」


 幼かった彼は屋敷に来てすぐの頃、新しい生活になかなか馴染めず毎日とても不安そうに過ごしていた。エステルがそんな彼に寄り添い、声を掛け、仲良くなっていくと、彼は次第に心を開いてくれるようになり、『簡易鑑定』後の酷い暮らしの中でも彼だけは、常にエステルの救いとなってくれた。



 そんな生活が二年ほど続いた頃、ヒューイットの『簡易鑑定』が行われた。


 ヒューイットの能力は、なんと父を超える八つという驚異的な数だった。しかも領地経営に役立ちそうな能力がいくつかあることもわかり、父は愚鈍で怠惰な二人の兄達ではなく、より優秀なヒューイットを後継者と決めてしまった。


 そしてそれが、エステルの生活を大きく変えるきっかけともなった。


 ヒューイットは自分の能力を最大限に活用し、元々の知能の高さもあって、あっという間にクレイデン家の実権を握っていったのだ。


 父も母も次第に言動が穏やかになり、エステルにはまともに暮らせる部屋まで与えられた。食事もきちんとしたものが食べられるようになり、兄達は廊下で出会っても無視してくれるようにまでなった。



 こうして思い出すのも辛い数年間をヒューイットの助けを借りながら乗り切ったことで、いつしかエステルの心は強く、逞しくなっていった。


 生きていれば、たとえ誰かの手を借りたとしても、生きぬいてさえいければ十分だ、と。



 ― ― ―



 エステルは落ち込む暇もなく縛られた手を動かすと、着用しているブラウスの袖口を探りだした。


 他の人々のように特別な能力は自分には無い。だからこそ、できることを誰よりも多く学び、体も心も鍛えてきた。そして窮地に陥った時にはどうすればいいか、それをいつも考え準備してきたのだ。


 エステルは袖口に潜ませていた極小の鞘付きナイフを自由になる指だけでどうにか取り出すと、それを使って手首に掛かった縄を少しずつ切っていった。ある程度切れたところで力を入れると、あっさりと縄は外れる。


 全ての縄を解いてもう一度周囲を見渡すと、椅子の後ろの方に木のドアを発見した。


 そのドアに耳を押し付けて再び気配を窺う。物音は聞こえない。鍵はかかっているようだが簡易的なもののようで、しっかりとした鍵穴が付いている。


 そこで例の袋を開いて中から黒く細い棒状のものを取り出すと、早速解錠に取り掛かった。


 「久しぶりに使うから、ちょっと緊張するわね…」


 この黒い棒も精霊道具の一種である。思う通りに形を変えられる便利な道具なのだが、一旦集中力を切らしてしまうとしばらく使えなくなるという、繊細な道具でもある。


 エステルはこの棒を鍵穴に通すと、鍵の形に合うようなイメージを送り続ける。そうして十分ほど経った頃、ようやく鍵を開けることに成功した。


 できるだけ音を立てないようにそっとドアを開けて外を見ると、そこはどう見ても廃墟の廊下としか言えないような場所だった。廊下の窓は全て割られており、壁にも床にも様々なものが散乱している。


 「誰もいないようね。今のうちに逃げないと!」


 まさか女性であるエステルがこの状況から一人で逃げ出せるとは、彼らも思っていなかったのだろう。見張りが一人もいなかったことは不幸中の幸いだった。


 手にしていた棒を袋にしまい、今度は例のペンダントを身につけると、エステルは急いでその場所を後にした。


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