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12. アランタリアの本鑑定

 《聖道暦1112年3月14日午後》



 ローゼン王国の西側に位置するリリムという王国は、隣国というだけではなく同盟国としても友好的な関係を築いている。


 そのため、必要な書類さえ準備できていればどの関所からも簡単に入国することが可能だ。


 エステル達も暇そうな兵士に数分書類を確認された程度で通行を許可され、アランタリアの案内で関所の先へと簡単に進むことができた。



 木々が徐々に少なくなり、曇り空が大きく見え始めてきた頃、関所を抜けてから十分ほどで『ベンヌ』という小さな村に辿り着いた。


 最初に見えてきたのは村の入り口と思われる木でできた大きなアーチだった。そしてそのアーチだけでなく周囲にも、溢れんばかりの花々が飾られている。


 その美しいアーチを抜けると、奥には少し歩けば土埃が立つような道が続いており、両脇にそれぞれ二十軒ほどの建物をはべらせて右側に緩いカーブを描いていた。


 アーチ周辺で見た花々はその道沿いにも大小様々な木箱のようなものに植えられており、小さな村のメイン通りは華やかで明るい雰囲気に包まれている。


 エステルは「なんて綺麗なの!」とはしゃぎながらそのアーチを抜けると、大きな荷物をしっかりと両手で抱えながら辺りを物珍しそうに眺めた。


 ちなみに今その鞄の中には、小さなペカロが隠れている。どうもこの生き物はあまり他の人間には姿を見られたくないらしい。


 「なるほど、この村は変わってないんだな。」


 景色に夢中になっているエステルとは対照的に、ラトはなぜかあまりこの村に良い印象を持っていないようだった。その言葉にも、何か皮肉めいたものを感じる。


 「そうですね。それでも以前よりは外からの住人も増えて、ここもだいぶ…まあそれなりに穏やかにはなったのですよ。観光客が増えて多少賑やかにもなってしまいましたが。」


 そう答えるアランタリアの横顔には、特にこれといった感情は見受けられない。ただ話の感じから、お互いに何かあまり良くない共通認識を持っているのだろうということはエステルにも理解できた。



 二人の話を聞きながら何気なくアランタリアの方に近寄ろうとしたエステルは、キュウという鳴き声に驚いて足を止める。


 するとその瞬間、どこからともなく色とりどりの花…ではなく、女性達の集団が、キャーという悲鳴と共にエステルの近くに押し寄せた。その勢いに負けてアランタリアの前から弾き飛ばされたエステルは、後ろからしっかりと受け止めてくれたラトに寄りかかるような状態で謝った。


 「おっと、大丈夫か?」

 「ええ、ごめんなさい。でもびっくりした!一体何が…」


 気が付けばもう目の前には女性達の人だかりができており、アランタリアの姿はその中に隠されてしまっていた。


 「ナイト先生、お帰りですかあ?」

 「先生、私今日は頭が痛くて、あっ、胸も…ドキドキして困ってるんです!」

 「先生!今日は一番に私を診てください!」

 「何よ、あんた昨日も診療所に来てたじゃない!?」

 「うるさいわね、そんなの私の勝手でしょ!?」


 エステルはその恐ろしい光景を呆気に取られて見守っていたが、ラトが後ろからまだ支えてくれていることに気付くとお礼を言ってそこから離れる。


 「いやあ先生、モテモテだねえ。」


 ラトは自分の手から離れたエステルにニヤリと笑みを浮かべて囁く。


 エステルが「でもあれはさすがに怖いかも」と小声で返すと、ラトは本当に恐ろしそうな顔をしながらうんうんと大袈裟に頷いた。


 その顔が面白くてクスクス笑っていると、女性達の声を一瞬で消し去るような鋭く冷たい声がエステルの耳に届き、思わず口元を押さえた。


 「診療所以外で親しげに声を掛けられるのは迷惑だと言ったはずです。」


 シーンと静まり返った道の片隅で、女性達の気詰まりな表情が揺れている。


 「フェンさん、あなたはその安い香水をまだ使っているのですか?その成分はあなたの肌荒れを引き起こすと何度も言っていますよね?レナさん、用もないのに毎日診療所に来るのはやめてください。他の本当にお困りの患者さん達の迷惑となります。ディジーさん、その袋、大変油っぽいものが大量に入っていますね。先日の忠告をもうお忘れですか?」


 十名ほどの女性達が次々とアランタリアの適切なアドバイス(というより毒舌に近い)の餌食になっていくのを呆然と眺めていると、ラトがエステルの袖をくいっと引っ張った。


 「あの調子じゃ彼らももうすぐ解散するさ。あれだけ言われればさすがに心も折れるだろ。それより腹が減った!俺ちょっとあの店を覗いてくるよ。」


 エステルは指で了解のサインを送ると、一歩下がってから再びアランタリアを囲む集団に目を向けた。


 するとラトが予言した通り女性達は次々と青ざめた顔で離散していき、残ったのはエステルと今の騒動を見守っていた観光客だけとなった。



 少しして、アランタリアが服から埃でも払うかのような仕草をしながらエステルの方へと近付いてくる。


 「大変お待たせしました。おや、ラト殿はどちらに?」


 アランタリアは疲れた様子も不機嫌な様子もなく淡々とそう尋ねる。エステルはラトの向かった先を指差したが、同時に自分のお腹の音がぐうぅと鳴ってしまい、一気に顔を真っ赤にして顔を背けた。


「うわあぁ、恥ずかしい!!ご、ごめんなさいお腹がすいてしまって。あっ、私もあの店で何か買ってきますね!」


 エステルは顔を両手で隠してラトが向かった方向へ行こうと歩きだす。だがその腕を彼はそっと押さえて言った。


 「我が家に食事の準備があります。よろしければご馳走しますので、ご一緒にいかがですか?」


 エステルは、先ほどとは別人のように優しく語りかけてくるアランタリアの姿に面食らってしまい、思考が停止した状態でただ頷いていた。



 しばらくしてラトが紙袋を抱え、中に入っている揚げ物か肉のような何かをつまみながら戻ってくると、アランタリアはエステルの背中を軽く支えるようにして歩きだしていた。ラトはその姿をじっと見つめながら黙って二人の後をついていく。



 その後十分ほど歩くと、見たこともない珍しい植物が数多く植えられている庭と、それを囲うように白く塗られた木の柵が見えてきた。


 柵沿いにさらに歩みを進めると、今度は柵と同じ色の門があり、そこから砂利が敷き詰められた小道が、奥に見える小さく可愛らしい白壁の家に続いていた。屋根が落ち着いた青なのも好感が持てる。


 ちなみに門の横には、『ナイト診療所』とだけ書かれた簡素な板が吊るされていた。


 「ナイトさんはお医者様なのですよね?」


 エステルがそう言うと、彼はええ、とだけ答えて門を開いて先へ進み、綺麗に磨かれたガラス入りの白い木枠のドアを開けた。


 中に入るとそこは小さな受付や待合室となっているようで、その奥にある白い扉がどうも診察室のようだった。


 だがアランタリアは反対側の、待合室の奥にある無垢の木のドアの方を開ける。


 どうやらその先が居住空間になっていたようで、案内されて中に入ると、表から見た時よりも奥はずっと広く作られているのだとわかった。


 広々として清潔なリビングに入ると、この家の家政婦の女性が「食事のご用意ができましたよ」と声を掛けてきた。


 「お、嬉しいねえ。じゃあ俺も」

 「ラトさんはさっき何か食べていたじゃないですか!」


 エステルが驚いてそう言うと、ラトはふっと気障に笑い、「あれはおやつだろ?」と言い切った。


 (そんなくだらないことで格好をつけてどうするのかしら…)


 内心呆れてしまったエステルをよそに、ラトは嬉しそうに食卓につく。


 食事は全てこの家政婦が作ってくれているようで、どれも素朴だが温かく美味しい料理ばかりだった。こうして心も体も満たされたエステルは、旅の疲れまで癒やされたことを実感していた。



 そんな素晴らしい昼食の後、ようやくアランタリアから詳しい事情を聞けることとなった。エステル達はリビングのソファーに座り、静かな空間の中で彼が話し始めるのを待つ。


 「…もう二ヶ月ほど前のことでしょうか、友人のウェイドからちょっとした依頼がありましてね、ローゼン王国のフォーンという町にしばらく滞在していたことがあるのです。」


 彼は家政婦が用意してくれたお茶を手にすると、おもむろに語り始めた。


 「依頼の内容は何だったのですか?」

 「あまり詳しくは申し上げられないのですが…ただ決してあなた方の妨げになるような内容ではありません。」


 こちらに視線を向けて話す彼の顔は無表情だ。エステルはその美しすぎる顔に一瞬ドキッとしたが、目は逸らさないようにしながら小さく頷いた。


 「わかりました。それで、どこまででしたら話していただけるのでしょうか?」


 ラトはソファーの背に寄りかかって足を組み、黙ってこちらの様子を窺っている。アランタリアは床に目を落とすと、何らかの覚悟を決めた様子で続きを話し始めた。


 「そうですね。私が元『神官』であるということは先ほどもお伝えしましたが、実は私は『本鑑定』ができまして、それでその力を使ってあなたの…エステリーナさんの鑑定をしてほしいと、ウェイドに頼まれておりました。」

 「え、なぜそんなことを彼が?」


 エステルはウェイドの意図がわからず混乱してしまう。そしてその時、なぜかラトは窓の外に顔を向けていた。


 アランタリアはお茶を一口啜り、持っていたカップをテーブルの上に置くと、少し眉根を寄せてから続ける。


 「その理由の部分をあなたにはお伝えできないのです。申し訳ありません。ですが先ほどもお伝えしたように、決してあなたに害をなすつもりはありません。」


 彼の真剣な表情に、エステルは戸惑いながらも身振りで話の続きを促した。


 「とにかく鑑定の結果としては、あなたにはほぼ間違いなく『特殊能力』が無い、ということがわかりました。」

 「…」


 それがどういう意味を持つのか、今のエステルは良く知っている。この世界でノクトルに呪われていない者はいない、それがこれまでの定説だった。それを自分という存在があっさりと覆してしまったのだ。


 (一体どうしてこんなことに…)


 わかっていたことだった。いや、わかっていると思っていた。だが改めて元神官である彼からそう断言されてしまうと、逃げ場のない不安と小さな絶望感をどうしても感じてしまう。


 すると離れた位置に座っていたラトがすっと立ち上がりエステルの背後に立って、そっとその肩に手を置いた。


 「大丈夫か?続きは後にするか?」


 優しい言葉が痛んだ心にじんわりと沁みる。エステルは首を振って言った。


 「いいえ。最後まで聞きます。教えてください。」


 しっかりと前を向くと、アランタリアの無表情だった顔が少し柔らかいものに変わっていた。


 「わかりました。とにかく本鑑定を終えた結果、あなたには一切呪いの気配を感じなかったのです。これまでも能力が極端に低い方は何人もいらっしゃいましたが、ここまではっきりと能力の兆しを感じない方は初めてで、私は…」


 そこでアランタリアの灰色の目がエステルをじっと見据えると、言った。


 「あなたにとても興味を持ちました。だからそれ以外のことでも、ウェイドやあなた方に協力することにしたのです。」

 「でもウェイドさんは、何か意図があって」

 「ええ。ですがほとんどはあなたを心配してのことですよ。決してあなたに危害を加えようとは思っていません。」


 エステルはふと、まだ肩に乗せられていたラトの手に気付き後ろを振り返る。


 「ラトさん?」


 だがその時の彼の表情は、いつになく苦しみを抱えているように見えた。するとエステルの視線に気付いたラトは、その表情をパッと崩して微笑む。


 「どうした?」

 「あの、手を」

 「あ、ああ。悪い。」


 ラトの手が肩から離れる。その体温が失われたことを、なぜかエステルは少し寂しく感じてしまう。再び前を向き少し俯いていると、アランタリアが優しく語りかけた。


 「エステリーナさん、どうか心配なさらないでください。そうだ、一つ良い提案がありますよ。あなたがこれで元気になるといいのですが。」


 そう言って彼は席を離れ、少ししてから何かの紙を持って戻ってくる。そしてその紙をエステルの前に広げて言った。


 「実は私は『精霊道具』の熱心な蒐集家でもありまして、この紙に書かれているものは私が所蔵しているものの一覧なのです。」


 エステルはその数の多さに目を見張る。


 「こんなにお持ちなんですか!?」


 アランタリアは無表情のままだったが、エステルの驚いた声を聞き、言葉に嬉しさを滲ませて言った。


 「ええ!それでこちらにある馬車なのですが、とても特殊なのものなので一度使ってみたかったのです。よければお貸ししますが、いかがですか?」

 「ぜひ!!」


 エステルは前のめりになってその提案を了承する。願ったり叶ったりの話だと大喜びしていると、鞄から出て床で寛いでいたペカロがむくりと起きだし、喜んでいるエステルの足元をくるくると回り始めた。


 「まあ!ペカロちゃんも喜んでくれるの?ふふ!あなたは本当に可愛いわね!」


 そう言ってエステルは嬉しそうにペカロとはしゃぎ合う。


 しかしこの時のエステルは、まさか目の前の二人の男性に


 (いや、君の方が可愛いだろ!)

 (あなたの方がよほど可愛らしい…)


 などと思われているとは、夢にも思ってはいなかった。


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