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105. 開く時

 《聖道暦1112年9月21日夜明け前》


 ラト達はまずヘレナムア城の南門、最も大きく、大きな行事が行われる時にしか開かない特別な門へと向かった。


 そこには門を守る兵士達が数十人単位で集まっていたが、特に異変を感じている雰囲気はなかった。


 そこから二人は東門、北門と反時計回りに城の周囲を回りながら、例の男が潜んでいないか確認していく。結局どの場所も問題はなく、とうとう最後の西門まで辿り着いてしまった。


 「ラト、あれは…」

 「いたな。あの男だ。」


 兵士達とにこやかに会話をしているその人物こそ、エステルを塔に閉じ込めていたあの男だった。


 「どう見ても人間だからな…兵士達も警戒していないんだろう。」

 「どうします?このまま突き進めば、彼らが巻き添えになる恐れがありますよ?」


 ラトは物陰から彼らを見つめ、考える。


 (先生の言う通り、このままただ闇雲に男を攻撃するのは危険だ。だがあの男が何か行動を起こしてからでは遅すぎる!)


 そしてその時ふと、アランタリアの存在に意識が向いた。


 「なあ先生、兵士達をうまく城の中に誘導してくれないか?城は特殊な防御がかかっているから比較的安全だ。もちろん二、三人なら警護のために残していて構わないが、それ以外は全員城の中に誘導してほしい。メルナさんの名前を出して、今着てる神官の服を見せればどうにかならないか?」


 アランタリアは少し考えてから頷いた。


 「わかりました、やってみましょう。ですがもし彼が攻撃してきたら、私は能力を抑えることしかできませんからね。」

 「それで十分だ。頼む。」


 そうして彼はいつもの無表情を保って西門に近付いていき、兵士達の何人かに声をかけた。


 すると二十人ほどいた兵士達のほとんどがアランタリアと共に城の中に入っていく。残されたのは四人で、彼らは門の左右に立ち、例の男に「ここは危険だから家に帰るように」と促し始めた。


 「帰る、ねえ。どうしようかなあ?帰るところなど僕にはないからなあ。」


 そう言いながらも男はふらふらと門を離れるが、まだ遠くに行く様子はない。ラトは覚悟を決めて慎重に門に近付いていく。


 「あ、ラト殿!」


 すると門の右側にいた兵士の一人がラトに気付き、笑顔を向けた。どうやら訓練を担当した兵士の一人だったようだ。


 男の刺さるような視線を感じながらその兵士に近寄ると、ラトはできるだけ小さな声で言った。


 「やあ。お願いがあるんだが、いいか?」

 「はい!もちろんです!」

 「今から頭の中で十数えてくれ。その間に俺があの男に話しかける。おそらく話しかけたら何かが起こるだろう。戦う必要も助ける必要もない。ただひたすら、他の三人を連れて城の中へ逃げろ。」

 「!……わかりました。」


 何かを察した兵士は笑顔を強張らせたまま頷くと、再び定位置に戻る。そしてラトは振り返り、例の男の元へと向かった。


 「おや、とうとうばれちゃったか。」


 ラトが近付くと、例の男は飄々とした態度でそう言って笑顔を見せた。その瞳はラトとほぼ同じ青緑色だ。


 「前回も、今回も、全部あんたが仕組んだことなのか?」


 ラトはゆっくりと彼に歩み寄りながら話しかける。男は腕を組んで楽しそうに微笑んでいるが、返事はしない。


 「無言は肯定と受け取るが。」

 「……はあ。君には会わないつもりだったんだけどねえ。リリアーヌはもう駄目になっちゃったし、仕方ないのかな。」

 「リリアーヌをあんな状態にしたのも、あんたなんだろ?」


 ラトはいつでも額に手を置けるよう準備しながら、慎重に進んでいく。

 

 「さあねえ。でも彼女、可哀想になるくらい醜かっただろう?いやあ、我ながら悪いことしたなあと思ってはいるよ。」


 反省する気持ちなど微塵も無いのがわかる。男は呑気に笑いながらそう話すと、組んでいた腕を解いた。ラトは彼から数歩離れた場所まで歩くと、そこで立ち止まった。


 「そうか。とにかく俺は、あんたをこのまま逃すわけにはいかない。」

 「うーん。遠いとは言え親戚の君を殺すのは忍びないんだけどねえ…まあ仕方ないか。」


 そう言うや否や彼は手を軽く振り上げると、ラトの地面から大量の金属の槍を出現させた。飛び退いてそれを避けたラトは、お返しとばかりに男の足元から捻れて伸びる木の枝のようなものを出現させ、男の足を絡め取ろうとする。


 「おっと、鬱陶しいなあ。」


 彼はそれを手から放った炎で燃やし尽くし、今度は手をさらに上に挙げると大きく振り下ろした。


 すると次の瞬間、城全体を包み込むようにしていく筋もの稲妻が地面へと降り注いだ。目が眩むような強烈な光が辺りを昼間よりも明るく照らし、まるですぐ近くで地震が起こったような地響きが辺りを包みこむ。


 ラトは素早く防御の力を放ったが、一瞬反応が遅れたせいで完全には防ぎきれなかった。


 「ぐっ……!」


 体中に痛みが走り、動きが鈍る。だがここで手を止めるわけにはいかない。ラトは額に手を当てて今度は竜巻を巻き起こし、男をその中に包み込んだ。しかしその風はあっさりと消えていく。


 「ふうん、この程度かあ。今日は記念すべき日なのに、みんなして邪魔してきて困るんだけど。」

 「困ってるのはこっちだ。この世界はあんたの好き勝手にしていい場所じゃない!」


 消滅した竜巻の中から無傷で現れた男を睨みながら、ラトは準備していた氷の刃を四方八方から男に向けて発射する。


 「うっ……何だこれ、痛いんだけど!」


 油断していたのか余裕があるふりをしていたのか、男はラトの罠のような攻撃を全ては避けきれなかったらしい。だがそのことが、彼の怒りに火をつけた。


 「帝都の端には住民達の避難所があるらしいねえ。僕が痛かった分は、そっちにお返ししてあげるよ!」


 男は憤怒の表情に無理やり笑顔を貼り付けて、右手で自分の左頬を叩いた。


 「ほーら、空から恐ろしいものがやってくるよ?」

 「何を…」


 ラトがその声に反応し空を見上げると、少しずつ雲が薄くなりかけている空の向こうから、大量の赤く燃えさかる石が降り注いでくるのが見えた。


 (あんなものが直撃したら、大変なことに…!?)


 ラトは青ざめながらどうすべきかを素早く考える。きっと全ては防げない。だが多少でも衝撃を吸収できるとしたら……


 そうして額に手を当ててから振り上げたラトの手は空から大量の水を降らせ、そしてその手を横に振ると防御の力を帝都の空に布状に広げていった。


 しかし、相当勢いのついたその大量の燃える石を全て弾き返すことはできず、多くの建物が破壊される音、そして逃げ遅れた人々の悲鳴がラトの耳に届き始める。


 男は満足そうに微笑むと、悔しさで顔を歪めたラトを取り囲むように炎の壁を作り出してからその場を去った。ラトは怒りに震えながらその炎を消し去って彼の後を追う。どうやら男は南門に向かっているようだ。


 (あっちには兵士が多く集まっている。このままだと兵士達が危ない!!)


 焦る気持ちを必死で抑え込みながら、ラトは急いで男を追いかける。


 だが南門に着いた時、ラトは恐れていたこと…いや、それ以上の悪夢が目の前で起きていることを知る。


 「嘘、だろ……」


 その時、南門は、もう影も形も無かった。


 あれほどいた兵士達も一人残らず消え去っていた。


 そして目の前には、一軒家を数軒は飲み込めるほどの大きさの巨大な穴が開いていた。


 「まさか…」


 穴の中は真っ暗な闇に包まれ、その端からは時々赤黒い炎らしきものが立ち昇っている。さらに何か黒い煙のようなものがゆらゆらと揺れていたのだが、それがあの異界の虫の大群だと気付いた時には、さすがのラトも背筋が凍るような恐怖を覚えた。


 「…開いたのか」


 大きく開いた暗い穴の向こう側に、例の男が立っている。彼は嬉しそうに穴の中を覗き込むと、叫ぶようにこう言った。


 「いいねえ!やはり最後の攻撃が効いたようだ!帝都の住民達は僕の攻撃で相当絶望を感じてくれたようだし、ここの兵士達も『開く』ための最後の一押しを手伝ってくれた!いやあ、愉快愉快!あははははは!!」


 ラトは先ほどまでここを守ってくれていた兵士達の末路を知り、沸々と湧き上がる怒りを感じながら無言で男を睨みつけたが、その時ふと、恐ろしいことに気がついた。


 「は…え?エステル…どうしてここに…!?」


 少し前まで城からだいぶ離れた場所にいた彼女が、なぜかここにいる。今一番いて欲しくないこの場所に、あの美しい黒髪を靡かせながら、凛とした表情で立っている。


 (駄目だ!頼む、今は逃げてくれ!!あの男に気付かれたら…)


 だが、男は気付いた。


 にんまりと笑うその顔は、間違いなくエステルに危害を加えようという意志を感じさせるものだった。


 彼の手が伸びる。エステルは男をまっすぐに見据えている。


 (駄目だ、絶対に駄目だ、エステルだけは、彼女だけは…)


 呪われた王子の名を持つという男が、エステルと向き合う。


 (どうして逃げないんだ?エステル、頼む、その男から離れてくれ!!)


 だがそんな祈りも虚しく、男はエステルの首を片手で掴むと、優しい笑みを浮かべながらエステルにキスをする。


 「…エステル!?」


 するとラトの叫び声に反応したのか、ホーリスはエステルから離れ、グオオオオ、という低く耳障りな咆哮を上げた。


 そして、彼は突然、魔人へと変貌を遂げた。


 だがラトの目に入ったのは魔人化したホーリスではなく、意識を失い、その場に倒れこむエステルの姿だった。


 (エステル、どうして)


 その瞬間、ラトの心の中にあった全ての感情が、消えた。


 『停止』


 ラトがその言葉をを口にした直後、突如として現れた青緑色の光がホーリスの体を包み込んだ。すると彼の黒々と光る目が大きく開かれ、その状態で彼は体全体を硬直させた。


 そして絶望の表情を顔に貼り付けたまま、ホーリスは異界の穴の中へと落ちていった。


 「……」


 静寂が辺りを包みこみ、虫の羽音だけが微かに聞こえる。



 しかし数秒後、地面が大きく揺れ始め、目の前の巨大な穴の縁が崩れ始めた。ラトはその音でハッと我に返り、急いでエステルに駆け寄ると、倒れた彼女を抱き上げて穴から離れた。



 しばらく地面の揺れが続き、数分後。


 朝日がその最初の光をヘレナムア城に届けた瞬間、目の前の巨大な穴は一瞬で消滅した。



 こうして魔人化したホーリスの『体』は生きたまま、魂を閉じ込めたまま、異界の中で永久に停止することとなった。


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