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103. 暗黒の一日①

 アランタリアに手を引かれて外に出ると、エステルは近くにある大きな倉庫のような場所に連れていかれた。彼が大きな木の扉を開くと、中にはアランタリア所有の例の馬車が待ち構えていた。


 「これって……私達がゴレの町に向かった時の馬車!?」


 アランタリアが微笑む。


 「そうだよ。こんな時に役立つんじゃないかと思って、呼び寄せておいたんだ。これなら戦闘中の地域もある程度安全に通り抜けられるだろう。」

 「うん、ありがとう!」


 すでに馬と馭者も準備万端な様子だ。


 「危なくなったら精霊達の力を借りて欲しい。さあ、行こう。」


 二人は急いで馬車に乗り込み、アランタリアが指示した場所へと移動を開始した。




 馭者が優秀だったためか、それとも運が良かったのか、途中で魔獣や魔人に出くわすこともなく十五分ほどで無事に目的地に到着したエステル達は、馬車を大きな商店の裏手に隠すように停めると、さらにそこから数分歩いてよくある石造りの建物の中へと入っていった。



 中は殺風景なホールから続く短い廊下と階段、そしてドアが二つほどあるだけのさほど広くはない空間となっており、アランタリアは迷うこともなくそのうちの一つのドアをノックした。


 そして部屋の中からくぐもった声で返事が聞こえると、彼は「失礼いたします。」と言って部屋の中に入る。エステルも状況が飲み込めないまま彼の後ろについて部屋に入ると、そこには廊下とは全く違う温かな雰囲気の部屋が広がっていた。


 「ああ、よく来たね。雨は止んだようだが、肌寒かったでしょう。さあ、ここへお座りなさい。」


 暖かそうなブランケットが置いてあるゆったりとした椅子を勧めてくれたのは、年配の優しそうな白髪の男性だった。年齢にそぐわない豊かな髪をふんわりと後ろに撫で付けて、両手を組んで座る彼は、エステルに笑みを見せるとアランタリアの方に顔を向けた。


 「こちらのお嬢さんがエステリーナ嬢かな?」

 「はい、ペリドール様。」

 「うん、確かに『精神干渉』がかかっていた形跡があるね。だがどうもそれを無理やり『解除』した者がいるようだ。」


 ペリドールの目が一瞬きらりと光ったように見えて、エステルはドキッとする。


 「その能力を使ったことに、何か問題が?」


 不安そうなアランタリアの声、しかしペリドールは表情を変えずにこう答えた。


 「何とも言えないね。ただ、相当強い『精神干渉』がかけられていたようだから、それを同等の強い能力で『解除』したことで、何かしらの弊害があったのかもしれない。」

 「そうですか…」


 エステルは二人の会話の内容が掴めず、困惑しながら問いかけた。


 「あの、私に何か問題があるのでしょうか?」


 ペリドールはエステルに再び笑みを見せると、優しく言った。


 「今は大丈夫でしょう。ただ、あなたはどうやら誰かをお忘れのようだ。心当たりはありますかな?」


 エステルはゆっくりと首を振った。


 「ナイト君、私の能力を使うことは構わないが、効果があるかはわからないよ。それでもいいかい?」

 「はい、もちろんです!宜しくお願いいたします、ペリドール様。」


 深々と頭を下げるアランタリアを見つめながら、エステルは誰を忘れているのだろう、と再び頭を悩ませ始めた。



 ― ― ―



 帝都内のあらゆる場所で爆発音と悲鳴が上がる中、ラトはただがむしゃらにその中を走り抜けながら、魔獣達を次々に倒していく。


 (今先生はいない。無茶をすれば、終わる。慎重に進もう…)


 エステルの『精神干渉』を『解除』したことに後悔はない。強力な精神への能力干渉をしたことで、解除をした自分の記憶がエステルの中から失われてしまうことも重々承知していた。以前に似たような経験をしたことがあったからだ。


 だがここまで二人で積み重ねてきた日々を全て失ってしまったのだと言う喪失感は、想像以上にきついものだった。


 (それでも俺はエステルのために、これ以上この呪いに彼女が振り回されない世の中にするために、誰よりも呪われたこの体で戦うだけだ)


 胸の痛みを抱えながら魔獣達が特に多く集まる方へと進んでいくと、何度か疲弊した兵士達にも遭遇した。ラトはその都度彼らにいくつかの助言を残し、心が折れかけた兵士達を激励しながら前へと進んでいく。



 大きな通りを抜け、もう少しで城が見えてくる場所まで到達した時、ラトの目の前に大量の魔獣達が立ち塞がった。


 「おいおい、百近くはいるんじゃないか!?……近くに魔人もいるようだな。」


 辺りを見回してはみるが、暗い夜道、街灯もそのほとんどが機能していないため、魔獣以外は何も見えない。


 まばらな灯りを頼りに魔獣達を倒していくと、右側から強烈な視線を感じてそちらに顔を向けた。


 その瞬間、黒々とした人型の何かがラトを思いっきり突き飛ばし、魔獣の群れの中に叩き込んだ。


 「うわっ!…いてて!はあ、ずいぶんと雑な攻撃がきたな。」


 だがそのお陰で魔人の位置を確実に把握したラトは、一瞬で『分離』を発動して魔人を討伐。だがそのせいで散り散りになっていく魔獣達を全て倒すことは難しいと判断し、後は駆けつけてきた兵士達に任せて再び城の方へと進み始めた。



 そうして濡れた地面から水を跳ね上げながら駆け抜けていったラトは、とうとう最も遭遇したくない敵と出会ってしまった。


 「あの毛むくじゃらの魔獣は、一体何なんだ!?」


 それは、周囲の建物よりも少しだけ明るく見えるヘレナムア城の全景が見えた時だった。走っていたラトの目の前に、真っ黒く長い毛がびっしりと全身を覆い、左に傾いたような歪んだ形を持つ魔獣らしきものが現れた。


 「魔獣…じゃないみたいだな。」


 前後左右にゆらゆらと、頭部らしき部分を揺らしながら歩く姿はかなり奇怪だ。


 こちらにやってくるでも遠ざかるでもなく、ただそこで揺れているそれに警戒しながら、ゆっくりと近付いていく。


 すると背後からいくつもの灯りを手にした兵士達が現れ、その黒い存在を照らし出した。


 「は…え!?まさか……リリアーヌ…か?」


 決して顔がはっきりと見えたわけではない。だが、長い毛の中から一瞬だけ垣間見えたその瞳は、ラトにはどうしてもリリアーヌのものとしか思えなかった。


 (まさかリリアーヌも、魔獣の体液を飲んだのか!?)


 だがそんなことを本当に彼女がするだろうか?


 魔人になったリリアーヌの姿をラトは過去に一度だけ目にしたことがあるが、確かに人間離れした恐ろしさはあったものの、そこには確かに言い知れない美が存在した。そして何よりも自分が美しくあることを大切にしてきた彼女が、このような醜い姿になることを是としたとは考えにくい。


 「じゃあ、もしかしてあの男に、無理やり飲まされた…?」


 そんな背筋が寒くなるような想像をしていると、それまで動きのほとんどなかった黒い生き物が、不意にラトに襲いかかった。


 「おっと!力は魔人の時と大差ないな。だが…」


 ラトは慌てずに手を振ると、相手の素早い攻撃を石の壁を生み出して防御する。すると今度は黒い生き物のふさふさと揺れる毛の中から枯れかけた木の枝のようなものが飛び出し、それが大きく上下した。


 その時、空から突然大量の雹が降り注ぎ、ラトも兵士達も急いで近くの建物や木々の下に避難する。何人かは間に合わず頭や肩に雹が直撃してしまったが、重症になるほどの怪我人は出なかった。


 「あの枝みたいなものは腕か。…能力の強さは以前の数倍ってところか?だが俺にはリリアーヌは殺せない。さあ、どうする?」


 外の気温がかなり下がってきたにも関わらず、額からは嫌な汗が流れ落ちる。だがそうして躊躇っている間にも、再び振り上げられた腕から強烈な炎が噴き出した。


 「うわああっ!!」

 「防御!!しっかり集中しろ!!」


 兵士達の怒号が飛び交う中、ラトは冷静に氷分厚い板を各所に出現させる。それに気付いた兵士達は氷が溶ける前に体勢を立て直し、再び攻撃を始めた。


 「まずいな、このままだと……」


 これまでにない焦りを感じたその時、ふわっと柔らかく温かな風が、周囲に巻き起こる。


 「何だ?」


 一瞬新たな敵の登場かと身構えたラトだったが、振り返った先に見えた光により、その考えは一気に吹き飛んだ。


 「エステル……」


 こんな危機的な状況の中で思わず見惚れてしまうほど、剣に光を纏った彼女は本当に美しかった。


 エステルはラトの姿を見つけると、困ったような表情を浮かべて言った。


 「ごめんなさい。あなたが誰なのかわからないのに、どうしても手助けがしたくなってしまって…」

 「あ………うん。」


 エステルがこの場に現れたこと、そしてやはり自分のことは忘れてしまったのだという現実に、ラトは衝撃を受ける。


 だがエステルは、呆然と佇むラトに微笑み、穏やかにこう言った。


 「私が忘れてしまった人はあなたなのですね。…あなたのことを、アランが待っています。ここは私達に任せて、どうか回復を!」

 「私、達?」


 するとエステルの後方、暗闇の中から、頑丈そうな鎧を身につけた大柄な男が姿を現した。


 「カイザー卿!?」

 「おお、ラト殿、かなりお疲れのようですな。さあ、早く回復を。あなたにはまだやらねばならんことがあるはずだ。それにこの女、貴殿には殺せないのでしょう?」

 「なぜ、それを…いや、いい。では、ここはお任せします。」


 そしてエステルに目を向ける。


 彼女はすでに剣に集中し、目を瞑っていた。しかしあの長くカールしたまつ毛に閉ざされた瞳が、一瞬だけラトを見て言った。


 「どうか私を信じて……さあ、行ってください!!」

 「……ああ、信じてる。」


 ラトは心の中に灯った温かな希望の光を感じながら、エステルに背を向けて走りだした。


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