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お菓子作りが得意な悪役令嬢は、領地民のヒーローになります!~ほろ苦い過去はスパイスに、お菓子と笑顔で繋がる優しい領地再生~  作者: 虹湖
第五章 聖女スイーツ王妃と小さな王子様 ~家族で行く!波乱万丈お菓子外交(アルト宰相の胃薬は今回も増量です)~
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第47話 宰相、殉教す(胃的に)と、聖女の逆襲

 テオクラティア神聖国の宿舎の空気は、もはや通夜を通り越して、厳粛な国葬のそれだった。


「…終わった…」


 部屋の中央に置かれた長椅子に、アルト様がぐったりと沈み込んでいる。その手から滑り落ちた業務用サイズの胃薬の瓶が、*コロン…*と虚しい音を立てて床を転がった。 「アストリアの未来も…私の胃も…もう、おしまいだぁ…」 「アルト!しっかりしろ!宰相ともあろう者が、たかがビスケット一枚で腑抜けるな!」 レオニード陛下が叱咤するが、その声にも力がない。


「たかがビスケット一枚、ではございません!」 アルト様が、カッと目を見開いて上半身を跳ねさせた。その顔は、殉教者のように悲壮で、そしてどこか神々しい。 「あれは!あのビスケットは!アストリアとテオクラティアの友好関係を!私の三十年に及ぶ外交官人生の全てを!粉々に砕け散らせた、悪魔の…悪魔のビスケットなのでございます…うぅっ…」 「アルト様が壊れた…」 フローラが、青い顔で後ずさる。


「まんま…おこってたね…」 私の腕の中では、アレクが先ほどの神官長の剣幕を思い出したのか、小さな体でブルブルと震えている。 「大丈夫ですよ、アレク。母様がいますからね。怖い人じゃありませんのよ。きっと、お腹が空いていただけですわ」 私がアレクをあやすと、フローラがむっとした顔で言った。


「お腹が空いてるなら、なおさらマティルド様の美味しいお菓子を食べればいいんですよ! なんなんですかね、あの国は! 子供たちが隠れて木の実を食べてるのだって、甘いものが食べたいからに決まってるのに!」 「フローラ…」 「あたし、見ましたもん! あの子たち、神様には内緒だよって、すっごく幸せそうに木の実を舐めてました! 神様だって、子供たちの笑顔を見たら、きっと許してくれるはずですよ! あの石頭の神官長が、勝手に決めてるだけです!」


 その、フローラの何気ない一言に、私の頭の中で、何かがカチリと音を立てた。 (…そうよ…勝手に、決めているだけ…)


 神官長が決めた「規律」。 彼が信じる「堕落」。 それは、彼が作り上げた、揺るぎないルール。 ならば、そのルールそのものを、覆すことはできないかしら?


「…陛下。アルト様」 私の静かな声に、部屋にいた全員の視線が集まった。 「まだ、手はありますわ」


「マティルド…? しかし、もう…」 弱気なレオニード陛下に、私は力強く微笑んだ。 「神官長は、甘味を『堕落』と呼びました。ならば、これは『堕落』ではなく、『神への感謝の食事』だと、彼に理解させればいいのです」


「…と、申されますと?」 アルト様が、かろうじて残った理性で聞き返す。


 私は、アレクの小さな手を握りしめた。 「アルト様。お願いがございます。この国で、『神の恵み』とされている食材を、もう一度、全てリストアップしてください。一つ残らず」 「神の恵み…ですか? かしこまりました…。確か、『神の泉の聖水』、『太陽の果実』、そして数種の『聖なる薬草』…」


 私は、そのリストを聞きながら、ゆっくりと立ち上がった。 その目には、再び「聖女スイーツ令嬢」の炎が燃え上がっている。


「私、作りますわ。 砂糖も、蜂蜜も、バターも、小麦粉も、一切使いません」 私は、部屋にいる全員の顔を、一人ひとり見渡した。 「この国の『神の恵み』だけを使って、彼らが今まで一度も味わったことのない、清らかで、甘い…『聖なる滋養食』を」


「「「!!」」」


 その瞬間、部屋の空気が変わった。 絶望の闇に、小さな、しかし確かな光が差し込んだ。


「なるほど…!」 レオニード陛下が、ポンと手を打った。 「『お菓子』ではなく、『聖なる食事』として捧げるというのか! 神官長が自ら『神聖だ』と認めている食材しか使わなければ、彼もそれを『堕落』とは呼べまい!」 「さすがです、マティルド様!」 フローラも、目をキラキラさせて飛び上がった。 「神様のおやつ作戦ですね! それなら、あたしも全力でお手伝いします!」


 そして――。 長椅子に沈んでいたアルト様が、ゆっくり、ゆっくりと、その顔を上げた。 死んでいたはずのその瞳に、かすかな、本当に微かな光が戻っている。


「…王妃陛下」 アルト様は、震える声で言った。 「そのロジックは…その反論の構築は…! 相手の定義そのものを逆手に取り、こちらの土俵へと引きずり込む、高等な外交戦術…!」 彼は、床に転がっていた胃薬の瓶を拾い上げると、まるで聖杯を掲げるかのように、それを固く握りしめた。


「…勝ち筋が、見えましたぞ…! 陛下!王妃陛下!」 アルト様は、まるで蘇った不死鳥のように、シャキッと立ち上がった。 「ただちに、『神の恵み』とされる食材を、最高品質で調達するルートを確保いたします! これは、もはやアストリアの威信をかけた『聖戦』にございます!」


(アルト様、復活したわ…!) さっきまでの殉教者はどこへやら、いつもの超有能宰相が、完全に戻ってきた。 彼の胃は、絶望の淵から生還し、今、新たなる戦いへの闘志(と胃酸)を燃やしている。


「レオニード様、フローラ、アルト様」 私は、頼れる仲間たちに微笑んだ。 「アストリアの、いいえ、『美味しいもの』の未来をかけた、最後の交渉です。必ず、成功させましょう」


 かくして、アストリア国王ご一行の、起死回生の反撃作戦が、静かに、しかし熱く、始動した。 その中心にあるのは、やはり私の作る、世界で一番甘くて優しい「外交カード」だった。

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