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05 パルスラン国王


パルスランは王にしては珍しく遅く、22歳まで結婚を決めなかった。


同期のダンメルスなど14歳で婚約者がいて18歳で長男が生まれていたのを比べても、パルスランの結婚が遅いと分かる。

だが、漸く若く美しいエメルに一目惚れし、子爵令嬢という身分差を押し通し、そのまま結婚をした。

このとき、エメルを他の貴族の養女にして、後ろ楯をつけて結婚すれば、後の人生も変わったかも知れないのだが・・。


しかし、この時のパルスラン王は強気だった。

なぜなら学生時代の級友のチャーリー・エバンス侯爵が宰相になり、王宮の近衛騎士を率いたのは親友のボニファーチョ・ラ・ロッカだったからだ。

さらに親友のドルク・ダンメルス辺境伯も遠方ではあるが、支えてくれている。


パルスランは政権を自分の親友で固め、エメルが子爵令嬢であっても守れると慢心していた。


しかし、2人の愛は純粋過ぎたのだ。パルスランはもっと政治的な事を考えて、狡猾に行動をしなければならないというのに、身分の低いエメルを妾妃ではなく王妃にしてしまう。

パルスランには、この結婚の行く末に、暗雲立ち込めているという未来も見えていなかったのだ。


そして事件は起こった。

結婚して暫くは穏やかな日が続いていたある夜の事。

いつも通り執務室で、仕事をしていたパルスランがテーブル脇に置いてあった水を飲む。

が、その味の違いに気が付きすぐに吐き出した。


毒を疑ったがそうではなく、大量の媚薬が混入されていたのだ。


パルスランの体が苦しい程に熱くなっていく。

このままでは、無差別に襲ってしまいそうだった。

急いで執務室から出たが、苦しげな様子を心配した侍女が声をかけようと寄ってくる。


「私に触れるな! 近寄るな!」

パルスランは牽制しながら、愛しい妻のいる寝室まで必死に向かい、辿り着いた。


その時はもう、正常な判断が出来なくなっていたが、そこに居たのは確かにエメルだった。

そう、そのはずだった。


「どうなさったのですか?」

そう声を掛けたのは、他の女だったが前後不覚になっているパルスランには、妻か、そうでないのかが分からなくなっていた。

「ああ、良かった・・エメルの元に帰ってこれた」

エメルの部屋で、エメルの服を着て、エメルの香水を付けた毒女の罠に、媚薬を盛られたパルスランが罠に掛かるのは簡単だった。


この一度の失敗で、この夫婦の・・、この国の運命が大きく歪み始める。


媚薬を盛られ、その日パルスランが抱いたのは、王家と並ぶ権力を持つ侯爵家のゾルタン・ゼルニケの娘、ザラだった。

王宮でエメルの部屋に押し掛けていたザラは、気分が悪いと言って嘘をつき、優しい王妃に部屋を借りる形で追い出した。


後にそれを聞き、罠にはめられたパルスランは憤るが、結婚前の娘が傷物にされたと結婚を迫るゼルニケ侯爵に、どうあっても勝てなかった。


ザラをお飾りの妻として、側妃に据え置いたのだが、ザラとゼルニケ侯爵は王宮で裏工作を始める。


しかし、パルスランも妻を守るために、親友であるボニファーチョ・ラ・ロッカ伯爵の助けを借りて、エメル王妃の警備を強固なものにしていた。


平安な日が続いていたある日、王妃が待望の王子であるアスランを無事出産。その5ヶ月後にザラも男児、サルートを産んだ。

愛するエメル王妃と可愛いアスラン王子と過ごしていたが、ザラとサルート王子にも時間を割いた。

その語らう時間の差は多少なりともあったが・・。


このときがパルスランにとって、一番穏やかで幸せな時だっただろう。

しかし、壊れるのは刻一刻と迫っていた。


やがてじわじわと、王宮内の勢力図がゼルニケ侯爵一色になった頃、虎視眈々と準備を進めていたザラは、とうとう目障りだった王妃エメルの暗殺計画を実行に移す。


その日の王妃の守りは、いつもと同じ人数だったが、一時だけ警護の兵士は僅か2人になってしまった。

その隙を狙われて王妃エメルは命を落とした。


3歳になっていたアスランの命も狙われたが、駆け付けたボニファーチョが片手を失う戦いぶりで死守。連絡を受けた国王の守りも速く、辛くもアスランだけは助かった。


王妃エメルの暗殺の日の警備計画の不備が、実は人為的に警護の人数を減らされたと判明。

しかもその犯人は、パルスランの親友で警護の責任者でもあった、ボニファーチョ・ラ・ロッカの仕業だったのだ。


この事件までは、友人であるパルスラン国王とその妻子を守る事に、命を掛けていたボニファーチョ。


だが、誘われて行った賭博場でギャンブルにはまって、彼の転落が始まってしまう。

賭博会場に何度か通い、気が付いたときは首が回らなくなるほどの借金を背負っていたのだ。


「楽しく遊んだんだろう? なら、その分の金は返さないと行けないぜ?」

借金取りが、王宮までやって来るようになると、ボニファーチョは逃げる事も出来ない。


「すまない。金はなんとか工面するからなんとか、もう少し待って欲しい」

追い詰められたボニファーチョを見て、借金取りは、本来の目的である話を始めた。


「もう、待てねえな! 払えないのなら、借金のカタに5歳の末娘を57歳のロリコン伯爵に売るまでだ!!」


可愛い盛りの娘にを借金の(カタ)にと脅され、ボニファーチョは目の前が真っ暗になった。


そんな時、少しの間エメルの警護を手薄にしてくれれば、謝礼は弾むと怪しい者に唆されて、その日の警備計画を漏洩し、更にとある時間だけ王妃の警護を手薄にしてしまったのだ。

その間僅か5分。

 金に困っていたボニファーチョは、たったの5分で、借金が帳消しになるほどの大金が手に入るならばと、悪事に手を貸してしまったのだった。


 勿論、裏切る気はなかった。

ただ、腕に覚えのあったボニファーチョは、その時間に自分が王妃と王子を守れば問題はないと軽く考えていたのだ。


しかし、その考えは甘かった。

代償は、友人の妻を死なせ、自分は自身の左腕と友人、職を失う事になり、最後には処刑を恐れて脱国するという惨めな終わりが待ち受けていた。


この事件を切っ掛けに、パルスランは、すぐにアスランを王太子とする立儲令を出した。その立太子直後、すぐに王太子に選りすぐりの近衛騎士を警護につけた。


これで警備が厳重になり、ザラはアスランへ手出しが難しくなった。


だからと言って、ザラが自分の子供であるサルートを王にする夢を諦める筈がない。


ザラはエメルを殺して自分が王妃になれると思っていたのだが、一向にパルスランはザラを王妃にする様子はなかった。

しかも王妃の座が空いているにも拘わらず、ザラの身分を側妃のまま据え置いているのだ。


パルスランにしても、愛する妻を殺した犯人がゼルニケ侯爵とザラだと察するが、証拠もなく捕らえられない。彼女を側妃にしておくことが、パルスランにできる唯一の抵抗だったのだ。

しかも、これが愛する息子を守る手段の一つだと思っていた・・。

だが、結果はどうだ?


どんなに自問自答しても、目の前に苦しむ息子を、こうして見ているしかないのだ。

再び自分の弱さに絶望するのだった。


◇□ ◇□


翌朝アスランが目を覚ますと、昨日の全身の痛みと辛さが嘘のようになくなっていた。

しかし、まだ体にだるさと熱は残っている。


「・・本当に楽になる薬だったのか・・」

熱でうかされていたため、記憶は曖昧だった。アスランは昨日の少女をベッドから目で探したが、部屋の中にはどこにもいなかった。

でも、本当に少女と話した覚えがある。


「夢ではなかったはずなんだ。ミュゲと名乗るあの少女が飲ませてくれた薬のお陰で、今日はとても楽になったのだから・・」


昨日のアスランは、ミュゲを怪しんでいた。

誰か分からない者が自分を守るために来たといい、薬だと水に溶かしてコップを差し出した時は、全く信じてはいなかった。


優しい顔をした暗殺者が、毒を飲ませに来たのだと思っていたのだ。

『楽になれる』と言う言葉は、死んで楽になるという意味だと解釈していた。


それでも、その不気味な液体を飲んだのは・・。


苦しかったせいもあるが、それよりも、優しく声をかけてもらったのは久しぶりで、これが最後でもいいからと躊躇なく不気味な液体を飲んだという訳だ。


結果は、本当に毒消しの薬だったのだが・・。


「どこに行ったのだろう?」

また、自分は静寂の孤独な世界に戻ってしまったのか。


コンコンとノックが聞こえた。

もしかして!!と期待したが、いつもの無愛想な侍女のレフターヌだった。


現在、母がいた頃のアスラン付きの侍女は誰一人としていない。

全て、ザラ側妃が辞めさせたのだ。

そして現在いる侍女は、ザラのいいなりで、皆、恐ろしく無表情で、アスランに一言でも言葉をかける者はない。


特にこのレフターヌはザラの忠実な刺客だ。彼女が持ってきた食べ物には、高確率で毒が入っている。


「今日の料理は、ザラ様が料理長に自ら指示された、特別なお料理です。どうぞ味わってお召し上がり下さい」


いつもは質素な料理なのに、今日に限って、油がぎとぎとの料理だ。


アスランが病気になり、食欲が落ちるとこのような脂ぎった料理が運ばれる。

いつも、ロスベータ侍女長がザラの手下の監視を掻い潜って、アスランに食べ物を持って来てくれるのを、気長に待つ他ない。


弱っている今、アスランにとっては、くどいほどの匂いだけで吐き気がする。

アスランが苦しそうにえずいた。

このために、味付けも濃い物を用意させたのだろう。


アスランは遠くにそれを置きたかったが、体が動かない。

辛そうなアスランを見て、レフターヌは嫌味っぽく去り際に、珍しく微笑みながら言う。

「そうそう、昨夜、国王陛下がお見舞いにいらしてましたよ」


「え?・・父上が?」


嬉しそうなアスランに、「ええ、『不甲斐ない』と顔をしかめて仰ってましたわ」

そう言い、アスランの表情が変わるのを、満足げに見て侍女は部屋を出ていった。


「・・嘘だ・・父上はそんな事言わない・・よね?・・」


アスランの目の前が真っ暗になった。


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