04ー③アスラン王太子殿下
「ロスベータ侍女長。私もアスラン殿下が笑うところを見たい・・。あんなに苦しそうに眠るなんて辛すぎます」
ミュゲの凛とした声がロスベータに届く。声だけで強い決意が伝わった。
ロスベータ侍女長は、頷き一人部屋を出る。
部屋を出る時には、後ろ髪を引かれるようだったが、彼女がここにいても、すぐに誰かが用事を言いつけにくるだろう。
諦めて、ドアを閉め部屋を出ていった。
部屋に一人残されたミュゲは、まず初めにすべき事があった。
ロスベータ侍女長に言われたとおり、ベッド脇にある水差しの水を入れ換えた。
匂いが酷く、普通の水ではない事が分かる。
「この水・・ドブ臭いじゃない!」
こんな姑息な事をするなんて!
それ以外にも何か罠が仕掛けられていないかなど、へやの隅々まで調べた。
屋根裏まで調べたが、構造上大きな大人が入れるスペースではないと分かりほっとした。
そして、調べあげた結果、安全と確信してから、ミュゲはスキルを解除した。
この時点で太陽は傾き、夕日に変わっていた。
スキルを解除したことで、アスランが人の気配を感じ、弱々しい声で聞く。
「君は・・だれ?」
「ひっ!!」
いきなり声を掛けられ、ミュゲの心臓が飛び出しそうになる。
「ミュゲ・・と申します。今日からアスラン殿下にお仕えすることになりました」
ロスベータ侍女長からの紹介もなく、いきなりここにいる自分は、間違いなく不審者。
他の侍女を呼ばれるのではと焦ったが、アスランは小さな声でポツリと話す。
「・・・・私を・・ころしに来たのかと・・・・おもった」
アスランは苦しい息の下から、一言一言辛そうに話す。
「どうぞ、しゃべらないで下さい。私は殿下をお守りするために来たのです。そうだわ、お水を飲まれますか?」
アスランが小さく頷く。
自分の存在を受け入れられたと、ミュゲは安心して、側にあった水差しから、コップに水を注いだ。
「その・・水は・・」
水差しの水は飲めないと、微かに首を振るアスラン。
「お水は、綺麗なのに変えたので大丈夫です」
注いだ水は濁りもなく、綺麗だと安心してもらえるように、ガラスコップをアスランに見せた。
それから、アスランの体を少し起こして、水を飲ませたが、ミュゲはその軽さに驚く。
(小鳥のように軽い?)
ミュゲがアスランを見ると、急に体を起こしたせいで、頭が痛くなったのか、アスランは顔をしかめて痛みに堪えている。
「ご、ごめんなさい!」
アスランをゆっくりと寝かせ、ミュゲは何かを探し、部屋をキョロキョロと見回す。
だが、ここに目当ての物が見つからず、アスランに声をかけた。
「ちょっと待ってて下さい、すぐに戻りますから」
ミュゲはそういい残し、窓から消えた。
「?」
アスランにはミュゲが窓から落ちたように見えたが、そうではない。
ちょっと3階の窓から飛び降りただけだ。
アスランは自分の体の辛さも忘れ、ミュゲを心配していたが、しばらくすると、バサッと音がして、ミュゲが帰ってきた。
「ちょっと時間が掛かってしまい、申し訳ございません」
そう言ってミュゲが差し出したのは、茶色の液体が入ったコップとストローで、いかにも怪しい色をしている。
「・・これ・・は?」
「アスラン殿下が寝たまま飲めるように、これを持ってきました。凄いでしょ、ヨシの茎で作ったストローです!」
ミュゲは得体の知れないコップの中身ではなく、ストローの説明をし、しかもなぜか自慢気だ。
この辺りでヨシの茎を見つけていたことに対しての、自慢である。
「ストローの話は置いといて、さあ、飲んでください。この薬ですが、臭いし味は最悪ですが、我が家に伝わる秘伝の毒消しなんです。すぐに楽になりますよ!」
ここで、アスランのガラス玉のような虚ろな瞳に、更にどろりとした濁りが加わった。
「・・もう・・楽に・・なれる?」
しかし、ミュゲはアスランの瞳の濁りに気がつかない。
「ええ、とてもよく効くお薬で、すぐに楽になりますよ」
「・・そう・・」
アスランは、一言短く返事した。
アスランは顔をミュゲに向けると、横たわったまま茶色の苦い液体を飲む。
少しずつだが、飲んでいる。
「よく飲めました」
ミュゲが褒めると、コクンと頷いたアスランは、再び目を閉じて眠ってしまった。疲れたようだ。
「アスラン殿下・・・明日にはきっと良くなっていますよ」
眠っているアスランをミュゲは朝まで見守るために、部屋の隅に移動した時、扉がノックもなく勢いよく開けられた。
部屋の真ん中に突っ立っていたら、訪問者に見つかっていただろう。
部屋の物陰からジャンプし、天井に貼り付いてスキルを発動させ、入室してきた男を監視する。
その男はベッドを見下ろすと、悲しげな顔で、眠っているアスランの頭を優しく撫でた。
ここで、男が冷たく言い放つ。
「私が息子を見舞っているのだ。関係ない者は出ていってくれないか!!」
驚いたミュゲは天井から落っこちそうになる。
『息子?! じゃあこの人は!!』
ミュゲは自分の事を言われたと思い『ごめんなさい』と返事しそうになった。
だが、すぐに抑揚の無い冷たい声が響く。
「関係ないものではございません。私はザラ様に、国王陛下と、王太子殿下の様子を、逐一報告するよう指示を受けています」
侍女のレフターヌは、国王にもぞんざいな態度で返事をする。
「私に力がないばかりに、アスランの住まう離宮まで牛耳られていたなんて・・。そのせいで、我が子が毒を煽ったという知らせも、届かないとは・・不甲斐ない」
パルスランは悔しそうに呟くが、それを何の感情も持たない侍女は、親子のやり取りを無遠慮に見ていた。
アスランの小さな手を握ったパルスランは、この状況になる前の事を悔やみ、我が子の苦しむ姿に胸をつまらせる。
何故、こんなことになってしまったのか・・・と。