04ー①アスラン王太子殿下
5日間で、危険な貴族、中立な貴族の暗記しろと言われ覚えた。更に王宮内の隠し通路も図案を見せられて、しっかり覚えた。
隠し通路を覚えた夜に、いきなりその通路を使って初めてアスランの部屋に侵入するという任務を言われる。
その連絡を受けたのが、夜23時30分。
実は、急にアスラン王太子殿下付きの近衛騎士が3人も解雇処分になって、警備が手薄になったのだ。
理由は侍女に対しての暴行容疑。後に冤罪とわかるのだが・・。
緊急事態な出来事ではあったが、ミュゲにとってはアスランに会える日程が前倒しになったと喜んでいた。
会うと言っても、王太子様は眠っている時間なので、寝顔しか拝めない。
それでもワクワクしながら、教えてもらった通路を伝い、そっとアスランの部屋に侵入。
部屋の中はがらんとしていて、王太子の部屋というのに、全く華やかさがない。
調度品も最低限の物しかなく、がらーんとしている。
「なんか・・寂しい部屋・・」
掃除も行き届いていない。きっと忙しい時間の合間に、ロスベータ侍女長が少しづつでも掃除をしているのかもしれないが、行き届いてはいなかった。
部屋の観察を終えるとベッドに近付いた。
「眠っている王子様の寝顔を盗み見るなんて、ちょっと変態みたいかしら」
でも、どうしても見たいという欲には勝てず・・。
ベッドを覗き込む。頼りの月明かりも雲で邪魔をされて、常人ならば見えないところだろう。
だが、新月でも山の中を走り回っていたミュゲには十分な明るさだった。
柔らかな紺色の髪の毛が、さらさらと枕に広がっている。
寝顔は、瞳を閉じていても美少年だと分かるほど整っていた。
だが、その形良いの口許は歯を食い縛っている。
眉間にも深い皺を寄せて、額にはうっすらと汗をかいていたのだ。
(夢見が悪いのかな? 苦しそうだな)
少しでも王子様の苦痛を取り除きたいと、顔に掛かった髪の毛を優しく払い汗を拭いた。そして、頭を優しく撫でる。
起こさないように、いい夢が見れるようにと。
頭を撫でていると、アスランの顔が穏やかになった。
(良かった。これでゆっくり眠れるかな?)
ほっとした瞬間、ミュゲの手が止まる。
(王子様の睡眠を妨げる者が来る!!)
バルコニーに飛び下りようとしている侵入者に気が付いた。
その距離500メートルとまだ距離は十分にある。
しかし、よほど身のこなしに自信があるのか。恐ろしいスピードのまま向かっている。
ミュゲは音を立てないように、バルコニーの扉を開きそっと外に出ると、2羽の大きな鳥の足を持ってこちらに飛び移ろうとしている男が見えた。
「うわー! なんて無防備に飛んで来るのだろう。アルガスの山でそんなに呑気に飛んでいたらモスベイラ(蛾魔虫)に捕食してくださいと言っているようなものだわ」
男はスキル(隠密)で隠れているミュゲに、全く気が付いていないようだが、それよりも、ミュゲには気になることがあった。
どうやら男は軽やかにバルコニーに降り立つつもりらしいが、目測を謝り、勢いを落とせずにいる。
このまま降り立てば、『ダンッ』と大きな足音を立てて、アスランを起こすことになるだろう。
バルコニーに飛び下りようとした暗殺者の足が床に着地する前に、ミュゲが暗殺者の体を、片手で掴んで止めた。
「な? 誰ダッー」
叫びそうになった男の口を抑えて、体を掴んでいた手を離し、瞬時にみぞおちに強烈パンチ!!
(静かにしてよね! 王子様の安眠の邪魔は許さない)
踞る男に小声で話す。
「ねえ、このまま帰ってくれませんか? ここで騒がれたら迷惑なんです」
男の体から殺気がしているので、うっかり迷ってここに侵入したのではないことは、ミュゲは分かっていた。
しかし、大人しく帰ってくれるなら、それに越したことはない。
だが、暗殺者がミュゲの言葉に、素直に応じるわけもなく、いきなり短剣を出して斬りかかってきた。
「やっぱり、無理かー」
ミュゲはそう言いながら、宙返りでその刃を軽く躱す。
その身のこなしに、暗殺者が少し間合いをとった。
「おまえは誰だ? まだ、子供のようだが邪魔をするなら殺す!」
誰だと聞かれたものだから、名前を言った方がいいのかな?とのんきに考えていたら、短剣をミュゲに向かって投げてきたではないか。
しかも、その短剣には毒が塗ってある。
「名前を聞いておいて、卑怯ですね。ではこちらも卑怯な手を出します!」
ミュゲは言うと同時に、男の急所を蹴り上げた!
一蹴りで暗殺者は倒れ、気を失う。
「手加減はしたつもりなんだけど、やっぱり魔虫と違って脆いのね」
ミュゲは崩れ落ちた暗殺者をいとも簡単に抱き抱え、そのまま闇夜に消えていった。
暗殺者も片付けたし、朝、近衛騎士の警備体制も人数が整ったのを見届けてから、ミュゲは自分の部屋に戻りベッドに潜り込んだ。
そして、3秒後に夢の世界へ・・。
ミュゲが見たその夢は、モスベイラの背中に乗って、鱗粉まみれになるという悪夢だった。
お腹が空いたミュゲは、昼前に起き出して食堂でたっぷり朝昼兼用のご飯を食べたところで、ロスベータ侍女長の部屋に、昨晩の報告に言った。
褒めて貰えると思ったが、苦り切った顔のロスベータ侍女長はずっと頭を抱えている。
「そんな重大な事件が起きていたのなら、すぐに報告して欲しかったですわ・・。しかも、その暗殺者はどこにやったのです?」
「大きな鳥の足に掴まってきたので、その鳥を呼び戻し、暗殺者をダンメルス領に運んでくれるように頼みました。恐らく明日にはダンメルスに届いていると思います」
気性の荒い魔獣も懐くミュゲにとって、鳥など目を合わせ話したら、瞬間ペット状態である。
大きな鳥の足に手紙を巻き付けて、父に渡してね!とお願いするれば、2羽の鳥は嬉しそうに飛び立っていった。
きっと送った暗殺者から、重要な事を聞き出してくれるだろう。とミュゲは
鼻をふんすと膨らませる。
しかし、その鳥がうっかり男をアルガスの山に落としてしまったことは予想していなかった。
そう、魔虫がうようよといる中に・・。
「まるで配達物のように・・いいですか、ミュゲ様。これからは捕縛したなら近衛騎士団に引き渡して下さい。お願いしますよ」
ロスベータ侍女長が、困った顔をしながらも、頭を下げてミュゲに頼んだ。
納得はしていないが、一応ミュゲも頭を下げてしおらしく見せるのだった。
「褒めてもらえると思ったのにな・・」