02 ミュゲの決意
本日2回目の投稿です。
ドルク・ダンメルスは、学生時代からの親友であるチャーリー・エバンズからの手紙と、その贈り物に困惑していた。
手紙には、『私たちの友人の息子であるアスラン・レイカールト王太子を守るために、是非ミュゲを王宮にすぐに寄越して欲しい』とあった。
その手紙の筆跡は、確かにチャーリーのものだった。
しかし、その手紙と一緒に送られてきた物が問題だった。
それは、王宮の侍女の服。
魔虫からこの国を守るために、辺境に長くいるために、すっかり王宮の事は忘れているが、そのメイド服が一番下っぱの侍女服だという事は分かる。
「ワシのミュゲを侍女にしようと思ってるのか? しかも下級侍女で下働きだと? 辺境の娘は、王宮の床磨きをしろとでも言いたいのか?!」
怒りで手紙を握り潰す。
丁度、開けっぱなしの扉から、ミュゲが父の書斎に入ってきた。
「お父さん、一緒にお昼ごはん食べよう・・。あれ? その服は何?」
昼食の誘いに来たミュゲが、侍女服を見つける。
「ああ、これは・・・」
咄嗟に良い言い訳が思いつかなくて、ドルクが言葉に詰まった。
しかもうっかり、握り締めていて手紙も落としてしまう。
「もう! 大事な手紙をこんなにぐちゃぐちゃにしちゃだめでしょ・・」
父親に向かって少し怒った顔を見せて、『めっ』と人差し指を立てる。
そして、拾った手紙を広げ、その中に自分の名前を見つけた。
だが、すぐにドルクに奪われる。
「私の名前ってことは・・それ、私に送られてきた服なの?」
「・・・ううッ、それは・・そうなんだが・・」
辺境の侍女服とは違って、フリルとリボンもついていて、侍女服とは知らないミュゲが嬉しそうに体に合わせる。
「この服可愛い! 誰が送ってくれたの?」
「・・前に話したチャーリーだ・・」
ミュゲは、ドルクと交わした会話の記憶を辿った。
「お父さんの親友のチャーリーさん? その人が私に?」
ドルクが険しい顔をしているのが気になるが、この可愛い服も手放したくない。
このダンメルス領の侍女服は、真っ黒なワンピースで、襟元に白色でイニシャルが刺繍されている簡素な服だ。
それに比べると
「あー、それは・・普通の服ではない! 侍女の服で、手紙にはミュゲにその服を着て、王宮に来て欲しいって書いてあって・・・。いやいや、それ事態おかしい話で・・しかも、アスラン王太子を助けて欲しいと言ってるが、ミュゲを下級の侍女にしようとしてるのが・・、くそっ、苛立つ!」
言いながら、ドルクが再びくしゃくしゃに丸めた手紙をゴミ箱に捨てる。
「何で?! 友達の手紙でしょ? それを捨てるなんて!!」
ミュゲがゴミ箱から手紙を拾い、手紙を手でのばした。
何度も捨てられた手紙は、ボロボロだが、ミュゲは大事そう両手で持つ。
「でも、大事な娘を侍女として働かせろって、そりゃ誰でも怒るで!」
ドルクが険しい顔のままでドカッとソファーに座る。
辺境伯と言ってもその地位は侯爵と同程度である。
しかも、先祖代々、魔獣や魔虫からこの国を守ってきたのだ。
ダンメルス家の兵士はいずれも、魔法師団か、魔獣騎士団に所属しており、実力は王国一の強者ばかりが揃っていた。
ダンメルス領は王都から距離が離れているため、その任務も忘れられているが、彼らのお陰で平和な今日があるのだ。
故に国家の大事を任されている家門の娘を、侍女に望むなど許されるわけがない。
「でも、お父さん。人が困ってたら助けてあげなさいって、いつも私に言ってるでしょ?」
ミュゲは手紙をドルクに渡しながら話を続ける。
「きっとこの宰相さんも、他に頼めないからお父さんに、手紙を書いてきたのでしょう? なら、助けてあげないと。私、一度は王都に行ってみたかったし、私が役に立てるのなら、王太子殿下をお助けしたいな」
ミュゲが決意した事は、絶対に曲げない。
ドルクは娘の頑固なところも知っている。
しかも、彼女は一人で虫退治に行ける程強く、そして、何よりも特殊なスキル持ちだ。
特に、スキルの中で『隠密』はミュゲの母方の遺伝だと思うが、かなり特殊スキルでダンメルス領以外では聞いた事がない。
「いいか、ミュゲ。お前のスキルは特殊や。それに腕っぷしも強いし魔法もちょっとはできる。でもな、油断したらアカンで。それと、危なくなったら、なんとしてでも帰ってくるんや!」
「うん、分かってる。逃げるのは得意だもん」
王宮の大人達の欲望が渦巻く渦中に、娘を行かせる事になったドルクは深いため息をついた。
大事な大事な娘だ。いずれはドレスを着せて、社交界に出そうと思っていたのに、まさか侍女として送り出さねばならないとは・・・ドルクは肩を落とした。
とはいえ、侍女の知識も経験もないミュゲが、いきなり王宮で働けるわけもなく、暫くは領地でミュゲはお付きの侍女達に仕事を教わることになる。
元々勘がいいミュゲは、すぐに仕事を覚えた。
だが、もっとも苦戦している事が2つあった。
ダンメルス領内では、貴族と平民の上下関係の差がない。
それによって、ミュゲに対しても侍女もフレンドリーに接しているし、ミュゲもそれを容認している。
なので、侍女も総出で王宮の作法を調べているが、あまりにもタブーになる観点がそもそもダンメルスの領地とずれすぎていて、理解できない。
侍女が貴族のマナー教本を片手に、礼儀作法を教えている。
「では、ミュゲ様38ページ、『格下の貴族は高位の貴族から声をかけられるまで、挨拶をしてはならない』と書かれているので、上下関係なく話しかけないようにしてくださいね」
「え? じゃあ、じっとお声がかかるのを待ってるってわけ?」
ミュゲの質問に、先生役の侍女も首を捻る。
「そうですわよね? 用事があったらどうするのかしら?」
そこに居たもう一人の侍女が、良いことを思い付いたのか、ぱんっと手を叩き、「きっと目で訴えかけるんですわよ!! ほら、このようにっ」とカッと目を見開き全力でミュゲを凝視する。
「「・・・」」
「違うわよね?」
「ええ、きっとその方法以外ですわ」
とまあ、このように疑問だらけの作法を手探りで答えを出していた。
「とにかく、上位の貴族から紹介されて始めて名乗る事ができるんですって?」
「じゃあ、この領地のように誰でも気さくに声をかけるのは、以ての外なのね?」
「ここじゃ、私らも領主様に話しかけるし、まどろっこしい作法はよく分からないですわね・・」
貴族対貴族がこうである。
王族と侍女の作法を体得するには、長い年月が必要と思われた。
こんなにも面倒な作法が山のようにあるとは露知らず、簡単に王都に行くと言ったことをミュゲは少し後悔し始めている。
でも、元来の頑張り屋のミュゲは根性を発揮し、家庭教師の先生と侍女達の総出のマナー教室のお陰もあり、一ヶ月でマスターしたミュゲだった。
そして、全ての侍女の仕事を覚え、ミュゲは明日王都に旅立つことになった。
ミュゲは窓から夕日に照らされて赤く染まるアルガス山脈を眺める。
この山々は毎日違う景色を見せてくれた。
雨がやんで晴れ渡った山は、遠くの木が1本1本見えるように近くに見える。
天候が悪い時は雲が竜のように山から昇っていく雄大さ。
どの山も好きだが、夕焼けで真っ赤になるこの時の山だ一番好きだった。
暫くはこの景色を見られない。
そう思うと名残惜しくて、窓を閉めることができないのだった。
朝、多くの領民が見送りに集まっていた。
「ええか、ミュゲ。我慢なんかしなくていい。嫌だと思ったらすぐに戻ってくるんだよ。我慢せんでいいからな」
ドルクが何度も同じ台詞を繰り返す。
それは、領民も同じ想いだった。
「そうです。お上品そうにしてるけど、王都の奴らの腹の中は真っ黒だと聞きます。意地悪されたり辛かったら、すぐに手紙下さい。みんなで駆けつけますからね!!」
口々に、まだ出発もしていないのに『戻ってこい』と言ってくれる。
こんなに言われると、流石のミュゲも、この優しい領地から出るのが辛くなる。
しかも、大好きな兄のイフサンがミュゲを抱き締めて離さない。
「ううう、ミュゲ。いいか、毎日でも手紙を書いてくるんだよ。ほんとに嫌だったら今からでも止めていい。そうだ! 今からでも辞めよう。行かんでもいい!」
折角の決心がぐらぐら揺らぎだす。
「お兄ちゃん、お父さん、みんな、心配しないで大丈夫!!」
ここで気弱な顔を見せられないと、頬に力を入れて微笑んだミュゲだった。
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