01 ひとりぼっちの王子さま
このお話は、少々残酷な描写の箇所があります。多分後半に多くなる予定。(先の事なので未定ですが・・・)
苦手な方はお避け下さい。
また、あとがきにて、この作品とは全く関係のない告知を書いています。
申し訳ないのですが、お許しください。興味があったら是非読んでください。
11歳になったばかりのアスラン王太子は、今日も笑顔一つ見せぬ侍女が、ガシャッとテーブルの上にスープを置くのをじっと見ていた。
乱暴に置かれたカップから、スープが溢れるが、侍女はテーブルを拭こうともしない。
しかも、侍女はそれについて謝るどころか、アスランに声をかけることもなく大股で部屋を横切り、わざと大きな音を立ててドアを閉めた。
無愛想な侍女がいなくなると、アスランは隠し持った銀のスプーンでスープをかき混ぜる。
途端にスプーンは黒く変色した。
黒くなったスプーンを見て、また毒が入っているのかと、一旦はスープをテーブルの向こうに追いやった。
彼が毒の混入を調べていることは、毒を入れることを指示している者も知っている。また唯一の味方である侍女長が、代わりの食料を差し入れしているのも知っている。
だが、何度もこうして執拗に毒を入れてくるのは、この離宮に表立ってお前の味方はいないのだと知らしめるためだ。
一度はテーブルの向こうに追いやったスープを、アスランは自分のすぐ前に置いた。
冷えきったスープに湯気はない。
豪華な部屋の調度品は、掃除もされず埃が被っている。全て白と青色ベースの家具など人気の無い部屋にあってはただ冷たく見えるばかり。
誰も話しかける者もいないアスランの日常に於いて、目の前の毒は寂しさから解放される手立てに思われた。
過酷な日常から、いつ除外されるかと怯える毎日に、生きる希望を失い、彼はその毒の入ったスープを一口掬い、喉に流し込んだ。
アスラン・レイカールトは、この国の第一王子にして王太子。
紺色の髪は深い海のように美しく、水色の瞳は太陽を浴びた浅瀬の海の色。
髪の毛も瞳も父であるパルスラン王と同じ色を持っていた。
母がいた頃は、穏やかで笑顔に満ちた生活を送っていたが、母が暗殺されて、側妃のザラがこの離宮の実権を握ってから、少しずつアスランの拠り所となる物が奪われていった。
大切なものが一つずつ、一つずつ欠けていく。
まるで見せつけるかのように。
元々アスランの母は子爵の令嬢で、この王宮では後ろ楯がなかった。
側妃のザラは王家に次ぐ権力を保持している侯爵家の令嬢。
しかもザラの息子はアスランと5ヶ月しか違わない年齢だ。
アスランが死ねば、ザラの息子が王太子となり、次期国王になれるのだ。
そんな状況で、ザラ本人も側妃のままで我慢するわけもなく、蛇のように執拗にアスランの命を狙っていた。
先ず行ったのは、宮中の侍女を徐々に自分の言うことを聞く者達に変えていく。
そして、幼い王子の神経を少しずつ削り取って行く方法を実行しているのだ。
これに対抗する勢力は、宰相のチャーリー・エバンス侯爵率いる王太子派だ。
だが、男であるチャーリーには、王宮内の侍女の選出に関してまでは目が届かず、王妃のいない今、幼いアスランを傍で暖かく見守ってやることが出来ないのだ。
更に、もうひとつ。
どうする事も出来ない問題にぶち当たっている。
それが、来年12歳になるアスランの婚約者問題だ。
婚約者を決めるパーティーが行われるが、きっとザラが自分の子飼いの貴族の娘を、アスランに宛てがおうとするはずだ。
だが、そんな娘が婚約者になり、どうどうと王宮を出入りできるようになれば、いつ寝首を搔かれるか分かったものではない。
アスランの命は風前の灯火だった。
ザラがアスランの婚約者を決める前に、なんとか回避しようと、チャーリーは友人のドルク・ダンメルス辺境伯の娘であるミュゲを王宮に寄越して欲しいと手紙を書き、パーティーに参加するためのドレスを用意してダンメルス領に送った。
しかし、この計画もすでにザラとゼルニケ侯爵には筒抜け。
チャーリーが用意した、水色の可愛いドレスを鼻で笑いながら、侍女に命じる。
「このようなドレス、辺境の山猿にはもったいないと思わぬか? 捨てておしまい。そうだわ、ドレスの代わりにこの服を詰めて送りなさい」
ザラは豪華なドレスを捨てて、侍女が着るメイド服を送るように指図。
そして、王宮から遠く離れたダンメルス領にメイド服が届いたのだった。
しかも、下級侍女服が・・。
◇□ ◇□
アスランが毒をあおる二ヵ月前。
少女は健康的な手足を伸ばして、領地を走り回っていた。
「おとーさぁーん!!」
ミュゲ・ダンメルスは赤く長い髪を無造作に一つに結び、母譲りの黄緑の瞳を輝かせて砦にいるダンメルス領の領主である父に叫んだ。
ここ、ダンメルスは王国随一の広大な土地を有し、その大部分がアルガス山脈という特殊な領地。
その広大な領地を、辺境伯の娘であるミュゲ・ダンメルスは日々駆け回っている。
「今日は3匹のムカデの駆除と、たくさんの果物を取ってきたよー」
城門の外で大声で知らせるミュゲ。
「うわっはっはっは。大陸ムカデを3匹もか!!」
ミュゲが駆除したという大陸ムカデというのは、全長3メートルの巨大なムカデで、アルガス山脈に生息する『魔虫』の一つである。
11歳の小さな体で、大きな獲物を狩ってくるミュゲ。
「お兄ちゃんに借りた剣を壊してしてしまったの・・どうしよう・・」
ミュゲが申し訳無さそうに、袋から取り出した剣を見せる。
取り出した剣を見たドルクは、ため息をつき、またかという顔をした。
「壊したって・・、えらい、粉々にしてしもうて・・。まあ、気にせんでええ。イフサンなら新しい剣をすぐに買いよるわ」
イフサンとはミュゲの16歳の兄だ。
可愛い妹を溺愛しているイフサンの事だ。きっと反省してしょんぼりしたミュゲの顔を見ると、即行許してくれるだろう。
そう言っているうちに、砦の大きな門が開いて、中の兵士達がミュゲを出迎えた。
門の中にはところ狭しと家や商店が並んでいる。
道の両脇からミュゲに声がかけられた。
「ミュゲ様は、こりゃまた沢山の果物を獲ってきましたなー・・」
「うん、今日は山の中腹で、この果物を見つけてね。そしたらついつい山に入りすぎてたみたい」
どの兵士もミュゲを孫か子供のように優しく話を聞く。
ミュゲの母は、彼女が2歳の時に流行り病で亡くなっている。
その時の事はあまり覚えていないミュゲだったが、210センチの大きな大男の父が、小さく体を丸めて、母の手を握ったままいつまでもいつまでも涙を流していたのを覚えていた。
ミュゲに母はいないが、この地方には沢山の友だちがいる。
領地の皆が友達であり、家族なのだ。
だから、ミュゲは寂しいと思ったことはない。
そして、領地の大自然が遊び場であり、魔法や剣術の修行の場だ。
ミュゲは幼い頃から一人で魔虫がいる山に入り狩っている。このダンメルス地方は魔虫の事を『虫』という。
山には魔獣もいるが、その多くはミュゲの友達であり、魔虫を狩る相棒でもあるのだ。
ダンメルスの屋敷に戻ったミュゲは、侍女達に風呂場に連れていかれた。
「ミュゲ様、虫の汁は服に着くと取れないの!! 早く脱いで、お風呂に入って下さいな」
髪の毛にベットリついた大陸ムカデの汁は匂いもキツく、侍女達は鼻を摘まみながら服の洗濯を始めるのだった。
お風呂から出てくると、風魔法を使って自分の髪の毛を一気に乾かした。
だが、これをするといつも怒られてしまう。
「あらあら、またご自分でやってしまわれて!! そんな強い風でいっきに乾かしたら、髪の毛が傷みますでしょう? ほらぁ・・もつれて、後のブラッシングが大変なんですよ!!」
もう!!っとぶつぶつ文句を言いながらも、侍女達はミュゲが痛くならないように、ぐちゃぐちゃに絡まった真っ赤な髪を、優しく少しずつブラッシングをしてくれる。
こうして、ミュゲは毎日楽しく過ごしていた。
あの手紙が届くまでは・・。
上記の作品とは関係のない告知で、すみません。
ですが、告知をさせて下さい!!
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