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深紅の夏  作者: 立夏
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青少年突撃隊

 国立第1高等学校は有事において期待されたその機能を完璧に果たそうとしていた。生徒たちが、すぐに動員できる軍の予備役兵となることである。

 生徒たちは慌ただしく軍服に着替え、倉庫から武器を取り出している。国立第1高等学校の生徒は約2300人であるから、数的な戦力で言えば1個連隊弱となる。更に生徒たちは定期的な軍事教練も受けている為、見た目上は割と立派な「軍隊」が出来上がったように見えた。

 


 (しかしもちろん、これは軍隊ではない)、3年級長、すなわち生徒における最上級者としてこの集団を取り仕切ることになった日野和人は、内心で呻いていた。

 国立高校生はその名の通り、所詮は高校生の集まりだ。定期的な軍事教練を受けていると言ってもその内実は、蛸壺を掘る練習をしたりエアガンで戦闘の真似事をしたりといったレベル。本職の軍人が受けるような訓練を修了している訳では無いのだ。

 軍内で邪魔者扱いされやすい二等兵や少尉候補生のそのまた卵が集まったもの、それが青少年突撃隊と仰々しく命名されたこの集団の正体であった。


 なお有事には士官として国立高校生を指揮する筈だった教師たちは、「軍に連絡に行く」と言ったきり姿を消している。移動中に空爆に巻き込まれたのか、或いは単に逃げ出したのかは不明である。ただ1つ確かなのは、国立第1高等学校には今高校生たちしかいないということであった。

 

 「本当に、戦うのか?」

 

 真新しい軍服に身を包んだ国立高校生たちを見ながら、和人は思わず呟いた。確かに有事の際は国防に従事するのが国立高校生の義務とされているが、その義務とは本当に無条件で服従すべきものなのか。民兵と呼ぶのも民兵に失礼な集団が、正規軍と戦うことが。

 

 


 「戦わずにどうするの? まさか両手を上げて降伏でもするの? ”向こう側”の慈悲に期待して?」

 

 だが和人が呟くや否や、横から糾弾の言葉が飛んできた。声の主は一条理沙、3年副級長である。生徒会の業務の大半は彼女が決定権を握っているので、実質的な級長とも言える。

 

 一条理沙はまるで人形のような美少女だった。真っ白な肌に深い青色をした大きな瞳、腰まで伸ばした綺麗な亜麻色の髪。野暮ったい軍服の上からでも分かる女性的魅力に溢れた体型。外見的な華やかさで言えば、どう見ても彼女の方が正式な級長に見える。

 ついでに言えば成績や実務能力の点でも、和人は理沙の足元にも及ばない。本来なら理沙が3年級長となるべきだと、和人自身を含む生徒のほぼ全員が思っていた。

 

 にも関わらず、理沙が級長になることは無かった。誰も敢えて口にしようとはしないが、考えられる理由は1つしかない。彼女がロシア人とのクオーターであるからだ。

 国立高校生徒の代表が外国、それも敵性国家の人間との混血であってはならない。級長を決める際に、上に対するそんな忖度が働いたのだろう。少なくとも生徒側はそう思っていた。

 

 「それは……」

 

 和人は言い淀んだ。理沙の言う通り、”向こう側”、ソビエト連邦とその衛星国たちは国際法遵守という観点から見て名高い国々とは言えない。太平洋戦争の最末期、日本はアメリカとソ連の両方と戦ったが、その中で圧倒的に多くの戦争犯罪を行ったのはソ連だった。

 もっともそれらの行為が公式に「戦争犯罪」と呼ばれることは無かったし、無論責任者が裁かれることも無かったのであるが。

 


 「少なくとも私は御免被るわ。”向こう側”の慈悲なんかに期待したらどうなるかは、私のお祖母ちゃんがよく知ってる。ついでに、あなたのお祖父ちゃんもよく知っていると思うけど」

 

 ロシア人の血を受け継いだことを証明する青い瞳を瞬かせながら理沙は言った。和人はそれを聞いて黙らざるを得なかった。和人の祖父は第2次大戦後にシベリアに抑留され、そこであらゆる辛酸を舐めた。”向こう側”に降伏した場合、和人や理沙を待ち受けているのは同じような運命だろう。

 

 「だから私たちは戦うしかない。最後まで戦い抜くしか」

 

 理沙は宣言するように言った。これで事実上、議論は終わった。国立第1高等学校生たちは、富士川-糸魚川線を突破して西進中の日本人民共和国軍と戦うことになったのだ。



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