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深紅の夏  作者: 立夏
3/10

糸魚川-富士川線

 日本皇国と日本人民共和国の事実上の国境線である糸魚川ー富士川ラインは、まるで冷夏を人為的に吹き飛ばそうとしているかのように燃え上がっていた。

 日本皇国と日本人民共和国、互いに相手の主権を認めていない国家同士が、遂に実力を以て衝突したのだ。40年前の東西戦争以来の出来事であった。

 

 「「祖国を統一せよ」」

 

 国境線の両側では、同じ人種に属し同じ文化を持つ軍人同士が同じ言葉を叫び、自らと部下の士気を煽っている。どちらも自らの陣営こそが日本の正当政府だと考えていることも含めて、その類似性は悲しいほどだった。

 


 だが明らかに不釣り合いなものが1つあった。双方の戦力である。アメリカ合衆国崩壊によって後ろ盾を無くした日本皇国と、ソビエト連邦から潤沢な軍事支援を受けている日本人民共和国では、前線に配置できる戦力に大人と子供の差があったのだ。

 

 「こちらの大砲1門につき、向こう側には10門の大砲があった」、この戦争を運よく生き延びた日本皇国軍士官の手記にはそう記されている。

 これは純粋な数で言えば誇張表現だが、事実を不気味なほど正確に捉えた表現でもあった。日本人民共和国軍砲兵部隊の規模は日本皇国軍の10倍では無いにせよ、3倍以上に上っていた。

 そしてそれらの砲は、航空優勢によって支えられていた。日本人民共和国軍はより多くの砲を、より正確な情報の下で運用していたということである。更に日本皇国側の砲の多くが空襲で破壊されたという事実を鑑みれば、砲兵戦力の差が実質的に10:1以上に達していた可能性は大いにあった。

 


 国境から見て東側に並べられたソ連製重砲群が咆哮し、西側にある前方陣地全てに巨弾の雨を降らせていく。その西では対地攻撃機群が航空基地や長距離砲陣地に誘導爆弾を叩き込み、レーダー機能や司令部機能を持つ可能性がある車両全てに銃撃を加える。火力による陣地制圧の見本のような攻撃だった。

 



 砲戦開始から僅か1時間も経たないうちに、日本皇国軍の国境陣地は完全に無力化された。重砲や戦車などの大型兵器の大半は破壊されるか射すくめられ、更に致命的なことに部隊ごとの連絡手段が失われたのだ。

 日本人民共和国軍の砲爆撃は通信車両を破壊するのみならず、地下に多重埋設された電線網まで切断し、その機能を奪っていた。こうして指揮系統を破壊されれば、軍隊は戦闘の為の組織ではなく、武装した群衆に変わってしまう。そして「群衆」は「組織」よりずっと破壊しやすい。

 


 「戦車だ。戦車が来るぞ!」

 

 やがて孤立した日本皇国軍陣地各地で、報告というよりは悲鳴が上がり始めた。椀型の砲塔から長い砲身を突き出した車両の群れが、砲弾によって巻き上げられた砂塵の向こうから姿を現したのだ。識別表と見比べるまでもない。日本人民共和国軍の主力戦車、T-72である。

 

 なおこれらのT-72は輸出用の廉価版であり、攻防性能が本家ソ連のT-72より低かったことが後に判明している。しかし当時の前線にいた将兵がそれを知る由もない。彼らにとってのそれは自国軍が持たない第3世代戦車であり、自分たちを噛み裂きに来る鋼鉄の猛獣だった。

 T-72の群れは破壊された前線陣地を踏み潰しながら渡ると、砲撃が生んだ混沌を永続的なものとすべく、日本皇国軍陣地後方に進撃していく。無反動砲や対戦車擲弾による不意打ちがその一部を破壊するが、T-72の群れが止まることはない。日本皇国軍は混乱から全面的崩壊へ続く坂を着実に滑り落ちつつあった。



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