第4話 ようこそバトルアカデミーへ!~出禁編~
俺は制服の変更のため何度も説得を試みていたが、カーラは無視して次なる目的地へ進んでいった。
バスや電車など、いくつかの現代の乗り物を乗り継いで(車内でかなりはしゃいでカーラに怒られた)、ようやくついた駅で降りると、目の前にあったのは一つの街ほどの広さも伺える広大な敷地と、その中に建っている荘厳な建造物の群れだった。
一番目立つ時計塔の上には、制服についている紋章を記した旗がこれ見よがしに掲げてあった。
「見て下さい王、あれが――」
「あれが国立魔戦学校か!」
俺は興奮して声を上げる。未知の物を知る瞬間というのは、いつだってテンションが上がるものだ。
肩に乗っているカーラを掴み、急ぎ足で駅から出る。
「早速行くぞ! わはは!楽しみだな!!」
「しょ、正面からですか!?」
「ん? それがどうした」
「いえ……王よ、当初の目的をお忘れではないでしょうね」
「あ」
そういえばそうだ。俺はここに冠を取り戻す、もしくはその手掛かりになる情報を手に入れるために来たのだった。なんか普通に観光の気分で来てた……
「ま、そこんところは出たとこ勝負で行こう。まずは軽く情報収集しないと、立てる作戦も立てられないからな」
「仰る通りでございます。ですが……ふが!」
まだ何か言いたげなカーラを引っ掴んで敷地の入り口であろう巨大な門がある場所まで向かう。駅と門までの距離はかなり近く、あの門の近くに駅が作られたのだろうと容易に想像できた。
が、一方で駅で俺以外に降りる者がいなかったことが気にかかる。カーラに聞くと羽づくろいしながら「そういう時間ですので」と素っ気ない答えしかくれなかった。
当然と言えば当然だが、この時代はやはり俺の知らないことが多すぎる。列車という乗り物に乗っている際に、挨拶だとか金銭関係だとか暦の読み方だとかのある程度の常識をカーラから教えてもらったが、それでもこの世界を知るには足りない。まるで生まれ変わった赤ん坊のような気分だ。
さて、門の近くまで来て少し観察してみる。門は巨大なドラゴンでも優に通り抜けられるほど大きく、そして不自然なほどに堂々と開いている。見える所にいる門番は一人。これでは軍事教育施設としてあまりに不用心、と思ったが……
「これは、結界か」
「左様でございます」
敷地とこちら側のちょうど境界線に、区切るように透明な膜が張っているのがわかる。結界だ、それも強力な。
結界はこの広い敷地をぐるりと囲むように張られている。国の軍事に関わる施設だ。カーラの話を聞く感じその中枢を担っているのだろう。当然と言えば当然か。
目を凝らして結界の作りを見てみる。
「うーん、外郭に付与されている主な効果は恐らく2つ、いや3つか。侵入不可と認識阻害、あとは簡易的な警報……とかかな」
これに関しては俺の知っている技術の延長線のようだな。
「ま、一回試してみるか」
結界の傍に立ち、右手でそっと触れてみる。
バチンッ!
想定通り、電気系の攻撃を受けたかのような痛みが触れた手に流れる。痛んだところを眺めてみるが特に外傷は無い。痛みだけを発生させているのか。
周りの様子も注意深く観察してみる。触れた瞬間に警報音が鳴るものと思っていたが、待っていてもそれらしきものは聞こえてこない。音を発生させるのではなく特定の人物にのみ音を伝えている?というよりこの感じだと発生していないとみる方が正しいかな。
「どうですか王。なにか御分かりになられたでしょうか」
「そうだな、許可された者以外の者が結界に触れると痛みや衝撃を発生させるって感じかな。作りはかなり単純だが非常に強力で有効的だ。そして恐らく、ここの門のように特定の通り道以外からの侵入を試みると、すぐさま警報が鳴るだろうな」
触れてみて良く分かった。結界には警報が鳴る範囲が設定されている。多分。
俺が触れた所は門の範囲内にあたるので警報は鳴らなかったが、許可されていないから結界に拒まれた。そんなところだろう。
「認識阻害はまあ、内側の映像を切り取って、それを延々と流し続けていることで成立させてるんじゃないか?これも単純だがスマートなやり方だ」
「その通りでございます」
「その通りって…まるで詳細を知っているみたいな素振りじゃないか」
「はい、結界についてはパンフレットに記載されていますので」
「ぱんふ…え?」
カーラはまるで想定内と言わんばかりに羽の隙間から一冊の薄い冊子を取り出し、俺に渡す。
「こちらは国立魔戦学校について、入学前の者やその保護者に配布される資料でございます。こちらのパンフレットに結界の詳細が載っております」
「……本当に?軍事機密じゃないのそういうのって。ていうか何で先に」「王が聞かずに先に行ってしまわれたので」「……ごめんて」
パラパラとめくってみるが、そういえば俺はこの国の文字がさっぱり読めないので何と書いているか全くわからなかった。けれど、結界について書かれてあるであろうページには、とても分かりやすい説明がイラストで描かれていた。
門以外から侵入しようとする不届き者は結界に触れた瞬間に雷が落ちて目がバッテンになっている。そして、対照的に制服を着ている者たちは笑顔で登校している。ははっ、面白いなこれ。
なんて笑っていると、門番の一人が俺に気づいたのか、近づいて話しかけてくる。
「君、どうしたの?もしかして学生証忘れたとかかい?」
「いえ、俺は、えーっと……」
その男は街で見た人々よりも一回り大きい体躯を持っているが、どこか優しげなオーラで、包み込まれるような大らかさをその挙動から感じる。顔つきも妙に肉がついてぷっくりとしており、およそ武力を備えている見た目ではなかった。巨人というより風船だな。
俺は急に話しかけられたのでなんと答えるか迷っていると、その前に門番が俺の手のパンフに気づき、顔色をぱあっと明るくする。
「ああ、そのパンフ……君、今期の合格者の子?」
「あ、はい!そうなんです。通う前に中をよく見てみたくって」
ぜんぜんそうではないがとりあえず話を合わせておこう。
門番は優し気な笑顔を浮かべていたが、中をよく見たいと聞くとなぜか申し訳なさそうな表情に変わる。
「そうか~。ごめんな、入れてあげたいんだけど、合格者の子でも学生証が発行されるまでは入れないんだ」
ふわふわと言葉を返すその男に、俺は何か違和感を感じる。……いや、これを違和感と言ってはいけないな。
この門番からは害意を感じられない、というより悪だとか害意だとかに触れた事が無いのだろう。これほどの結界、これほどの軍事施設で門番を請け負う者が、だ。二万年前ではありえないが、ありえてしまっている。
「なるほど、良い時代だ」
「ん? 何か言ったかい?」
「いえ! そうですか、発行されるまで入れなかったんですね。申し訳ない、迷惑をかけてしまい」
「あぁ~ちょっと待ってちょっと待って! 許可が出るか一度聞いてみるよ。守衛室すぐそこだから!」
「いや俺は別にそこまで……」
俺の返答を聞く前に門番は風のように颯爽と走って結界の向こうに消えてしまった。
「体のわりに身軽な方ですね」
「そうだな。なあ、俺に見学の許可が出ると思うか?」
「あまり期待しない方がよろしいかと」
「だよね」
はぁとため息を一つつき、俺は周囲の気配をざっと感じとる。……うん、この付近にはさっき走っていった門番以外いなさそうだ。それを確認すると結界から少し距離をとり、肩に載っていたカーラをその場に降ろす。
「さて、俺たちは冠の手がかりの為、この国立魔戦学校に侵入なり潜入なりしなきゃならんのだが……なんと素晴らしいことに、ここの結界は固く容易には入れない」
「? そうですね」
「そして、正規の方法で入るには特別な許可が必要であり、今俺たちは持っていない」
「ええ、はい。その通りです」
「となると、侵入方法は一つだ。わかるか?」
「……いえ」
俺は手を地面に付け、姿勢を低くしその場で構えを取る。現代ではこれをクラウチングスタートと呼ぶらしい。
「答えはこれだ。無理やり押し通る!」
バンッ!と雷鳴の如く走り出し、勢いそのまま右手で結界に触れ、邪魔なものを除けるように押し込む。……あの門番には悪いけど。一回だけなら許してくれるだろ。
バチバチバチバチ!
瞬間、先程触れた時と比較にならないほどの痛みが右手を伝って全身に駆け巡る。
「痛ってえ!!」
「王!?」
俺は痛みを気合で我慢し結界を押し続ける。なるほど、並の生物であれば痛みで気絶どころではないだろう。
だが!
俺はさらに左手を添え、力強く結界を押し込んでいく。
「うお、おおおお!」
グググ……と少しづつだが結界を押し込んでいる実感がある。なるほど見立て通り頑丈な結界だ。けれど、俺の障害とは成りえない!……と思っていたが、やはり俺自身の出力が落ちてるな。だいたい2万年前の1万分の1くらいか。
ピリッ
ふいに、結界が軋む音が耳の奥に響いた。結界に指先程度の割れ目が生じる。しかし、瞬きの間にその割れ目は消えていた。
ふむ、自己修復機能もあったのか。押し込んでいたところもたちどころに直って、逆にこちらを押し返してきている。
このまま突破出来るかどうかはわりとギリギリラインだな……もう少しだけやってみるか。
と、両腕に力を入れた、その時だ。
ドォンッ!
結界の痛みとは違うなにかが前方から飛来し、押し込む俺に被弾する。
「うわ!」
結界の向こう側からの攻撃に気づけなかった。もろに食らった俺は思わず結界から手を離し、衝撃で後ろに下がる。すぐに体勢を直し、その飛来物が来た方向に目を向ける。
結界は依然静寂な施設内を映しているが、映像が揺れ小さな足がにゅっと出てくる。そして続くように赤髪の少女が結界の境界を踏み越え姿を現した。
「何やってんの、この不審者」
夕焼けのような長く鮮やかな赤髪をなびかせ、発育の良い少年ほどの背の少女は明らかに異物を見る目で俺を見つめる。だが、それ以上の驚愕の目を俺は彼女に向けた。
今俺が受けた攻撃は相当な威力のものだ。魔法使いであれば、才ある者が研鑽の末に到達できる領域の攻撃。しかし、その少女に卓越した才や力があると感じられない。その立ち姿や雰囲気は、およそ戦闘訓練を積んでる者のそれではない。
ならば、一体どうやった……?
「すっごい音がしたけど、ヒメちゃん大丈夫かーい!?」
結界から先程の門番がドタドタと慌てた様子で現れる。ヒメと呼ばれた少女は門番の方にちらりと目をやると、つまらなさそうにふぅとため息をついた。
「ねえ警備員さん、この人は」
「ああ、この子も合格者でね、入学前に学校を見てみたいらしいんだけど、学生証がまだ発行されてなくって入れてあげれられないんだ。だから今許可を取りに……」
「そう、ならやぱっり不審者ね。おいで黒龍」
黒龍、少女が呼びかけるようにそう呟くと、結界が大きく揺れる。音は結界で遮断されているが、地面から伝わるその揺れで、やってくる存在の大きさを直感する。
そして、映像が直視できないほどに乱れると、『それ』がゆっくりと姿を現す。
「なるほど、使役していたのか……!」
思わず感嘆の声が漏れた。
ズンッ! と黒龍が地面を踏みしめると、今度は音までしっかり聞こえる。
人など簡単に噛み砕く破壊者の顎、あらゆる障害物をものともしない無骨で強靭な爪、空を支配する大翼に太陽と見まがうほど眩く輝く金色の瞳、全身を真っ黒に染め上げたその姿はまさしく黒き龍だった。
「警備員さん、ほらこんな不審者とっとと出禁にしなさい、出禁に」
「い、いやでもまだそうと決まったわけじゃ……」
「はぁ……おいで黒龍」
少女が小さなため息とともに黒龍へ手を差し伸べると、黒龍は慣れたようにスッと頭を下げた。まともな剣では傷一つ付けられないその鱗を、少女は優しくなでる。
「いいことを教えてあげるわ、不審者さん」
そして、どこからか手のひらサイズの小さなカードを取り出して、俺に見せる。
「学生証が届いたのは今朝よ」
オオオオオオオオ! と黒龍の咆哮がこの地一帯に響き渡る。少女の意思に反応して臨戦態勢に入ったのだろう。口に湛えた火炎から光が漏れ出て、煌々ときらめき輝いている。
「黒龍、放て」