78.目が覚めたら抱っこじゃなかった
目が覚めた僕は、ベル様のお膝にいなかった。びっくりしすぎて、すごい勢いで起き上がる。きょろきょろと見回す僕の視線の先で、ベル様が何か飲んでいた。
皆がベル様を囲んで、コップに何かを入れる。僕は寝てたから邪魔だったのかな。しょんぼりしながら見上げると、お祖母ちゃんの上だった。丸まったお祖母ちゃんが、僕を乗せている。
「お祖母ちゃん、僕……ベル様の奥さんなのに寝ちゃったの」
小さな声で相談すると、伸ばしていた首を下ろしてお祖母ちゃんが聞いてくれる。これはお母さんに言ったら叱られそうだし、お父さんはベル様に怒りそう。お祖父ちゃんは、ベル様と一緒に飲んでいた。
相談できるのはお祖母ちゃんだけ。ぽつりぽつりと、目が覚めた時に一緒じゃなくて寂しかったと話す。僕が大人なら、起きていられて、まだお膝の上にいたのかも。
ずずっと鼻を啜りながら、僕はお祖母ちゃんの鼻先に抱きついた。もごもごと口を動かした後、お祖母ちゃんは僕に変なことを尋ねた。
「もう魔王陛下を嫌いかい?」
「ううん、好き」
「だったら、いなくて寂しかったと魔王陛下に直接言ったらいいさ。聞いてくださるよ」
そうかな、聞いて嫌な顔をされたら泣いちゃう。迷う僕の背中をお祖母ちゃんが押した。鼻先で優しく、僕を鱗で滑らせる。地面まで降りた僕は振り返り、頷くお祖母ちゃんの笑顔に頷いた。頑張ってくる。起きたら頑張るって決めたのは僕だ。
勢いよく歩き出したのに、近づくにつれて足が遅くなる。重い気がして引きずるように近づいた。足を絡ませる形で座るベル様の腿に手を触れ、じっと見上げる。
「ウェパル、起きたのか。ほらおいで」
お祖父ちゃんが声をかけるけど、今はベル様がいいの。首を横に振った僕に気付き、ベル様が目を見開いた。叱られちゃう? それとも叩かれたら嫌だな。悪い方へ向かう僕の考えは、一瞬で吹き飛んだ。
「よく眠れたか? ウェパル」
おいで、と言われない。叱る言葉もない。でも嬉しそうに笑って腕を伸ばされた。ふわっと浮いて、足が地面から離れる。そのままお膝の上に下ろされた。
「いいの?」
「何を心配している? ウェパルは俺の伴侶だ。ここが定位置だ」
定位置は聞いたことがある。決まっている場所だよね。ここが僕の居場所で、ベル様はそう決めたと言う。嬉しくなって笑ったら、いっぱい撫でられた。
「魔王陛下、少しばかり孫に甘すぎますぞ」
「人のことを言えるのか? ラウム」
お祖父ちゃんは、ベル様に反論できない。だってお祖父ちゃんも僕を「おいで」と呼んだから。ベル様のお腹にぺたりと張り付いて甘えると、背中の棘がゆっくり撫でられる。ベル様の手はいつもより温かかった。
ふと見ると、ベル様のコップがある。僕も届く場所なので覗いてみた。くんと匂いを嗅ぐと、変な感じ。初めての匂いに興味が湧いて、鼻先を突っ込んだ。
「うわっ!」
「ちょ!?」
気づいた皆が騒ぐ。ちょっと舐めるつもりが、鼻がコップに嵌ってしまった。ぴったりすぎて取れない。何とかしようと慌ててコップに足を掛け、ぐいと引っ張った。勢いで転がり、中身が鼻先から流れ込む。
うー! 抜けない!! 両手両足で突っ張ったら、ベル様が慌てて抜いてくれた。すぽんと音がして、僕とベル様のお膝に中身が溢れる。白っぽい液体はツンとする匂いがした。
「……いろいろヤバい」
よく分からない呟きの後、すぐに魔法で綺麗になった。あれ? この魔法、吸血鬼のおじさんのそばで使ってもいいの?




