61.まだ幼い世界の守護者(ベルSIDE)
世界はどこでも残酷だ。必要ないと断じたら、すぐに捨てる。一切の迷いなく選択されてきた。その意味で、俺は前の世界に捨てられたのだ。
不要と放り出されたのが先か、ウェパルが来てと呼んだのが早いか。あの子は気づいていない。ドラゴンの形を纏って生まれたため、自分を成長の遅いドラゴンと思い込んでいた。
この世界を管理する者、俺が生まれた世界では神と呼ぶ。この世界で神の概念を聞かないため、別の存在として名を残しているはずだ。己を世界に溶け込ませ、必要なものを選んでいる。まだ成長段階の世界は、ウェパルのように幼かった。
呼ばれていないのに、人間の元へ召喚された。そう口にしたが、実際は「救いを求める祈り」が神であるウェパルが呼び寄せられた。本人に自覚や記憶がなく、混乱して助けを呼んだのだろう。
「黄金の畑、綺麗だね。ずっと見ていたい」
幸いにして、ここに小屋を構えて三日目の今日も麦穂は風に揺れている。この景色が好きだと笑う幼い竜は、自らの絶対的な力を知らない。それでも彼は俺を選び、俺もウェパルを伴侶に選んだ。この契約は消えない。
「人間が生きていれば、食べるために麦を育てる。きっと来年も見られるぞ」
ウェパルの気に入った景色が消えないよう誘導した。人間が生きていたら、また見られる。魔族の一部は人間を食糧としているため、滅ぼされると魔族にも被害が及ぶ。きょとんとした顔をした後、ウェパルはへらりと笑った。
「人間、役に立つんだね」
「そうだな」
この世界が成熟するまで、ウェパルは幼い姿を保つ。そう気づいてしまったら、長い年月を思って気が遠くなる。その反面、この子の成長を長く見守れることに喜びが湧いた。一時的な快楽を求めるなら、ウェパルを無理やり大人へ導くことも可能だ。
大人びた振る舞いを強要し、知識を詰め込み、まるで人間が我が子に行うような教育と躾を行えばいい。だが、この子にそれは毒だった。自由奔放に、己の感性で様々なものに興味を示しながら生きていく。その成長過程を、心から愛おしく思う。
「ゆっくり育て」
「ベル様は、早く僕を奥さんにしたくないの?」
「いや。今でも立派な奥さんだ。俺の伴侶は本当に愛らしい」
ちゅっと音を立てて、額に口付ける。嬉しそうに尻尾が左右に揺れた。長く待たされたとしても、この可愛い伴侶を守りたい。前の世界で忍耐など縁がなかったが、ここでは限界を試され続けている。それもまた一興だった。
「僕はベル様が大好き」
「ありがとう、俺も愛しているぞ」
わざと重い気持ちで返す。まだ気持ちの追いつかない幼子に、愛していると刷り込んだ。いずれ、この子は同じ感情を返す。それまで愛し、慈しみ、大切に育てよう。
「あっ! 人間が来た」
ウェパルは残念そうに呟く。朝日が昇り切った畑で、黄金の穂は刈り取られていった。減っていく麦を見ていたウェパルは、両手で目を覆う。
「家に帰るか。両親が待っているぞ」
「お父さんとお母さんが? そうかな」
首を傾げるが、断言してもいい。旅に出てから、毎日帰ってくるのを待っているはずだ。もしかしたら住んでいるかもしれない。そう告げた途端、ウェパルはそわそわし始めた。
「僕、帰る」
「ああ、一緒に帰ろう」
魔王として名乗りを上げてから、前の世界で帰る場所など持たなかった。複数の魔王が戦う世界は殺伐として、守るものを持てば壊される。故に何も持たぬ強さを誇った俺だが、今はウェパルがいる。彼が帰る場所が、俺の居場所だった。
「ほら、おいで」
広げた腕に迷いなく飛び込んだ至上の存在は、満面の笑みで頬を擦り寄せた。
「僕達のお家へ帰ろう」




