53.氷の山の頂上から落ちる
氷の山は歩きづらい。寒いけど、僕は寒さが平気だった。熱いのも平気だけれど、温かいくらいが一番好き。持ってきた煙の臭いのお肉は食べてしまった。この煙の臭いは燻すと表現する。そんな話を聞きながら、あーんでベル様にお肉を差し出した。
お肉を千切るのが難しくて、こっそり牙で噛んで引っ張る。様子を窺うけれど、ベル様は気づいていない。だからもう一度牙で裂いて、お肉を小さくした。
「ベル様、あーん」
「うん、うまいな」
褒めてくれた。嬉しい! 僕は何度も牙と爪でお肉を裂いて食べる。気づいたら両手のお肉は無くなっていた。ここは山の真ん中くらいの高さだから、残りは歩くよ。
ベル様に頼んで下ろしてもらい、一緒に並んで進む。魔力を纏ったベル様は寒さも暑さも関係なくて、ゆっくり山を登った。ついていく僕は、時々雪に埋もれちゃう。
ずぽっと頭まで埋もれた時は、ベル様の腕が伸ばされた。外へ出すたびに「どうする?」と目で問う。僕はそのたびに首を横に振った。大変だけど、自分で山を登る。その方が自慢できるから。いつもベル様に抱っこされて、おまけになっていたら成長しないと思うの。
お母さんが昔聞かせてくれた物語の魔王様は、幼い頃に苦労して大きくなって強さを手に入れた。僕はあのお話に憧れているんだ。青の魔王様というお話だよ。綺麗な青い目の魔王様だったみたい。魔力の強い人は目がキラキラ輝いているから、きっと輝く青い瞳だね。
そのお話をベル様に聞かせながら、僕は氷と雪を踏みしめて進んだ。時々忘れちゃった部分もあったけど、ほとんどは話せたと思う。足りない部分はお母さんに教わりに行かなくちゃ。
「あと少しだ」
ベル様の言葉に顔を上げる。滑ったり埋もれないよう歩こうとして、いつの間にか俯いていた。見上げた先は、山が途切れている。あそこが頂上なのかな。疲れていたのに、急に元気になった。嬉しいから走っていく。ベル様は笑いながら付いてきた。
頂上に立つと、向こう側に凍った山がいっぱい! いくつも並んでいた。初めて見る景色に興奮して、足を踏み外す。勢いよく滑って、慌てて体を丸めた。それからうつ伏せに向きを変えて、爪を立てる。ずずずと滑って、ようやく止まった。
「……ウェパル、俺を殺す気か」
お尻にあったかい手が触れて、振り返る。ベル様が僕がもう落ちないように支えてくれていた。怖かっただろう、ではなく「怖かった」とベル様は口にする。僕がケガをすると思ったみたい。
「ごめんなさい、ありがとう」
心配させたお詫びと、助けられたお礼を一度に口にする。抱っこされ、しばらくはまだ下ろしてやれないと言われた。失敗したから仕方ない。成長は安全な場所でゆっくりする。
「ベル様、好き」
ちゅっと音を立てて頬に口を押し付けたら、ベル様が唇を口にくっつけた。特別な口付けだ! うっとりしながら目を閉じて開いたら、また頂上だった。景色を眺めて、満足する前にお腹が空いて鳴った。
「成長期だから仕方ない」
大人ならもっと我慢できるのに。そう思って肩を落とした僕に、ベル様は笑って首を横に振った。大きくなるにはいっぱい食べないと! ベル様の言葉で気合を入れた僕は、山の麓で大きなお肉を捕まえた。
足が細くて長い。鹿に似てるけど、もう少し大きくてツノはなかった。これ、何のお肉だろう。




