50.お城なんて要らない
すっと片手をあげて、顔の前で握った。ゆっくり握り込む指の動きが好き。ぐっと握り終えた途端、立っていた人間がバタバタと倒れた。
「これ、魔法?」
「地味だろう」
「ううん、びっくりした」
嘘じゃなくて本当だよ。あの綺麗な動きの指は、魔法を作っていたんだ。光ったり雷が落ちたりしなかったけれど、強いのは一目でわかった。ベル様の魔力がぶわっと広がって、人間に触れる。触れた人は皆倒れた。階段の上で震えている人と、その仲間が何人か残っている。
ひぃ、ふぅ、みぃ、よぉ……忘れちゃった、の次はむっつ! 六人だ! 指も使って数えたから間違ってないはず。僕はちゃんと数えられるし、計算も出来る。
「ベル様、六人だね」
「残念。椅子の後ろに一人隠れているぞ」
左側に数歩移動したら、ちらっと服の端が見えた。本当だ、一人多い。隠れてるなんて狡い奴に違いない。
「ななつ……七人だ!」
「正解だ」
ベル様と話している間に、吸血鬼のおじさんがすたすたと歩きだした。お父さんはベル様の後ろを守る形で待っていて、抱っこされた僕が手を振ると振り返してくれた。
吸血鬼のおじさんへ銀の剣を振り翳した人は、ぴたりと動きを止めた。じっと見つめ合う。ゆっくりと頭の上の剣を下ろして、自分の首に当てた。それを引っ張ったら赤い血が吹き出す。
赤い血を浴びた吸血鬼のおじさんは、若返ったみたいに見えた。十年くらい前の姿みたい。続いて飛びかかった男の人も、目を合わせたら動きを止める。ベル様によれば、吸血鬼は人間を操れる。そのために目を合わせるんだって。
尻尾を振っていたお父さんは、椅子の後ろに隠れる男へ向かった。階段を登って、手前にある邪魔な椅子を放り投げる。大きな音を立てて壊れる椅子から、お父さんへ視線を向けた。人の頭を片手で掴んで持ち上げている。
「お父さん、凄いね」
「そうか? そうだろう」
嬉しそうなお父さんは、灰色の髪のおじさんを放り投げた。大きく振って投げたので、遠くまで飛んでいく。壁に当たって落ちた。動かないね。
「これで終わりか」
お父さんがぐるりと周囲を見回す。僕も真似して首を動かした。人間がいっぱい倒れている。吸血鬼のおじさんはさらに若くなっていた。
「王城は壊しますか?」
吸血鬼のおじさんが丁寧に尋ね、ベル様は僕に尋ねた。
「城が欲しいか?」
「ううん。僕は今のお家が気に入ってる」
ここに住む気はないし、人間の家は狭い。眠る時に星が見えないし、この広い部屋以外は天井も低かった。僕はドラゴンで大きくなるから、こんな狭いところで暮らせないよ。身振り手振りで伝えたら、ベル様も吸血鬼のおじさんも笑った。
「ならば残す必要はない。だが全滅はさせるな。それを守れば好きにしろ」
「温情に感謝申し上げます」
吸血鬼のおじさんは嬉しそうだった。甲高い声を出して仲間を呼ぶ。ベル様は僕を抱いて外へ出た。空は曇って灰色だ。さっき投げ飛ばされたおじさんの髪色みたい。
重い感じの空を見ていたら、ぽつりと雨が振ってきた。駆けてきたお父さんが竜に戻る。赤い鱗が艶々して、白い湯気が出た。お風呂と同じだ。火竜のお父さんは表面が熱くて体温も高い。だから雨が降ると、お湯になる。その湯気に飛び込んで背中にしがみ付く。後ろからベル様が支えてくれた。
「帰還する」
ベル様の声にお父さんが浮上した。雨の中を飛んで、体が冷える。早くベル様と温かいお風呂に入りたいな。




