46.平和条約の罠にあえて臨む
「人間から平和条約の提案があった」
耳長の種族が人間から聞いて、吸血鬼のおじさんに伝えた。それがいま、僕を膝に乗せたベル様に届いたの。吸血鬼のおじさんは、ベル様の補佐なんだって。お仕事を手伝う人だ。もっと早く生まれてたら、僕が補佐だったのに。
ぷくっと頬を膨らませながら、大きく尻尾を振る。僕はちょっとだけ怒ってるんだよ。そんなアピールを、ベル様の手が収めてしまった。優しく背中の棘に触れ、そのまま頭を強めにぐりぐりと撫でられる。気持ちいいのと、恥ずかしいような気持ちになった。
こういう振る舞いは子どもに見えちゃうかも。もっと大人っぽい方が、ベル様の奥さんっぽい気がした。
「条約……彼らはそう口にしたのか?」
なぜかベル様は聞き返し、吸血鬼のおじさんも頷く。真剣なやり取りだけど、僕は意味が分からなかった。つまらないな。また尻尾を揺らしてみる。ぽんぽんと、あやすように軽く叩いて揺らされた。
ごろんと寝転がってお腹を見せる。すぐにベル様の手が僕のお腹を行き来した。これ、気持ちいいんだよ。ベル様は僕より温かいし、手も大きい。満足して目を閉じたら、顎の下も撫でてもらえた。
「っ、ではそのように」
何か決まったの? 目を開いて、はふっと欠伸をひとつ。吸血鬼のおじさんは、僕を撫でようとして手を止めた。引っ込めてしまう。どうしたんだろう。
「では失礼致します、魔王陛下。またな、ウェパル」
「うん、またね」
手を振って見送った。その際に抱っこで起こされて、背中をぺたりとベル様に添わせる。ぽかぽかして、眠くなりそうだった。
「条約って何?」
「取り決め、約束と同じだ」
ベル様はいつも説明してくれる。面倒だとか、嫌だとか。説明を断られたことがない。後で、は言われたことはあるけど。
平和条約は、お互いに攻めたりしないで平和に暮らそうと約束すること。それを人間が言ってきた。
ここまでは理解したけど、僕の首が大きく傾ぐ。変だな、魔族にケンカを売ったのは、人間だよ。僕もそうだし、他の子や卵も攫われた。それに閉じ込めて痛いことしようとしたり、殺そうとしたりしたよね。
怒ったベル様達に負けて、なのにまた攻めてきた。でも負けた……二度も負けたのに、何もなかったみたいに「仲良くしようね」と言ってきたなんて。
「人間って、頭悪いのかな」
呟いた言葉に、ベル様は大笑いした。楽しそう。嬉しくなって僕も笑う。
「ウェパルくらい頭が良ければ、これほど愚かな提案はしないだろう」
僕、頭いい? 嬉しくなってへらりと笑った。最近、牙が生え変わった。少し長くなったし、鋭くなったんだよ。そんな僕の口にちゅっと口付けしたベル様は、僕が思っていたのと違う答えを口にした。
「罠だから、騙されたフリをする。人間は最低限の数が残っていれば、すぐに増えるからな。この際減らしておこう」
それ知ってる! 駆除って言うんだ。覚えたばかりの単語を口にしたら「正解だ」と褒めてもらえた。




