34.ベル様の奥さんは負けないんだから
『おい、ドラゴンだ。これは高く売れるぞ』
『幸運だったな。どこから迷い込んだ?』
迷い込んでない。ベル様と一緒に戦いに来たんだ。そう唸ったけれど、彼らは理解できない。お祖父ちゃんが言ってたけど、魔族は人間の言葉を理解できる。でも逆は理解できない。つまり、僕達の方が優れた種族なんだ。
人間と違って鋭い牙や爪があって、立派な翼もある。ドラゴンは強い種族で、人間に負けたらいけない。僕はそう学んだ。だから、こないだみたいに泣いたりしない。ベル様の奥さんが、泣いたらカッコ悪い。ベル様に恥をかかせちゃうから。
近づく人間を警戒していたら、一人が後ろに回り込んだ。僕は尻尾を大きく振り回した。歩く足を払ったようで、無様に転ぶ。その間に、僕は壁の近くへ下がった。ここなら後ろに回られることはない。
ベル様は絶対に助けに来てくれる。それまで泣かずに戦って立派なところを見せるんだ! 低い姿勢を取り、腹を床に近づける。飛びかかる時は、足のバネを使うために低くなるといいの。お母さんが教えてくれた。
ぐるると唸る僕は、目の前の二人いる人間に集中する。目を逸らして負けるのは嫌だった。翼を広げて体を大きくみせ、ぎゃう! と大きな声を上げる。この声がベル様に届きますように。
『今だ』
片方の合図で、何かが飛んできた。僕の翼の先には小さな爪がある。それが何かに引っかかった。ぐっと引きずられるのを、床に爪を立てて堪える。翼の先にある爪は武器じゃない。だから痛いんだけど、そんな顔は見せたくなかった。
じりじりと引っ張られる僕は、バンバンと尻尾を床に叩きつける。負けたりしないんだからな! 翼が痛い、でも……。
背中にびしっと痛みが走った。何かがぶつかった? 振り返る余裕がない。鎖の音がして、あれで叩かれたのだと理解した。同時に、すごく腹が立つ。二人で戦うのも狡いし、ブレスをしない僕を叩くのも嫌い。嫌い、大っ嫌い!!
ぐっと喉が詰まって熱くなる。それをそのまま吐き出した。
「お前らなんて大っ嫌い!」
口から炎が飛び出る。びっくりしたけど閉じずに我慢した。首を横に振ると、二人は炎に包まれる。そのまま、息が切れて苦しくなるまで炎を出した。
「はぁ、はぁ、僕の勝ちなんだから」
そう誇った僕は油断したんだと思う。後ろから首に鎖が巻かれた。ぐいと引っ張られ、壁に叩きつけられる。背中と右の手が痛い。じわっと涙が目に溜まり、慌てて瞬きした。絡まった鎖が取れない。どうしよう。
「ベル様! ベル様」
必死で呼んだ僕は目を閉じた。自分に向けられた金属の棒、あれは前に指を切られたやつだ。痛いのが来る、そう思って体を硬くした。
「……遅くなって悪かった。もう大丈夫だ。ウェパル、よく戦った」
ベル様の声に、上を見上げた。僕の目の前に、ベル様の背中がある。助けに来てくれたんだ! 嬉しくなった僕の尻尾が揺れる。じゃらりと鎖の音がした。ここにも絡まってるんだ。嫌な鎖だなと思ったら、ベル様に銀の金属棒が向けられた。
「ベル様、それ痛いやつ!」
「ああ、知っている」
突き刺すみたいにベル様へ向けられた棒は、ぐにゃりと曲がっていた。ほっとする。ベル様に刺さらなくてよかった。すぐに棒を持っていた人間が小さくなった。僕の手くらいの大きさの肉がいっぱい転がる。でもまずそう。
「ウェパル、ケガは……っ!」
変な方向に曲がった僕の右手を見たベル様は、泣き出しそうな顔をした。本当は違うんだけど、何も感じてない顔で仮面みたい。でも泣いているみたいに思えた。手の痛いのより、ベル様の方が痛そう。
膝をついて僕を抱き上げたベル様は、それ以上何も言わなかった。ごめんね、僕……ケガしちゃった。




