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しゃっくりを出し続けた少年

作者: 雉白書屋

 とある小さな町、一人の少年がいた。

彼は運動、勉強、見た目、どれも平凡で特にこれといって取柄がなかった。

尤も他の子供同様、将来はどんな才能を見せるかもわからないが

彼はそう、まだ子供。大局的見地などない。大事なのは今である。

 夜、ベッドの中で悩み、どうにかして人気者になりたい。注目を集めたい。

そんな事ばかり考えていた彼はついに思いついた。

 

 それは、しゃっくりである。

 

 これこそ注目を集めるにはうってつけ。それも中々治まらないとなれば猶更だ。

彼はみんなから注目される場面を想像すると、くすくす笑った。


 そして朝。朝食を食べ終え、身支度を始めた彼はさっそく作戦に取り掛かった。


「ヒック、ウィック」


 数日前に少し、しゃっくりが出たことに加え

昨日の夜にこっそり練習していたから中々のものだ。にんまり笑い、玄関に向かう。


「あら、もう学校行くのね。忘れ物ない?」


「ヒック、ないよ、ウィック」


「あら、しゃっくりが出たのね」


 少年はまず、母親を騙せたことに安心し、顔が綻んだ、が、すぐに気を引き締めた。

これからだ、と。


「水をコップ一杯飲めばいいんだったかしら、あ! 行くの? いってらっしゃーい!」


 冗談じゃない。治まっては困るのだ、と少年は家を飛び出した。

と、別に慌てて逃げなくても自分でやっていることなのだから

治まるも何もない、と気づき、少年は笑った。

 そして少年は通学路を歩いている間もしゃっくりを続けた。

 

 ヒック、ウィック。

 おはよう。

 ヒック、ウィック。

 おはよう。


「ああ、しゃっくりなんだ」

「おっ、しゃっくりか」 

「ふーん……わ! どう? 驚いた? 治った?」


 何人かクラスメイトと会ったが、概ね同じような反応だった。

 いいぞ、これはいい。効果ありじゃないか!

彼はしゃっくりに困ったような顔をしつつ、内心そう大喜びした。

そしてその喜びと驚きは教室に着いて、さらに大きなものとなった。


 「あ、しゃっくりなんだ」


 「ヒック、そうなんだ、ウィック、困っちゃってさ」


 彼は自慢げに思われないよう、気をつけてそう言ったがニヤつきが止まらない。

と、言うのもクラスメイトの可愛い女子が彼を驚かそうと肩を揺すったり

背中を叩いたりと何かと構ってくれたのだ。

狙い通りに事が運んだのだからそんな風に腑抜けた顔になるのも無理はない。


 ヒック、ウィック…………ヒック!


 と、一瞬治まったように見せるなど芸も学び、周りのクラスメイトを大いに沸かせた。

そのうち始業の鐘が鳴り、先生が来たわけだが、ここでも彼はしゃっくりを続けた。

先生が来た途端にやめたら怪しまれると思ったからだ。

そしてその先生の反応も期待していた通り。


「あ、しゃっくりー? ……わっ! どう? 治った?」

 

「はい、治りましウィック!」

 

 それでみんな大笑い。教室は和やかな空気に。彼も中々に味を占めた。


 問題は授業中であった。普通ならここでやめるべきだろう。

彼もそう考えたが授業が始まった途端ピタリとやめるのは、やはり怪しまれる。

なので開始五分は続けようと考えた。


 ヒック、ウィック。

 ヒック、ウィック。

 

 気持ち控えめにしゃっくりを上げる彼。

周りの生徒は教科書の陰に隠れてクスクス笑う。

 いい加減、先生の機嫌を損ね、怒られてしまうのではないかと彼はヒヤヒヤしたが

その控えめにしようという態度が先生の胸を打ったのか

遠慮しなくていい、仕方のない事だからと逆にお墨付きをもらった。

 それでも一応、控えめにしゃっくりを続けつつ授業を乗り越えたのだが、彼は心底驚いた。


「すごーい!」

「まだ続くの?」

「もう何回目?」

「明日まで続いたりして!」

「でも確か百回続くと死んじゃうんじゃ……」

「えー! 大変!」


 みんなが駆け寄ってきたのだ。

戸惑い、危うくしゃっくりを忘れそうになった彼だが堪え

ちょっとした英雄気分に酔いしれた。

 百回続けると死ぬ云々の話は確かに一瞬背筋が冷えたが、わざとやっているのだ。

つまり偽しゃっくり。問題はない。よって、彼はそのまま続けることにした。

 次の授業もその次の授業も。小休みの度にみんなが構ってくれる。

悦に浸る彼だったが、ここで問題が起きた。


 給食の時間だ。

 思えば、これは朝ごはんを食べた後で始めたことだ。

どうやって食べ物を胃に運ぶか考えていなかった。

 無論、噛んで飲み込んだ後、しゃっくりをすればいいのだが

そう都合がいいと疑われてしまう。それに、どうなるか期待もされているだろう。

言わずもがな。ここで都合よく治まれば嘘つき扱い。

とんでもないバッシングを受けることに……と、彼は悩んだ。

 だがすぐに気づいた。期待されているのであればそうすればいい、と。

おかげでここでも彼は笑いを獲得した。


 ヒック、ブッ、ウィック、ブ。


 と食べた物を噴き出して困った顔をする。

 ここで彼が聡かったのは予めパンなどをちぎって少量にしたこと。

あまり派手に飛ばしては不快感が勝る。

 それに加え、ごめんごめん、と手を合わせ申し訳なさそうな顔をして

タイミングを見計らって食べるよなどと努力、誠意を見せたおかげで

どうにか批難されることなく、給食の時間を乗り切った。

 昼休みも同様に、彼は人気者であった。

噂を聞きつけた他のクラスの子供が彼を見に来たり

彼を驚かそうと自然と一発芸大会が開かれ

傍にはクラスの可愛い子が寄り付き、まるで王様を喜ばせようとする道化の一座。


 笑いが止まらない、いや笑いとしゃっくりが止まらない状況だった。


 そして放課後。「また明日な!」「お前、今日、面白かったぞ!」と声を掛けられたり

「しゃっくりが止まったら電話して!」などと無意味な約束をしたりしつつ

彼は校門に向かって歩いていた。

 が、自然と歩幅は狭くなる。そう、彼はどこか寂しさを感じていたのだ。

 しかし、さすがに明日まで続けるのはしつこすぎる。

なんなら本気で心配されかねない。彼はその辺を弁えていた。


 あの校門を出たらやめよう……。

 もし誰かに止まったねと声をかけられても、構わない。むしろちょうどいい。

学校が終わったら治った、というのも切りがいいじゃないか。

 いや、家の玄関ドアまで続けようか。始まりはそこだったもんなぁ。


 と、彼はしゃっくりに対し、ペットや相棒のような愛着を持ち

そしてまた難題に挑戦し、今それを終えようとする

チャレンジャーのような気分になっていた。


 あともう少し。

 あと三歩。

 二歩。

 一歩。


 さあ――


 しかし、校門を出た瞬間、彼は驚き息が止まりそうになった。


 新聞社がこぞって少年に取材に来たのだ。

どうやらずっとしゃっくりが止まらない子供がいると噂になっていたらしい。

小さな町だ。クラスを越え、学年、さらに学校中と広まれば

聞きつけてやってくるのも無理はない。おまけに……


「三日前から?」「一週間前?」

「もう三千回達成した?」「百回目で一度死んだって本当?」


 と噂話にしっかりと尾ひれがついていた。

彼はそこで察し、ちゃんと否定したのは良かったものの、どうにも困った。

記事にしたいという。これではもう少し続けなければならない。

せっかく取材してくれたのに、その記事が出た時には

もうしゃっくりは止まっているとなると肩透かしになってしまう。

 今日一日で彼のサービス精神は大いに培われていた。


 そして夜、父親が家に帰って来るなり少年に駆け寄り大笑いした。

どうやら地元で働く父親の耳にも入っていたらしい。

 それだけではなく、父親の職場の同僚も家に上がり込み

「おお、この坊主か!」と頭を撫でたり飴をくれたりした。

その内の一人がバンバンと背を叩くと、父親がキッと睨み、それを制した。

「こいつのしゃっくりが止まったらどうするんだ!

俺は三日止まらないことに賭けているんだぞ!」

 少年は一瞬耳を疑ったが、思えばそういう父親だ。

酒と煙草と賭け事と女房の尻が好きな親父である。


 しかし、これで少年はあと三日は続けなければならないのかとげんなりした。

おまけに父親の同僚は今夜、家に泊まるらしい。

徹夜で麻雀やら何やらしつつ少年のしゃっくりが止まらないか見張るとのこと。

類は友を呼ぶ。彼らもまた、賭け事が好き。

少年のしゃっくりに各々、賭けているようだ。


 少年はお風呂に入り、ベッドにイン。と、ここでまたもや問題が浮上する。

寝ている間はどうするのか。まさか一晩中起きていることはできない。

部屋のドアは開けておくように父親から言われたから

多分、ちょくちょく様子を見に来るつもりなのだろう。

 朝起きた後、再開すればいいだろうか?

 それとも頑張って起きてずっと続ける?

いや、でも三日も眠らないなんて……と悩んでいるうちに少年はスゥッと寝入った。



 そして翌朝、目覚めた少年はさっそく驚いた。

 しゃっくりが続いている……いや、始まったのだ。

 ベッドから飛び起きて両親のもとへ。

「おう、精が出るな!」と父親は上機嫌。

母親は「おばあちゃんから頑張ってね、って電話があったわぁ」と、にこやかに言う。

 どうやら寝ている間もしゃっくりは続いていたらしい。

癖になった、体が覚えたのだろうか。でも一体いつまで……。

 少年は止まぬしゃっくりに問いかけたが、当然答えなど返っては来なかった。


 そして……





「この、ヒック、ウィックこの度はヒック、名誉ある賞をウィック!

賞を頂けて光栄にック! 思いまウィック」


 スポットライトを浴び、たった今貰った記念品を大事そうに腕に抱く少年。


 ある時期を過ぎたあたりから記録を打ち立てようという声よりも

あのクラスメイトたちがそうしたように

少年を助けよう、しゃっくりを止めてあげようという声が高まった。

 それは少年がどこへ行ってもそうだった。

朝も昼も夜も。子供も大人も年寄りも。良い人も悪い人も喧嘩している人も兵士も。

 


 彼が見つけた才能。それはしゃっくりで

周りのみんなを笑顔に、平和にすることであった。

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