望まれた役割
「隊長」
ネコ達が席を外した後、オレはダークスーツの男に尋ねる。
「何があったのか教えてくれませんか」
「お前に傷を負わせた連中の話か?」
「それも気になりますけど・・・」
「藪中家の話ならクロお嬢様が戻ってきてからだ」
「はあ」
気のない返事をするオレに隊長が告げる。
「とりあえず検査を受けろ」
入室してきた看護師達を確認すると、隊長がオレに付き添い部屋を出た。
「ひとまず問題なさそうで何よりだ。何かあったら後味が悪い」
そう告げるクロさんに検査を終えたオレはベッドの上で返事をする。
「気にしないで下さい。私はあくまで吾妻の護衛ですから」
「お前のために言っている訳じゃない」
美しく燃える青い瞳がオレを睨みつける。
「お前の検査結果をネコが聞いた時、アイツがどんな顔をしたか、お前まだ分からないのか?」
「・・・すみません」
クロさんが何を言いたのか理解した。ネコの安堵の顔が頭に浮かぶ。隊長の言葉を分かったつもりになっていたことを恥じる。
「申し訳ございません。管理者である私の」
「止めろ。お前に謝られるのは調子が狂う」
頭を下げようとする隊長をクロさんが慌てて静止した。
「竜胆も本調子ではないのです。お手柔らかに」
ニヤリと渋い笑みを浮かべる隊長にクロさんの頬が緩む。
「お前はその方がいい」
そのやり取りを見てオレは気づく。吾妻の護衛として、二人は親子以上の時間を一緒に過ごしてきたのだと。
「おい、ギン」
感慨に耽っているオレの意識をクロさんの声が現実に戻させた。
「あ、はい。すみません、私のことは竜胆と」
「いつまで寝惚けてる」
手にしたロザリオをオレの首にかけたクロさんが言う。
「言ったはずだ。絶対にこいつを外すな、と」
「これは検査で・・・」
そう言いかけたオレは思い出した。確かにオレはクロさんに会ったことがある。
「あー!あの時の!!!」
「本当に忘れられているのかと思ったよ」
悲壮感に溢れる表情を見せた彼女にオレは言葉が詰まる。
「冗談だ。これで思い出せただろ? 掃除屋の下男」
瞬時にオレは吾妻家の清掃夫だった頃を思い出した。
気品のある淑女の前に残飯をぶちまけてしまったことがある。
その女はドレスが汚れることを気にも留めず、足元に転がったロザリオを手にする。
「これを誰から受け取りました?」
「ネコから」
ロザリオをハンカチで拭う淑女の姿があまりにも眩く、美しい。
「肌身離さず持ちなさい」
凛とした声が響く。青い瞳がオレの目を捉え、下男になどするべきでない姿勢で十字をオレの首にかけ直した。
「変わりましたね」
「まだ頭のネジが飛んでるみたいだな」
掃除屋の気分に戻っていたオレに刺々しい声が突き刺さる。
「見違えるようだと」
「それを誉め言葉だと思うのか?」
オレの言葉にそう切り返した若い社長が笑って続ける。
「ああさ、誉め言葉だ。全てはアタシの実績だからな!」
笑顔になったクロさんがネコと同じように犬歯を剥き出す。
「クロお嬢様」
「うん!?」
隊長の発する声にクロさんがビクッと跳ねた。猫のように。
「ああ、説明だったな」
一瞬で毅然とした態度を取り戻したクロさんがオレに向き直る。
「お前を・・・というかアタシの会社を襲った連中は企業に雇われたマフィアでな。利権の問題だったりで突っかかってくる他社がいるんだよ」
一息ついてクロさんが続ける。
「関わったら最後、強請られるのがオチだ。そこまで馬鹿とは思ってなかった。私事にお前を巻き込んだのは悪かったよ」
苦々しい表情でそう告げたクロさんにオレは慌てて答える。
「謝らないで下さい!私は吾妻の・・・」
そこでオレは言葉を切る。私事・・・?アムステルダム駅での出来事を思い出す。
『吾妻を離れた身とはいえ掃除屋ごときがアタシに吐いていい言葉ではない』
ふとオレは何気なくその言葉を口に出してしまう。
「吾妻を離れた身?」
「それがアンジュへのアタシの罪になる」
オレの問いに金髪の美女が渋い顔をして答えた。
「罪・・・話しづらいのなら」
「黙って聞け。いや、お前は知らなきゃならない」
オレの言葉を遮りクロさんが話し始める。
「アンジュの父親、二十一に何があったかは覚えてるな?」
「ええ、アンジュが産まれた際に殺害されたと」
苦々しい表情を浮かべながらクロさんが言う。
「見つかったんだよ。犯人が」
「え?」
意外な情報を耳にして単純に聞き返してしまう。
「それはいつですか?」
「2年前、継承の儀の日に」