吾妻クロという人
「凄惨な現場だったそうだ。駆けつけたエドガーが血まみれのアンジュを保護したらしい」
「犯人は見つかってないんですか?」
仕事へ向かう支度をしながらクロさんが告げた。
「アタシから言えることは・・・それだけだ」
言葉に詰まるクロさんにオレはそれ以上何も聞くことはできなかった。
そんな折、開け放たれた窓辺に黒猫が乗った。
「おお、プルート」
強張った表情を崩してクロさんが猫を撫でる。
「出かけてくるよ」
そう告げた彼女に返事をするように黒猫が鳴く。
「そろそろエドガーと落ち合う時間だ。アタシの会社を見せてやるよ」
「期待してます、シャチョーさん」
腕に巻いた端末で隊長に連絡を入れながらオレは答えた。
アンジュのことは何も分からないに等しいが、クロさんも話しづらいのだろう。
詳細は隊長に聞けばいい。オレはそう考え、クロさんの自宅を後にした。
スパパンとマフラーから鳴る排気音と振動を助手席で感じながら、オレは質問をする。
「窓、開けといて良かったんですか?」
「こんな片田舎じゃ泥棒に入るヤツもいなくてな」
ほぼ何もない荒野を行く車中、片手でハンドルを握るクロさんが答えた。
「オランダっていうとチューリップ畑とか風車があるイメージですけど」
「それはディズニーランドと南房総を比べてるようなものだ」
そう笑う金髪の美女がいつから日本に帰っていないのかは知らない。諧謔を楽しむ人なんだなとオレは思った。
「ここは猫を放し飼いにできるのが魅力的だ。さっきの猫はナツメと違って歳がいっちまってね。昨年一本歯が抜けてしまったよ」
「牧歌的な暮らしって言うんですか。オレもいつかこんな暮らししてみたいですよ」
「人を選ぶとは思うがなぁ」
世間話をしていく内にクロさんが顔を綻ばせていく。サイドボックスに手を伸ばしたクロさんが言う。
「お前、煙草吸うか?」
「すいません、吸いません」
オレの答えは島崎の姐さんが豪語する鉄板ギャグだった。
窓から吹き込む初夏の暖かな空気が一変した。寒気すら覚える。
クロさんが無言で煙草を咥え火を点けた。
「チッ」
舌打ちが聞こえた気がした。ライターの音かもしれない。そう思いたかった。
吾妻クロ
https://twitter.com/ship_o_man1015/status/1596987916471119873