吾妻猫の外遊:オランダ編
ベルギー観光の後にオランダまで鉄道で来ていた。
オレは大量の荷物を持ちながらアムステルダム中央駅の構内を歩く。
「一夜で通過ってのは弾丸ツアー過ぎるぜ」
「ごめーん。今夜会うって約束しちゃったから」
「会うって、この後に?」
共に数日を過ごしたフランス観光の中で、ネコに対するタメ口に抵抗がなくなっていた。
それはお嬢様を軽んじている訳ではない。今はこれが求められている役割なのだと自らに言い聞かせる。
「エドガーから聞いてないの?」
「いえ、隊長からは何も」
ハッとオレは口をつぐむ。隊長のこと何て呼べばいいんだ?
そう思案する中、明らかにネコに対して接近してきた若い女を制止する。
「御用でしょうか」
青い目をした女がオレに一瞥もくれずネコに声をかける。
「元気にしてたか?」
「うん!」
「そーかそーか、久しぶりに会えてアタシは最高に嬉しいぞー」
オレの脇を通り過ぎていったネコが金髪をショートヘアにしている女とハグを交わす。
「知り合い?」
オレの言葉を受け、口元を緩ませていた美麗な顔が一瞬にして修羅へと変わる。
「おい下男。主人に対してなんて口きいてる?」
下男と言われ、語気を強めてオレは言葉を返した。
「アンタこそネコの友達だか何だか知りませんけどねぇ!初対面の相手に口のききかたってモンがあるでしょーが!」
女の表情に周囲の空気が氷のように研ぎ澄まされるのを肌で感じた。ああ、この人、何かヤバイ。
「吾妻を離れた身とはいえ掃除屋ごときがアタシに吐いていい言葉ではない」
「お姉ちゃん!」
「止めるな!こんなクソ男に篭絡されるなんてアタシは!!悲しいぞ!!はーなーせー!!」
こちらに向かおうとしてきた女をネコが抱き着きながら必死に押し戻す。
「クロお嬢様!!」
「竜胆ーーーッッ!!!」
隊長と島崎の姐さんの声が後ろから聞こえた。
振り返るオレの眼前に飛んでくるバットが、その日見た最後の光景だった。
「申し訳ございませんでした!!」
翌朝、ネコのお姉さん・・・クロお嬢様の自宅でオレは深々と頭を下げていた。
気絶したオレを車で運び入れ介抱してくれたらしい。
「別に構わん。こちらこそ早とちりをして悪かったな」
質素な造りの丸椅子に座りながらクロさんが素っ気なく告げた。
「だがアタシの顔を覚えていないのは心外だな。何度か会ってるんだぞ?」
「重ね重ね申し訳ありません。失念しておりました」
椅子から立ち上がったクロさんがオレの胸に人差し指を突き刺す。
「失念ってことは覚えてるのか?アタシのこと」
垂れ目の美女が少し腰を落としながら上目遣いにこちらの顔を覗き込む。
「今も・・・失念・・・しています・・・」
恐怖と緊張が相まって意味のない返事をしてしまう。
「ならば失念ではなく忘却だな」
「申し訳」
「それはもうやめろ」
口上の途中でクロさんがオレの言葉を遮った。
「気には食わんがお前も吾妻家の一員になる身だ。もう少し肩の力を抜いて話せ」
「吾妻家の・・・ですか?」
困惑しているオレにクロさんが質問をする。
「お前、親父の直轄なんだよな?」
「契約上はそうなります」
オレの言葉に得心がいったというような表情をクロさんが浮かべた。
「少し話そうか。吾妻と藪中の関係・・・アンジュのことを」
そう言ったクロさんがオレに椅子へ座るよう手で促し自身は部屋を出ていこうとする。
「コーヒーを入れてくる。お前もいるか?」
「さすがにそれはさせられませんよ。手伝います」
オレの言葉にガリガリと頭を掻きながらクロさんが告げる。
「アタシも頭を整理してから話したい。客は黙って座ってろ」
そう言い残してクロさんは部屋を去っていった。
吾妻クロ https://twitter.com/ship_o_man1015/status/1571632753799725056