吾妻猫の外遊:イギリス編
霧の都ロンドン、とは言うが春先のこの時期、ましてや昼下がりのカフェが霧に覆われることはない。
飛行機の中で読んだパンフレットに書かれていた内容をオレは思い出した。
少し離れたテーブルで談笑しているネコをチラリと見る。
紅茶を口にし、自然な風を装いながらオレは言った。
「これ、絶対バレてますよね?」
同卓する厳めしい顔つきの男が答える。
「お嬢様は物心ついた時には常に護衛が傍にいることを理解している。いない方が不自然だと」
顔つきと半袖のセーターが不釣り合いな男にオレは疑問を投げかけた。
「留学に来てるんですよね?そんな緊張してたら勉強どころか友達も」
「それが出来るから吾妻だ」
隊長の言葉に普段着でありながらオレは身を引き締めた。
「リラックス」
隣に座る島崎の姐さんが、オレの頬に水滴がつくプラ製のカップを押し付ける。
「要人は護衛の目から離れられないんだから。そんな顔してちゃ楽しめないでしょ」
「・・・そっすね!!」
笑顔でオレは答えた。
「ところで」
厳めしい顔面から低い声が流れる。
「竜胆、次は自分で注文しろ」
隊長にメニューを渡されたオレは写真もついていない文字だけのそれを眺める。
「オレ、マトモに中学も出てないんで英語は・・・」
コーヒーとかミートとか辛うじて読める単語を拾いながらオレは言った。
「学歴がどうした?日本語は話せるだろう?」
「日本語じゃ通じないじゃないですか」
「身振り手振りでもいいから伝えてみ。習うより慣れろ、だ」
島崎の姐さんがストローから口を放してそう告げた。
「いきなり言われても」
「竜胆、お嬢様も語学が堪能な訳ではない」
明るく話しているネコを視界の端に捉えているオレの耳に隊長の言葉が届く。
「一滴の見聞も余さず吸収するために留学されている」
真剣な眼差しで俺を見つめる黒髪の男が口を開く。
「お前は吾妻家のエスコートとして、お嬢様に恥をかかせるつもりか?」
ネコも隊長も、吾妻家の名誉を保つために努力をしていることを思い知らされ、オレは自分を恥じた。
「やってみます!」
そう言ってオレはベルを鳴らし、注文を取りにきたウェイターに告げる。
「ディスステーキ」
よく分からんがグラム数が書いてある肉っぽそうな文字列を指した。
「How would you like your steak?」
ライク・・・ステイク・・・ステーキは好きかってことか?
「アイライクステーキ」
そう答えるオレにウェイターが聞き返す。
「rare」
レア?ソシャゲか何かか?
答えに詰まっているオレにウェイターが身振りを加える。
「ジュージュー」
そこでオレは焼き加減を聞いていたことを理解した。
「ジュージューイパーイ!」
全身を燃え盛る炎に例えて表現するオレにウェイターが笑顔で答える。
「GOOD!」
振り向くと、俯きながら口元を抑えて震えている隊長と姐さんがいた。