前代未聞のスキャンダル!?私は関係ありませんけど。見物させて・・・あれ?私巻き込まれてません?私は夫に決闘を申し込む。
ご都合主義の設定ゆるふわです。
頭の中では、登場人物の王妃様や自国の王太子、ノアサイドの物語があります。
いずれ書くかもしれない・・・・・・・・・
純白のウェディングドレスに身を包み、父の腕に掴まり大聖堂の通路を歩く。
切なそうに、申し訳なさそうに、父は娘を見る。
気にしなくていいのに。
仕方のないことだから。
専制君主国家では、国王に歯向かえば簡単に粛清されてしまう。
伯爵家である我が家は歴史は古いが、そこまで権威と権力のある家ではない。
血筋だけが誇れる家だ。
なぜ私が今ここで、こんな格好で歩いているかというと・・・・
―-半年前
王国は前代未聞のスキャンダルで揺れに揺れた。
高位貴族の令息たちが、こぞって一人の少女を取り合ったのだ。
しかも、高位貴族の令息の中にはあろうことか王太子殿下がいらっしゃった。
私は何の関わりもなく、友人たちと傍観者を決め込んでいたが、どうしても元来の性格が災いして、口を出したくて仕方なかった。
あの時は我慢したけれど。
彼らには、それぞれ地位や家格にあった婚約者の令嬢たちがいた。
何より、王太子には有名な完璧令嬢の公爵令嬢がいらっしゃった。
完璧主義者で、誰にでも厳しい。
それは自分自身に対してもだったし、王太子に対してもだった。
それでも、誰よりも国民のことを考え、学院でも平民の生徒に差別することなくかかわっていた。
むしろ、平民だからと卑下するのではなく、相手を見返すほどの力を付けなさい、とまさかの叱咤激励までされていた。
修道院や孤児院にも寄付だけでなく、ボランティアや他の貴族令嬢に声をかけて手伝うよう促すこともあった。
何より。自分自身が手伝うだけでなく、地域の人や王都の人々にも、どれほど修道院や孤児院が大切かを語り、寄付を募ったり、バザーなるものを開くのに手を借りていた。
偉そうにするではなく、常に寄り添い相手の身になって考える、公爵令嬢としてはありえないほどしっかりとした、現実を見れる人だった。
王太子は、男爵令嬢と親しくなることで婚約者に冷たくなった。
それでも、公爵令嬢は殿下を諫め、男爵令嬢や殿下の側近たちにも苦言を呈した。
側近の令息たちの婚約者は早々と関わるのを止め、全てを公爵令嬢に任せた。
嫌な役目は全て公爵令嬢が担ったのだ。
そして、3週間後に行われた卒業記念パーティー。
そこで、公爵令嬢とその他側近の令息たちの婚約者たちは断罪された。
男爵令嬢をいじめ、命の危険にさらした、とのことで。
もちろん令嬢たちは否定した。
しかもあろうことか、令息たちの婚約者の令嬢たちは全て公爵令嬢のせいにした。
仕方ないだろう。
なにせ、彼女たちは何もしなかった。
傍観を決め込んだのだ。
公爵令嬢は厳しい人だったが元来優しい人だ。
彼女たちの想いを汲み取り、公爵令嬢は全ての罪を背負って断罪された。
彼女は今、劣悪な環境と言われている、最南端の常夏の修道院に修道女として生活をしている。
しかし彼らは知らない。
公爵令嬢が劣悪環境として有名な修道院に、彼女が手を貸していたことなど。
そうして、スキャンダルから半年が経ち、まさかの事態が自分に降りかかった。
何と、現在は王太子の婚約者となった男爵令嬢に懸想し、他令息たちと彼女を取り合っていたうちの一人、公爵家の一人息子と結婚することになってしまった。
それには、いろいろと事情があるのだが・・・
“公爵令嬢”という枷がなくなった殿下は、すぐに男爵令嬢と婚約した。
結婚もすぐに推し進めようとしたが、さすがに妃教育もされていない、下位貴族を先に妃にするのは難しく、国王陛下王妃陛下だけでなく、貴族たちからもこぞって反対の意を表された。
殿下は結婚を断念し、妃教育を終えてから結婚すると決めた。
しかし、そう簡単に下位貴族だった彼女が妃教育を勧められるはずもなく。
伯爵家の自分でさえかなりの物なのだ。
下位貴族は元々、よほど優秀でなければ上位貴族と婚姻など結べない。
男爵令嬢もよほど賢ければよかったが、彼女は普通だった。本当に普通の平凡な男爵令嬢だったのだ。
王太子殿下は少しずつ焦りだした。
彼女のせいで自分は王になれないのではないか、と。
何せ弟王子は、王太子に負けず劣らず優秀だった。
そして彼の婚約者は侯爵令嬢。妃教育もままならない男爵令嬢より、使用人からも国王陛下王妃陛下、他貴族から評判が良い。
そうなると、このまま弟王子が王に擁立されてしまう。
元々、公爵令嬢と婚約していたことで盤石だった地位だったのだ。
王太子殿下は、国王陛下と王妃陛下とお話し合いをされ、他の高位貴族令嬢たちとこっそりとした見合いが始まった。
そしてそれには、他の貴族たちも焦った。
何せ王太子が目を付けたのは、高位貴族で優秀で未婚の令嬢だ。
それは、他の貴族たちだって同様に自分の家にそういった嫁が欲しいものだ。
特に今回のスキャンダルに関係していない家は、王太子やその側近たちに近づきたがらなかった。
王太子をはじめとした、宰相令息、騎士団長令息、財務大臣令息、軍務大臣令息、総務大臣令息。
貴族たちは秘密裏に結託し、自分たちの子を婚約させ始めた。
そんな中、ギリギリ高位貴族で、地位も権力もない我が伯爵家の長女であった私は。
もちろん白刃の矢が立つこともなく。
なのに・・・
なのに・・・・・・
なのに・・・・・・・・・・
まさかの、王妃陛下に白羽の矢を立てられた。
私も良くはわからない。けれど、王妃様に言われたのは、王太子殿下の妻ではなく・・・
男爵令嬢に懸想していた公爵様の息子である、財務大臣の子。
王妃様の甥にあたる方だった。
そうして今日。
私は彼と結婚する。
まあ、初めて会った時から、いけ好かない男だった。
男爵令嬢に懸想してからはそれに拍車をかけるほどであった。
婚約者として初めて顔を合わせた時に言われたのは。
『君と名目上の夫婦にはなろう。“彼女のために”私は誰とも本当の夫婦になるつもりはない。後継者のことは君は気にしなくて良い。あてはある。』
こいつマジで何言っている?と思った。
まさかとは思うけど、王太子妃となった男爵令嬢とまぐわうき?もしくは、王太子と妃との間にできた子を引き取るとか?
違うよね?私が飛躍して考えすぎよね?
その日以来、結婚式までの期間に贈り物もなければ、手紙もない。月に一度、王妃様から言われた面会を嫌々ながらしていただけ。
相変わらず王太子と妃の取り巻きのようだが。
そんな令息たちが高位貴族として、将来を担う場にいて良いのだろうか。
心底思う。頭沸いてるんじゃない?
まあ、そんなこんなで今日結婚式。
逃げようかとも思ったが、王妃様が参列するうえ、隣国の王妃様と王太子様まで参加するそうだ。
なぜ!!?
なーぜー!??
父も母も顔面蒼白で、手足なんか震えていた。
妹はイケメンの隣国の王太子様を見て頬を染め、弟は冷たい視線を私に向ける。
だからなぜ!?
しかも、大聖堂・・・
ここは、王族しか結婚式を挙げない。
まあ、私と公爵令息の仲人が王妃様だからか、ごり押ししたようだが。
国王様は何も言わず、微笑んでいたそうな。
因みに、王太子殿下の母君は王妃様ではない。
王妃様は第1王女と第2王子の母君。王太子殿下は、ご側室様の子だったりする。
基本的によほど問題なければ、長子後継を原則とした国なので、第1王子が王太子となったのだが・・・。
問題あるよな~とは思う。
しかし、公爵令嬢が全てを認め修道院に行ってしまったため、彼らに咎などないことになってしまった。
「・・・誓いますか?」
不機嫌な声に私はハッとする。
そう言えば結婚式の最中だった。
目の間前で両手を握りあっていた公爵令息が舌打ちをした。
私はため息を飲み込み、ぎゅううううううううううううっと強く握って「誓います」と幸せそうな声音で言った。
あまりの握力に、公爵令息の顔は面白いくらい苦痛に満ちた表情だった。
私はにこりと笑って、顔面蒼白な公爵令息をみた。怜悧な冷たい瞳で。
彼は、口の端がヒクヒクと痙攣している。
私になめた真似をすればどうなるか・・・・・・・・・思い知らせてやる。
―-結婚して1か月
「テレサ。これを王宮にいらっしゃるアーレイの文官様に持って行って。」
私が差し出した手紙を、侍女のテレサが無言のまま取り、そのまま部屋からいなくなった。
部屋にノックの音がして返事をすると、公爵家の騎士隊長が立っていた。
「夫人。来月の領地での祭りに関してなのですが・・・」
彼は夫となった公爵令息の幼馴染であり、親友でもあった。
公爵家領地の下級貴族の令息だった。
初めて会った時、随分私に対して反感を持っており、態度があまりにもひどかった。隊長なのに。なので、当時まだ公爵だった義父の了解を得て、隊長の彼と剣を交えた。
もちろん圧勝である。
そう。我が伯爵家は、王国でも1、2位を争うほどの由緒正しき家柄で、武に優れた一族であった。
何より、古来より受け継がれた秘伝の技などというものもあり、私にとってこの隊長は右指一本で勝てるほど・・・弱かったのだ。
さすがにそれを言うと、男のプライドが傷つくだろうから言わないが。
そんなこんなでショックを受けた彼は毎日私に勝負を挑んだ。
1週間で完全敗北を悟ったのだろう。
それ以来いうことをよく聞くようになった。
因みに夫はずっと王宮にいて王都の屋敷にすら帰ってこない。
そんなとある日、夫は急に帰ってきた。
「一体・・・何が・・・」
呟いたのは夫である。
前公爵夫妻が領地に隠居し、夫は正式に公爵になった。
私は公爵夫人に。
屋敷は重々しい雰囲気で、全体的に暗く、正直伯爵家で育った私には暮らしづらいのなんの。
前公爵夫人に了解を得て、私は大改造した。
公爵家としての威厳は残しつつ、誰もがここで過ごしたいと思えるような屋敷になったと思う。
カーテンは基本的に明るい日差しを取り入れられるようにレースのカーテンをつけ、大きなカーテンの方には金の刺繍を入れた。
家具も色や形がばらばらすぎたので、部屋によって合わせるようにした。
そして、今まで使用人たちは裏の使用人通路というものを使っていたため、ものすごく遠回りしなくてはいけない上に、何度も階段を上り下りする羽目になっていたため、その裏通路なるものも取り壊し、母屋から普通に使用人部屋へ行けるようにした。
これには侍女や執事たちも喜んでくれた。
食事のメニューもディナーはコース料理になってしまって余ってしまう。
何と今まではすべて捨てていたそう。
であれば、多めに作り使用人たちも分けて食べれるようにしてもらった。
もったいないのよ。
見かけからして大変化をした公爵家に、夫はどうやら驚きすぎて、面白いくらいに口を開けてみていた。
「これは何だ・・・なぜ・・・誰だ!!こんな勝手なことをしたのは!?」
「私ですが?」
微笑んで夫を見つめながら私は言った。
夫は顔を真っ赤にして怒っているようだった。
「何故勝手なことをしている!!」
「勝手なこととおっしゃりますと?」
「勝手に家を改造しているではないか!!」
「していませんけど?」
「なんだと!!!」
「そもそも。こんなことを一から説明しなくてはならない時点で、あなたの将来が心配ですが、私は公爵夫人です。女主人として、家を過ごしやすくする義務と権利がございます。それとですね!」
夫が何かを言おうと口を開いたので、声を大きくして止めた。
「先代の公爵夫人である、私のお義母さまに了承を得ております。と、いいますか、文句があるのであれば、私が大改造した屋敷にも、領地屋敷にも帰らなければ良いのでは?あなたがいなくても万事恙なく、うまくいっております。」
アルカイックスマイルで、毒しか吐かなかった。
夫は口をパクパクさせながら目を見開いている。
「どうします?このまま王宮に逃げ帰りますか?愛しい愛しいどこぞの誰かがお待ちなのでは?王宮が家なのですからお帰りになって構いませんよ?ハッ・・・このようなことを言ってしまうと、まるで旦那様が謀反を企てているようですねっ!失礼いたしました。そこまで馬鹿で浅はか考えなしの無能ではありませんわよね!!時々職務や地位を忘れる殿方がおりますから、あまりに“公爵”として無責任な旦那様も同類かもしれない・・・・そう思ってしまったのですわ」
矢継ぎ早に言ってみた。
なにせ、彼は公爵であり、総務部で働いている。将来有望だったのに、男爵令嬢に懸想したことで、周囲の評価はがた落ちだった。
挙句、結婚しても心入れ替えることなく、馬鹿みたいに王宮に入りびたり、暇さえあれば王太子の婚約者となった男爵令嬢の近くにいるのだ。
私だけでなく、公爵家まで馬鹿にされる。
もう、公爵なのだから、心を改めてほしかった。
迷惑極まりない。
私の言葉に旦那様は既に絶句であった。
何かを言えるはずがない。
全てが事実で、誰もが知ってて口にしないことだから。
彼は無言でふらつきながら部屋へと向かった。
彼の幼馴染である騎士隊長が後ろからついて行く。
私は振り返り、顔面蒼白の侍女たちに指示を出す。
「旦那様の部屋はほこりがかぶっているから、客間に用意して差し上げて。それと、食事を食堂に準備して。二人分ね。」
彼は当主。
にも拘らず、私は彼の部屋の掃除をしてはいなかった。
だって、いつ帰ってくるかわからない人だもの。
時間と両力の無駄だわ。
だから、客間だけは掃除して彼の部屋は手つかずにした。
二階から怒声が聞こえる。
侍女たちが驚いていると、私は目配せをして気にしないように促した。
走る足音が聞こえたと思ったら、えらい形相の夫が階段上の踊り場に顔を真っ赤にして仁王立ちしていた。
「どうかされましたか?」
「!!・・・どうかされたかだと!!!お前!伯爵令嬢のくせに!・・・ハンッ・・・伯爵家ではまともな教育を受けなかったようだな。」
はい、言質いただきました―-!これが欲しかった――!!
私は、ドレスをつまみ、背筋を伸ばしたままハイヒールで颯爽と階段を登りました。
持っていた白い手袋を投げました。
夫の顔に。
「私は無駄な労力を使う暇はありません。無責任で責任能力もなければ、男としての能力も皆無の夫のために、領地に尽力し、隠居される義父母のために屋敷を立て、王都屋敷の使用人たちにも手を尽くしました。
公爵夫人としてお茶会も開いてつながりも大切にしていますし、隣国の商団とも取引をして、領を潤わしております。あなたに、そんな私の家を侮辱する権利もいわれもございません。
確かに地位や権力とは皆無の我が家ですが、それは古の盟約が王家との間にあるからです。私は伯爵家の娘として恥ずかしくない教育を受けていますし、現在の自分も何ら恥ずかしいことなどございません。
ご自分はどうなのですか?私は名ばかりとはいえ、公爵家の一員。それでも恥ずかしいと思うのに、早々に隠居されたご両親やご親戚、それに領民や屋敷に仕えてくれている使用人たちはどう思っているでしょうね。恥ずかしいに決まっているでしょう。
色恋にうつつを抜かして、あまつさえ公爵家としての責任も果たさず、馬鹿みたいに女のしっぽを追いかけまわして。あら、不敬罪?彼女は“たかが男爵令嬢”ですよ。ただ王太子殿下の婚約者というだけ。ただの婚約者。王太子妃でもないし、今の王太子様でしたら、他のご令嬢が何かを言ったりしたりしても、手は出せないでしょう。だって、そうすれば全てご自身に帰ってくる。それがわかっているからこそ、他の令嬢との婚約を考えたのでしょうから。」
そうなのです。
一連のスキャンダルが過ぎ去った今、殿下は冷静になったのでしょう。
自分のしたことにもどうやら後悔しているそうですよ。
男爵令嬢に一時とはいえ、惹かれたのは事実。
欲しいと思ったのも事実。
しかし、彼女には性格的にも能力的にも、王妃どころか王太子妃すら難しい。
そうなると、自分廃嫡される可能性が出てくる。
だって、第2王子はまともだから。
しかも、王妃の子供でもある。
王になれないなどありえない。
そのために幼少期から研鑽を積んだ。
よき王になるため。
そうして、秘密裏に新たな王妃候補を探していた。
ある程度目星を付け、落ち着いた頃に、今度は男爵令嬢を何かの罪で断罪するつもりなのだろう。
殿下の側近の家々もそれに気付き始め、子供たちを守るためそれぞれ結婚を急がせたのだろう。
ついでに目を覚ましてくれるように祈って。
夫は私をじっと見つめた。
「・・・私はそんなに・・・無責任か。」
夫の言葉に、私は表情を変えず答える。
「ええ。無責任でしょう。“平民のままがよかった”男爵令嬢はそうおっしゃっていたそうですね。“平民なら自由に恋愛できる。家の規則に縛られることも、疲れることもない”と。ですが、それは貴族だから言えるのでしょう?
私たちは親の恩恵を受けています。もちろん貴族でも貧しい家はありますが、貴族の矜持としてまともに過ごしていれば王家から“貴族位金”が入ります。生活の保障がされているのですよ。
それに、男爵令嬢のお父君は商才があり困窮した暮らしをしていたわけでもなく、愛人も多いと聞きます。令嬢はその愛人の子の一人でしょう。幼少期から贅沢をしてきたと聞きました。
平民では受けられない恩恵を彼女は受けていた。それに、平民の暮らしというものは大変です。自分のことも、家族のことも全て自分でやらなくてはならないし、毎日の生活のことで精いっぱいで、やれお茶会がとかどんなドレスが、とか考えている余裕すらないのです。
平民の暮らしを知らない彼女が“平民のままがよかった”なんて、自分の教養のなさを隠したくて平民のせいにしているだけです。」
そうなんです。
男爵令嬢は数多いる男爵の愛人の子供で、それもまた数多いる子供の中の一人。
彼女の兄姉、弟妹はもう少しまともです。
男爵令嬢はそんな兄弟には似ず、気ままに暮らしていたようで、貴族学院に入学してきたときはマナーどころか、貴族の常識すらも知らず、どんなに公爵令嬢が教えても泣いてばかりいたんですよ。
「何故君がそんなことまで知っている?」
夫が静かに聞いてきた。
私は表情を変えず淡々と言い返す。
「お忘れですか?私がなぜ“問題児令嬢”と言われたか。」
そこで夫はハッとして息を呑んだ。
私はため息をついて、床に落ちた白い手袋を手に取り・・・
今度は思い切り投げつけた。
やはり顔面に。
驚いた夫が顔に投げつけられた手袋を手に持つ。
「・・・女性と決闘など・・・」
「あら、勝つ自信がないのですか?女の私に?」
何も知らない夫は少し顔を赤くしてプライドを傷つけられた表情になった。そして、勝手に勘違いをする。
「言っておくが、トーマス・・・騎士隊長は私には勝てんぞ。」
私は微笑みながらその場を後にした。
そして、騎士隊長で、彼の親友でもあるトーマスが私の後ろをついてきた。
―-1週間後
王宮の訓練場。
多くのギャラリーに囲まれながら私と夫は立っていた。
離れたところで、向かい合いながら。
審判席にはなんと・・・・まあ・・・隣国の王太子殿下がいた。
ええ。どこで知ったのか、妻が夫に決闘を申し込んだことを面白がって隣国からすぐに来てしまった。
あの決闘を申し込んだ日以来、夫はずっと屋敷にいた。憑き物が落ちたように穏やかに過ごしていた。
今日という日が来るまで、彼は決闘を信じていなかったようだ。
知らんがな。
「レイチェル」
私は声の主に怪訝な表情を向ける。
「殿下。お願いですから、人前で私のことを名前で呼ばないでくださいよ。」
隣国の王太子殿下だった。
なぜ私の名を呼ぶのかというと・・・
私は以前隣国に留学しており、その際に殿下のお眼鏡にかかったそうで、こき使われるようになった。
護衛として。
何せ女ですから。
相手は油断しますからね。
「失礼、シーモア嬢。」
馬鹿にしたような微笑みを浮かべる殿下。
イラッとするなあ・・・
「殿下、どうかされましたか?」
隣国の王太子は肩を震わせて笑っている。
「君、少しは成長して誰彼構わず喧嘩を売らない、と“彼女”に聞いていたんだけどねえ。」
「誰彼構わず売りませんよ。今回売ったのは夫です。」
しらっとして答える。
「・・・彼女は心配していたよ。」
殿下の言葉に、私は動揺した。
「わかってます。でも、あと少しなんです。ここで、“彼”を籠絡すれば一気に崩れるはず。」
私の言葉に、殿下は苦笑した。
すると、誰かに腕を引っ張られた。
「エスティア王国の王太子殿下。お久しぶりでございます。我妻が何か失礼でも?」
夫だった。
とても厳しい顔に厳しい声だ。
まったく何を考えてそんなことを想うわけ?どっかの誰かと一緒にしないでいただきたい。
「いや、失礼をしたのはこちらだよ。昔のよしみだからね、シーモア嬢ではなかったね。ケルスティアン公爵夫人」
殿下が微笑みながら礼をする。
二人は見つめあい、お互い動くことはなかった。
少しして先に動いたのは殿下だった。
「失礼するよ」そう言って審判席に戻っていった。
夫は去っていく殿下に背中を見せながら私をじっと見降ろした。
優しく頭に触れる。ネコか犬を撫でるかのように。
「・・・本当に決闘するのかい?君が?」
「女に二言はありません。」
私のきっぱりとした言葉に、夫は微妙そうな顔で自分の席へと戻った。
そして、試合が開始された。
夫は元々優秀だった。文でも武でも。
すぐに私の実力に気付いたのだろう。
最初は驚いた表情が、だんだんと難しい表情になり、今では楽しそうに剣を振っている。
もちろん私も。
何せ、彼はこの国でただ一人、剣聖の弟子となった人だから。
彼の軽やかなステップと剣さばきに私は少しずつ攻撃もできず、攻防にばかり追いやっていた。
少しの隙で、彼の瞳が光、私は剣を手から離してしまった。
彼の剣先が私ののど元にあたる。
私は負けを認めた。
殿下が立ちあがり、私たちの勝負の決着を公言した。
「では、ケルスティアン公爵の勝利。公爵、君の願いは?」
殿下が微笑んで聞いた。
夫は跪き首を垂れ、皆の前で宣言した。
離縁を。
「私は何の願いもありません。このまま妻と睦まじく、公爵家を盛り立て守っていければ、そう思っています!!」
離縁・・・離縁・・・・え?・・・離縁
わけがわからず、困惑したままきょろきょろしていた私は、泣きはらす両親と、観客の拍手でさらに動揺した。
夫が私に手を差し出す。
乗せたくなかったけれど、ここで彼に身をゆだねないと、私こそ笑いの種になるだろう。
二人が手を取りあい、殿下にカーテシーと紳士礼をする。
拍手喝さいのまま、私たちは会場を後にすることとなった。
屋敷に入ると、夫は微笑んで私を見ていた。
「君はとても強かったんだね。私は久しぶりに楽しんでしまったよ。」
「・・・楽しんでいただいてよかったです。」
ぶっきらぼうになってしまった。
夫は苦笑したが、仕方がない。
動揺してしまって中々素直になれない。
応接室に連れていかれ、侍女たちがお茶を入れてくれる。
お茶を一口飲むと旦那様が隣に座りだした。
驚いた私は少し離れようと、ソファの端による。
すると、旦那様・・・じゃなかった夫も一緒によって来た。
ダメよダメ!ほだされないで!!
私!!しっかりして!!!!!
「レイチェル・・・“あの方”は今どうされているんだい?」
あの方
私はその言葉に、目を見開きつつ警戒した。
夫は真剣な表情になった。
「私が・・・いや私たちが追いやってしまった方・・・ご無事なのかい?」
私は黙りこくっても何も言わなかった。
彼女は傷ついている。
信じていた人々に裏切られて。
私が“問題児令嬢”と呼ばれたきっかけ。
私は件の公爵令嬢にあこがれていた。
隣国の留学の際に、偶然にも彼女と期間がかぶった。
彼女はまるで水を得た魚のごとく、とてもはつらつとして過ごされていた。
私たちはすぐに仲良くなった。
異国の地で互いに“寂しい”よりも“自由”を感じた。
その彼女が国に戻ると、いわれなき罪で断罪され、周囲から見捨てられ、修道院へと行くことになった。
隣国の王太子殿下は後悔した、と言っていた。
無理に攫っていたら、こんなことにならなかったのに、って。
私から見ても二人は相思相愛だったから、応援したかったけれど。
真面目な彼女はそれを許さなかった。
私は黙ったまま夫を見つめ、何も言わない。
夫はその静けさに居心地を悪そうにすることもなく、真剣な表情で妻の顔を見た。
「私は後悔している。自分のプライドや、情欲におぼれて道を見失った。殿下を諫めることもせず、自分の過ちに気付いても向き合う勇気がなかったんだ。今更謝罪したって遅いが、それでも何かできることがあれば手を貸したい。」
「必要ありません」
私と夫以外の言葉が応接室の入り口から聞こえた。
入口の前に立つのは私の侍女。ステラ。
いいえ。エステラ様。
かつての我が国の王太子の婚約者だった公爵令嬢。
夫は顔所を見て、いぶかしげな表情が徐々に蒼白になり、立ち上がった。
「お久しぶりですわね。ノア様」
ノア。エステラ様とは幼馴染でもある。
こんなに近くにいても気づかなかったのだ。
「なぜ・・・」
夫が呟いた。
言葉を継いだのは私。
「王妃様が秘密裏にエステラ様を公爵家に預けたのです。いずれ私が嫁ぐから、と。私が、いずれ王太子妃となるエステラ様を守れるように。」
「王太子妃と言っても・・・さすがに・・・」
「この国の王太子妃ではありません」
私の言葉に、夫は少し考えていた。
そして、得心がいったようだ。
「エスティアの・・・王太子殿下か・・・」
夫のつぶやきにエステラ様は頷いた。
「一体どういうことなんだ・・・・なぜ王妃様が?」
夫の質問に答えてくれたのはエステラ様だった。
元々、王太子の婚約者であったエステラ様が隣国に留学したのは、命を狙われていたから。それも、王太子の母親に。
ご側室様は自身の身分が低いのを気にしていた。そして恨んでいた。
前王妃様が身罷られて、次は自分が王妃と思ったら、身分のせいでそれはなく、高位貴族から王妃が生まれた。
だからこそ貴族令嬢の最高峰にいる、エステラ様を憎んだ。
憎んで殺そうとした。
証拠をつかめなかった王妃様は、彼女を守るために隣国への留学を勧めた。
そして、私は偶然を装って彼女の護衛として隣国に行った。
しばらくして、ご側室様は国王陛下からも匙を投げられた。そうして、彼女は自主幽閉された。
そのこともあり、エステラ様は国に戻った。
しかし、そこからが地獄の始まりだった。
ご側室様が自主幽閉したのは、すでに種をまいたからだった。
件の男爵令嬢が現れていた。
男爵令嬢の生家はご側室様の一族だった。
彼らはどうしても政権が欲しく、男爵の子供の中で色香を纏い、口達者な娘を学院へと通わせた。
男爵令嬢は頭や体を使って、高位貴族の令息たちを籠絡していった。
そして、彼女に騙された令息たちはエステラ様に無実の罪をなすりつけ、断罪した。
その断罪の場から彼女を連れ去り、その後も彼女について何か言うものに毒を吐いていたのが私。
堕ちた令嬢に媚びを売る“問題児令嬢”と名をつけられたのだった。
「・・・そうだったのですか・・・しかし、男爵家とご側室様が親戚など初めて聞きました。」
夫の質問にエステラ様が答えた。
「ご側室様は前男爵弟君のご落胤だったそうです。」
私生児。
だからこそ、身分に誰よりも固執した。
「・・・ノア様も何か心境の変化があったのですね。」
エステラ様が微笑みながら私と夫を交互に見ていった。
「そこから先は!・・・私がきちんと言います。・・・二人の時に。」
夫が顔を赤くして言う。
「では、私は仕事に戻りますね。」そう言って、エステラ様は部屋から出ていった。
夫が咳払いをして、私を見る。
「君は・・・私の顔が好きだろう?」
急になに聞く!?まあ・・・確かに好きだけど?
「・・・はい。好きですね。」
「んん・・・そうか・・・私の性格は嫌いだね。」
「ええ。そうですね」
夫が傷ついた表情になる。
「私は君のお陰で目を覚ますことができた。君言われたことはすべて図星だったし、衝撃をうけたんだ。そんな簡単なことに気付けなかった自分が恥ずかしい。私のせいで君に負担も多くかけてしまって。領地のこともありがとう。君には感謝してもしきれない。」
真っ赤になった夫が一生懸命に言葉を紡ぐ。
まあ、感謝されて嫌な気はしない。
すると、彼は片膝を床に付き、手を私に伸ばしてきた。
「私は君に心を奪われてしまった。これから君の心を手に入れられるように努力すると誓う。どうか、私の妻になってくれないか?」
キラッキラした彼の瞳に私は不覚にもときめき、くらくらした。
元はイケメン。
もの凄い色気を醸し出す。
私は無意識に彼の手を取った。
彼の破顔は私の意識を完全に奪った。
彼に誘われるまま、食堂で食事をとり、侍女たちにいろいろ準備されながら、私は寝室にいた。
そして気づけば翌朝。
途轍もなく整った顔をした夫の顔が目の前にあって。
夜中の自分の恥ずかしい痴態を思い出して。
気怠い気分の原因をはっきりと思いだして。
重々しい体を叱咤しながら。
叫んだ。
とにかく大きな声で。
叫びまくった。
飛び起きる夫に。
駆け込む使用人と騎士に。
何も身に着けていない私に。
羞恥心にさいなまれ気を失った私は後悔した。
大きな声など出すべきではないと。
その日以来、私は夫に毎日愛をささやかれることになる。
恥ずかしいしいたたまれないし。
隣国の王太子とエステラ様の結婚が決まって、一緒に隣国に行こうとしたら、監禁まがいのことをされ、さすがに領地から義父母がやってきて、息子を諫めた。
まとも(?)になった息子を見て、私に泣きながらお礼を言っていたけど、よくわからなかった。
その後、私もほだされていった。
彼に思いを告げるのもそろそろかな・・・。
ブックマーク、いいね励みになります。