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年神さまと腕時計

作者: 七迦 寧巴

「この世」というところに誕生したら、明るい世界があると思っていたんだ。

 ボクは「この世」に誕生したことは理解できた。でもまだ目が見えないうちに、さらに暗いところに入れられて何処かに運ばれたんだ。

 そこは「死」の匂いでぷんぷんしていた。「死」というものが何か、はっきりとは分からないけど、「この世」とは違う場所で、そこに戻ったらまた最初からやり直しだとは感じた。だからボクは必死に声を上げて「ボクはこの世に生きるんだ!」と主張したんだ。

 大きな手がボクを掴んで明るいところに連れていってくれた。そこでボクは色んな手に守られて、ある日、あたたかい場所に連れて来られたんだ。


「これからは此処が稲穂(いなほ)のおうちだよ」と言われて、ボクの名前が「稲穂」なんだと知った。稲穂と呼んでくれたのは大きな目をした「鮎子(あゆこ)」と言う女の子。

 鮎子と暮らしていくうちに、ボクは捨て猫で保健所というところに連れて行かれ、殺されるところだったことを知ったんだ。ボランティアさんって人たちがボクを助けてくれて、ボクが一生安心して暮らしていけるおうちを見つけてくれた。それが鮎子の家だったわけさ。

 鮎子の家には、お母さんが居て、お父さんって人はたまに家に帰ってきたよ。どうやらお父さんは仕事ってのが忙しくて、家にはあまり居ないようだ。

 鮎子の家で平和にのびのび、ボクは快適な日々を送っていたよ。


 暑かった季節が過ぎて、窓の外は木々の葉が赤や黄色に変わっている。少し前までは緑色だった葉が色を変えて落ちていく。なんだか不思議だ。「この世」ってのは不思議に満ちていて、好奇心が刺激されるね。


 ある日、お父さんは当然居なくて、お母さんも出掛けていて、鮎子は学校。ボクはソファーの上でふわふわのブランケットに包まれて、いい気持ちでお昼寝さ。しばらくすると、お母さんが帰ってきたので、目を覚ましたボクはお母さんの傍に行く。

「ただいま、稲穂。お昼寝していたのね」

 そう言ってお母さんがボクの頭を優しく撫でてくれる。その手が気持ちよくて、ボクはさらに頭をこすりつけたよ。そのとき、不思議な音が聞こえたんだ。

 チクタクチクタク

 それはお母さんの鞄の中から聞こえてくる。ボクは聞き慣れないその音が気になって、鞄のなかに顔を突っ込んでみたよ。そこには細長い四角い箱が入っていて、音はその中から聞こえてくるんだ。


「あ、こら。稲穂。イタズラしないの」

 お母さんが慌ててボクを鞄から離して抱っこする。ボクはするりと腕を抜け、もう一度鞄に顔を突っ込んだ。

「この箱が気になるの?」

 お母さんが鞄から箱を出してボクに見せてくれたから、ボクは「そうだよ。そこから音がするよ」と手を伸ばした。まあ、お母さんには「にゃあ」としか聞こえていないだろうけどね。

「これはね、鮎子へのクリスマスプレゼントなの。来年の春には鮎子も中学生になるからね。欲しがっていた腕時計のプレゼントよ。でもまだ鮎子には内緒よ」

 お母さんはボクにそう答えてニッコリ微笑むと、箱をリビングの棚にしまったんだ。

 腕時計? 四角い箱が? チクタクチクタク。へんな音がするものだったなあ。

 鮎子は学校から帰ってきてリビングで本を読んでいるけれど、まったく音には気づいていないようだ。棚の中からチクタクチクタク音がしてるのに。人間ってのはボクよりも耳が悪いんだな。



 その日は朝からお母さんはキッチンに立ちっぱなし。チキンが焼ける良い香りがぷんぷんしてくるし、鮎子は赤いワンピースを着て、いつもよりオシャレをしている。久しぶりにお父さんも帰ってきて、鮎子がすごく嬉しそうな顔をしているので、今日が「クリスマス」なんだって分かったよ。

「今日は稲穂のゴハンも特別よ。サーモン味のパテですよー」

 鮎子がそう言ってお皿に盛ってくれたゴハンはジューシーで最高に美味しかった。毎日がクリスマスだといいのにな。


「鮎子、メリークリスマス」

 そう言って、お父さんが例の四角い箱を鮎子に渡した。鮎子は目をキラキラさせて嬉しそうに受け取り、リボンをほどいて箱の中を見ると

「わあ、素敵! 腕時計だ!」と、歓喜の声を上げたんだ。ボクも気になって鮎子の膝の上に乗り、箱の中身を見たよ。そこには丸い盤に針が付いたものがあって、それがチクタクチクタク動いていたんだ。音の正体はこれだったのか。

「鮎子が欲しがっていた和風の腕時計だよ」

「ほんっと、この子は渋くて珍しいものを欲しがるよね」

 お父さんとお母さんが笑顔で言う。ふーん、これは珍しいものなの? ボクが鮎子の顔を見上げると、鮎子はボクの頭を優しく撫でながら時計を見せてくれた。


「稲穂、ほら、素敵でしょ。普通の腕時計は数字が書いてあるだけなんだけど、これは十二支も書かれているんだよ。昔はね、子の刻、丑の刻って、そんなふうに時間を言ったんだよ。私ね、それを覚えたくてこういう腕時計が欲しかったんだ。えっと、今は酉……の刻なのかな」

 鮎子は首をかしげながら腕時計を見ている。それからお父さんとお母さんを見て、

「ありがとう! もっとすらすら言えるように覚えるね」と、嬉しそうに言っていたよ。ボクには時計っていうものが何を表しているのかよく分からないけど、鮎子の嬉しそうな顔を見ていたら、このヘンなチクタクチクタクにも親近感が湧いたよ。


 その夜、腕時計を机の上にある籠にしまって、鮎子がベッドに入ったからボクも枕元に寄り添ったんだ。鮎子はいつもの本を読み始める。表紙には『日本の神さま』って書かれていて、鮎子はその神さまの名前を覚えるのが好きみたいだ。

「クリスマスが終わると、次はお正月なの。お正月はね、年神さまを迎えるためのものなんだって。穀物の豊穣や収穫を神格化したのが年神さま。稲穂の名前も、五穀豊穣の意味を込めて付けたんだよ」

 鮎子は本に描かれている神さまのイラストを指さしながら笑顔でボクに語りかけたけど、ボクには意味がよく分からない。でもボクは毎日暖かい家でおいしいものが食べられるから、幸せな名前を付けてもらったんだと思う。今晩もぬくぬくを味わうべく、ボクは鮎子の頬に体をくっつけて眠ることにしたよ。



 今日は大晦日というらしい。一年の終わりの日なんだって。

 クリスマスに続き、お母さんは忙しそうにキッチンで料理を作っている。今度はかつおぶしの良い香りがするよ。鮎子も手伝って「おせち料理」というものを用意してるんだってさ。これも年神さまに捧げるのかな?

 お父さんはベランダで窓の掃除をしているよ。ボクも手伝おうとベランダに出たら、「だめだめ、稲穂は部屋に入っていなさい」と、ひょいと抱え上げられてリビングに戻されてしまったよ。つまらないなあ。


 夜は炬燵に入って、みんなと一緒に過ごしていたんだけど、ボクは奇妙な気配に気づいたんだ。それは鮎子の部屋から感じるんだけど、他のみんなは気づいていないようだ。テレビ画面を観て楽しそうにお喋りをしているよ。

 ボクは炬燵から出ると、鮎子の部屋に向かった。電気は付いていないけど、ボクは猫だから暗闇でも周りの様子はちゃんと見ることが出来るのさ。

 鮎子の部屋に居たのは不思議な姿をした人だったんだけど、鮎子の読んでいた本の挿絵を見ていたから、この烏帽子をかぶったその人が「年神さま」だって分かったよ。


「年神さま、鮎子の部屋で何をしてるんですか?」

 ボクが声を掛けると、年神さまは振り返って、

「やあ、稲穂くん」と答えるじゃないか。

「ボクの名前を知ってるんですか」

「もちろんだよ。良い名前をもらえて良かったね。ちゃんとこの世に生きられて良かったね」

 年神さまはふくよかな頬をニッコリとさせて、ボクの頭を撫でてくれた。

「年神さまは、鮎子のおうちに招かれて来たのですか?」

「そうだね。鮎子ちゃんのおうちは私を迎えてくれる準備をちゃんとしてくれていたからね、分かりやすかったよ。でもそれだけじゃないんだよ」

 そう言うと、年神さまは少し困った顔をしたんだ。


「最近は家の造りが様変わりしてね、一つの建物の中にたくさんの家族が住んでいるんだよ。昔は一つのおうちに一つの家族だったんだけどね。家のドアもどれも同じで、家の中に入ると、どうも時間の感覚が分からなくなるんだ。お正月のあいだに多くの家庭に福をもたらしたいのに、時間が足りなくなってしまうんだよ。他の神さまが、人間が作った時間を司る時計という装置を見ればいいと教えてくれたけど、うまく読むことが出来なくてね。私には馴染まなかったんだけど……」

 年神さまはそこまで言うと、ニッコリ微笑んで、鮎子の机の上にある籠を見た。


「この腕時計はいいね。文字盤が読みやすい。数字だけでは、私にはうまく時間を読むことが出来なかったんだよ。これは十二支が刻まれているから分かりやすいね。私の探していた時計は、まさにこれだよ」

 年神さまはそう言いながら、嬉しそうに腕時計を手にして文字盤を眺めている。

「それは鮎子がお父さんたちから貰った大切なものですよ。年神さまが持っていったら、鮎子が悲しみます」

「お正月のあいだだけ、貸してくれないかな。これがあれば滞在時間をきっちり確認出来るよ。そしたらたくさんの家庭をまわることが出来る。たくさんの人が良い一年を送れるように協力してほしいんだ」

 たくさんの人が良い一年を送れる、それは素敵なことだとボクも思う。

「それなら、年神さまがちゃんと鮎子に伝えて下さい」

「残念ながら、私の姿を人間は見ることが出来ないんだ。稲穂くんが神使(しんし)になって、鮎子ちゃんに伝えておいてくれないかな」

「ボクが?」

「よろしく頼むよ。お正月が終わったら、ちゃんと時計は戻しに来るから。お礼にこの時計にはたっぷりと福を詰めておくよ」

 年神さまはボクの頭を撫でながら優しく微笑むと、腕時計を手にして姿を消してしまった。神さまもいろいろ大変なんだなあ。その時代時代にあわせて、神さまも変わっていかなくちゃいけないのかな? そんなふうにボクはちょっと悟ることが出来たよ。


 *


「ない! ない! 私の腕時計が消えちゃった!」

 慌てている声で起きたボクの目に映ったのは、かがみ込んで、机の下を探している鮎子の姿だった。ボクはあくびをして体を伸ばしてから、ベッドを下りると鮎子の隣に行って声を掛けたよ。

「鮎子の腕時計は年神さまが借りていったよ」

 鮎子はボクの顔を見る。鮎子には「にゃあ」としか聞こえないかな?

「稲穂、腕時計の場所を知っているの?」

 ボクは枕元まで戻ると、そこに置いてある『日本の神さま』の本に前足を乗せて、

「ここに載っている年神さまだよ。年神さまが時計を持っていったよ」と教えてあげたんだ。

 鮎子はボクの顔と本を交互に見てから、

「神さまが持っていったの?」と聞いてきた。ボクが目を細めて頷いたら、鮎子は分かったみたいだ。よし、ちゃんと神使の役目を果たしたぞ。

「そっか。神さまが持っていったのなら仕方ないか。でもお父さんたちにはなんて言おうかなあ。せっかく買って貰ったのに」


 大丈夫だよ。年神さまはちゃんと返しに来てくれるから。そのとき、その腕時計には福がたっぷり詰まっているって言っていたよ。きっとその腕時計をしていれば、鮎子には素敵なことがあるに違いないよ。

 春になって「中学生」っていうのになった鮎子には、楽しくて好奇心を刺激される毎日があるに違いない。ボクの日々の生活のように、ね。


 おしまい


今年は新型コロナウィルスの影響で大変な一年を送った人も多いですよね。

年神さまが、たくさんの家庭をまわることが出来て、2021年は多くの人にとって素敵な年になりますように。


このお話はうちの猫が何処かに持っていってしまった腕時計をヒントに書きました。

子猫の頃、チクタクチクタクの音が気になって、しょっちゅう腕時計をくわえていたうちの猫。いつのまにか腕時計がなくなって、いまだに見つからず10年経ちます。

年神さま。。。返すの忘れちゃったのかなあ?(笑)

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― 新着の感想 ―
[一言] そういえば、アナログ時計は秒針のチッチッという音がしますよね。 寝る前などお馴染みの音で、聞いていると安心します。 年神さま、福を授けに一軒一軒回ってくださっていらっしゃるのですね! 我が…
[一言] 年神さま、ちゃんと言葉が通じるようにしていってくれ〜と思わず焦ってしまいましたが、さすがは稲穂ちゃん。慌てることなく、言伝してくれましたね。鮎子ちゃんも、すごい。ちゃんと稲穂ちゃんの言いたい…
[良い点] 稲穂ちゃん可愛い!
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