プロローグ ep0
「誤解してるでしょ」
少女の詰るような口調にヤラズは思わず後ずさった。
「ご、誤解?」
「言ってごらんよ」
ヤラズが後ずさった分、少女は距離をつめた。
「……」
「答えてくれないんだ?」
ヤラズはさらに後ずさって、ついに壁にぴったりと張り付いた。少女はさらにグッと近づき、紙一枚もないほど体を密着させた。ホットパンツから伸びたむき出しの足が、ヤラズの足と絡まった。
もう少女の顔しか見えない。
意志の強そうな眉、まるく膨らむピンク色の頬、雌鹿のように大きな琥珀の瞳。悪戯な無邪気さを感じさせれる顔立ちが、まるで天使のように可愛らしい。
しかし、可愛らしいのは見た目だけ。
彼女は異世界に住む悪魔であり、その正体は人の精を食らうインキュバスだ。
ーーインキュバスだということはつまり、男だということだ。
「誤解だよ、ヤラズ」
少女は咎めるように囁いた。変声期を迎える前の少年のようなソプラノだ。
そんな声で囁かれたらもう男でもいいと思えてくるから不思議だ。
しかし少女、いや彼は、性別以前に人間ですらない。そう、例え聖少女然としていても彼は立派な悪魔だ。
揺るぎようがない、完全なる事実の前にヤラズは苦しいため息を溢した。
「ご、誤解?」
「そう、ボクは食事をしてただけ。インキュバスらしく、ね」
「アレが、食事?」
「フフフ……」
少年は無邪気な笑みをこぼした。吐息がヤラズの喉元をくすぐった。
「アレって、こんな感じ?」
突然少年は爪先立つと、細く華奢な指でヤラズの顎を捕まえて、その唇にキスをした。
熱くとろけるようなキスだった。
我を忘れるほどの快感に、ヤラズは夢中で少年を引き寄せた。
次の瞬間、激しい爆発が起きた。