8
----『あの、すみません。サーヤ様に用があって参りましたが…出直して参ります!』
リークは真っ赤な顔をしながら早口でそう言うと、真っ白で線だけになった彩綾をチラと見て、そそくさと立ち去った。立ち去るリークの背中を呆然と眺める彩綾に、ナタリーはオロオロしながら話しかける。
「あの、サーヤ様。…サーヤ様?」
彩綾はナタリーの呼びかけにハッと我に返って返事をするが、声が空中を彷徨っている。
「あ…はい、なんでしょうか?」
「そろそろご昼食のお時間ですから、食堂へ向かわれますか?」
「え…?あぁ、はい、そうですね。そうします。」
では参りましょう、と言うナタリーに連れられ食堂へと向かった。
フラフラと席に座り、並べられた料理に目を落とす。立ちこめる湯気をぼんやり見ていると、先ほどのリークの赤面が浮かんできた。途端に真っ赤になった彩綾は、自分の赤面を周りに知られないように俯きながら、大急ぎで平らげる。味なんてわかったものじゃない。そしてさっさと席を立って食堂を後にし、昼食時でごった返した人の往来をかき分けるように速足で歩き進んだ。
*
食後すぐの速足のせいで脇腹が少し痛み出し、彩綾は立ち止まった。はぁ、と大きく息を吐くと、瞬く間に後悔の波に襲われる。
----なんであんな事言っちゃったのよぉぉ~!!
壁に頭を打ち付けたい衝動に駆られながら、自分の中の大人な部分がそれを押しとどめる。その代わりに彩綾は柱の陰で身を捩って地団駄を踏んだ。面と向かって告白するよりも恥ずかしい状況に、何の罰ゲームなんだと逆恨みしそうになる。もちろん相手はウォルトだ。
しかし結局は自分が悪いんだ、と肩を落としてトボトボ歩いていると、先ほど子供たちが遊んでいた広場の辺りまで来ていた。広場の一角を見ると、子供たちがまだ遊んでいる。棒を持って戦いごっこをしている子や、木に登っている子、追いかけっこをしている子もいる。----ある意味子供の遊びは世界共通だ、と上手いこと言えた自分に座布団が贈られた。
----あれ?あの子、どうしたんだろう。
遊んでいる子供たちの側で、一人だけ大人しくしている男の子がいた。目を凝らしてよく見ると、左腕に布が巻いてある。怪我をして友達と同じ様に遊べないのだろう。彩綾は先ほどまでの羞恥心をすっかり忘れて、子供たちの元へと駆けて行った。
遊んでいた子供たちは、自分たちの元へと駆けてくる見知らぬ人に気付くと、目を丸くして固まった。
彩綾は子供たちの前で立ち止まり、息を整えてからニッコリと笑って話しかけた。
「こんにちは。突然ごめんなさいね。私はサアヤ・キリタニといいます。私のことは、サーヤって呼んでね。」
「…。…。」
「皆、ここで遊んでいるの?私も一緒に遊んでもいいかしら?」
そこには、10歳前後ぐらいの子供たちがいた。
子供たちはどうしていいのか分からず、黙ったまま互いの顔を見合っている。どう返事すればいいのか分からない、といった表情で戸惑っていた。
彩綾は持ち前の保育士スキルでざっと状況を把握し、怪我をしている男の子の方を向いた。黒い髪に緑色の瞳をした少年は、自分へと向けられた視線にビクッと肩を震わせた。
「あら。ねぇ君、怪我をしているの?」
「…。」
男の子は少し黙った後、小さく頷いた。
「まぁ、どうして怪我をしたの?」
「…。」
「どうしたの?」
すると、別の子供が横から割って入ってきた。薄茶色の髪と瞳に、頬には薄っすらとそばかすがあるヤンチャそうな男の子だった。
「そいつ、ユアンっていうんだけど----あ、俺はトニーていうんだ。最近ここに来たばかりなんだけど、ここに来た時にはすでに怪我してたんだよ。どっかでやられたみたいでさ。血を流して倒れているところを、旦那様に拾われたんだよ。な?」
「…。」
ユアンはまた、小さく頷いた。
すでにほとんど傷は治っているようで、動かしてもあまり痛くはないことと、それでも振り回したりぶつかったりすると傷が開く恐れがあるので大人しくしている、との事だった。
「そうだったの、辛い思いをしたのね。そうだ、その左腕を動かさなかったら遊べるのよね?」
「…うん。」
彩綾は少し考えて、片手でも皆と遊べるものを思いついた。
「わかったわ、またすぐ戻ってくるから、ちょっと待ってて!」
彩綾はそう言い残すと、踵を返した。するといつの間にか傍まで来ていたナタリーに気付き----かなり驚いたが、声をかけた。
「ナタリーさん、いらしてたんですね!お願いがあるんです。少し長めのロープを貸していただけないでしょうか。」
「ロープですか?」
「はい。できれば子供の手でも握れるぐらいの太さのものがいいのですが。」
「わかりました。すぐにお持ちしますね。」
ナタリーは偶然近くを通った侍女を呼び止め、そのまま至急ロープを持ってくるように伝えた。すると、ほんの10分程で侍女がロープを手に持ってやって来たのには、彩綾も驚いた。
彩綾は用意されたロープを解くと、長さを確認して片方の端を侍女に持たせて、もう片方の端をナタリーに渡した。子供たちに背を向けて、ボソボソとその使い方を二人に伝授する。子供たちに悟られないよう、軽く練習もした。そうして準備を終えた後、彩綾はくるりと子供達の方に向いてニッコリと笑い、説明を始めた。
「みんな、お待たせ!それじゃあこのロープを使った遊びをしてみようと思うんだけど、一度私がやってみせるからみんなは見ててね!それじゃあ…」
そう言って、ロープを持つ二人に視線を送って合図をした。二人ともコクンと頷き、やる気に満ちている。
せーのっ!の掛け声で、二人がリズミカルにロープを揺らし始めた。
「てがみ屋さん♪おはようさん♪----」
ロープの揺れに合わせて、彩綾は歌を歌いながらピョンピョンと跳んだ。子供たちがその様子を食い入るように見つめている。
「拾ってあげましょ♪1まーい、2まーい、3まーい----」
突然ロープを大きく回してその中を数えながらピョンピョンと飛び跳ねると、子供たちは前のめりになりながら目を見開いて驚いた。いつの間にか近くを通る兵士や使用人たちも足を止めてその様子を眺めている。
「10まい!」
の掛け声でロープの中から飛び出すと、ワァッ!という子供たちの声が上がった。兵士や使用人たちの声も混ざっている。振り向いて子供たちを見ると目がキラキラと輝いていた。
彩綾は心の中でガッツポーズをした。
「すごい!どうやってやるの!?」
「楽しそう!やってみたい!!」
「俺もロープ回したい!」
「あ!ずるーい!私もやりたいー!」
子供たちがわぁわぁと一斉に騒ぎ始めたので、彩綾はまず子供たちを順番に並ばせて跳び方を教えた。最初は何度も引っかかっていたが、普段から遊び慣れている子供たちはすぐにコツを掴んでピョンピョンと跳び始めた。
彩綾は一通り教えると、タイミングをみてユアンにロープを渡し、回し方を教えた。
「ここをこう持って、こう回すの。これなら右手しか使わないし、左腕にあまり負担がかからないでしょう?それに、みんなが上手に飛び続けられるかどうかは、回す人の回し方にかかっているの。とてもやりがいのあるポジションなのよ。頑張れるかしら?」
彩綾の言葉に、ユアンは手元のロープに目を落とした。そして彩綾の目を見つめ、キュッと口元を引き締めてコクンと頷いた。もう片方の端をナタリーに持ってもらい、彩綾はユアンの後ろに立つ。しばらく練習を繰り返して、彩綾は声をかけた。
「うん、上手になったわね!これならみんなも跳べるはずよ。でもユアン、ロープを回し続けると肩や腕が痛くなってくるから絶対に無理しないでね。痛くなったら、すぐに他の人に交代すること。約束できる?」
彩綾がしゃがんでユアンの目をじっと見つめて言うと、ユアンは少し頬を染めて頷いた。
「…。…わかった。」
「よし!それじゃあやってみようか!みんなー、始めるよー。」
彩綾は他の子供たちを呼んで、順番に並ばせた。
ユアンと一緒にロープを回して歌を歌い、途中でナタリーに交代して子供たちと一緒に飛び跳ねた。ユアンも他の子供たちも楽しそうに笑っている。
耳の奥でラッパの音を拾ったが、彩綾はすっかり子供たちとの遊びに夢中になっていった。