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Changeling  作者: みのり
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エピローグ

 祭壇室を出て宮殿の出入り口に差し掛かると、二つの人影がこちらの方を見て立っていた。


 「やぁ、ウォルト。」

 「フィグか!レイシー嬢も!あっ…その…。」

 「ふふ、よろしいんですのよ、ウォルター様。全て兄から聞きました。何も知らずにいました事、今では恥じ入るばかりです。」

 「何を!貴女は何も悪くない!私の方こそ、貴女の気持ちを踏みにじるような真似をして、本当に申し訳なかった。」

 「あら、ウォルター様は最初から最後までとても紳士でいらしたわ。でも…先ほどの様なお話し方をしていただいた方が、私も嬉しいです。」

 「…そうか。それじゃあ、そうさせてもらうよ。レイシー、これからもよろしくな。」


 フィグはウォルトとレイシーが話をしている横を通り過ぎ、彩綾に歩み寄って手を差し出した。彩綾がそこへ手を置くと、フィグはそっとキスをする。


 「フィグ、もう傷は治ったの?」

 「あぁ、おかげさまで。もう痛みはないから、今は少しずつ剣を振って慣らしているところなんだ。」

 「そっか、良かったわね!」


 フィグは彩綾の向きをレイシーから逸らし、小さな声で囁いた。


 「それから、レティーナから聞いたよ。サーヤさんが、こちらの世界で生きることを決めたって。…大丈夫かい?」

 「えぇ、そうなの。…不思議よね、ここにいたのはほんの短い期間だったのに、元の世界に戻った途端、そこが自分のいた世界だったことに違和感を感じたの。30年近く暮らしてきたはずなのにね。」


 彩綾はウォルトをチラと見ると、目を細めた。


 「でも、そう思えたのは、ウォルトや皆さんがいてくれたからだと思うの。もし、私が全然違う運命を背負っていて、降り立ったのがとても酷い場所だったらこうは思えなかった。さっさと自分の世界に帰って、二度と行きたくないって思ってたでしょうね。」


 彩綾が苦笑交じりに言うと、後ろから声をかけられた。声の方へ振り向くと、レティーナが微笑みながら歩いてくる。二人が抱き合うと、レティーナは安堵の息を漏らした。


 「サーヤ様、お戻りになられて本当に嬉しく思います。石を持たずに二つの世を移動なさるなんて…。貴女様だからこそ成せる事ですわ。ですが…やはり石を持たない生身の身体では、お身体のみならず精神にまで影響がでるかもしれません。もしかしたら、もう二度と元の世界には戻れないかもしれませんわ。」

 「レティーナ様…。あ、そうだ!私、レティーナ様に言おうと思ってた事があるんです!」

 「はい、何でしょうか?」


 彩綾の突然の切り替えにレティーナがキョトンとした顔で返事をすると、彩綾はみるみる顔を赤くして口籠った。こんな事を言うのは子供の頃以来で、まさか大人になってから言う事になるとは思わなかった。その分、断られた時のダメージは計り知れない。それが尚更、彩綾の心臓を容赦なく叩きつけた。


 「あの…私たち、同じ歳じゃないですか。その、友人になってもらえませんか!?」


 ちょうど辺りから話し声が途切れたと同時に発言するという奇跡のタイミングに、レティーナだけでなく皆の顔が唖然とした。追い打ちをかけるように、しんと静まり返る空気が彩綾の残り僅かな脚力を奪い去る。


 ----ど、どうしよう…。言わなきゃ良かったー…。


 彩綾が消え入りそうに萎れていくと、レティーナは思わず吹き出し、笑い崩れまいと彩綾の肩に手を置いた。彩綾の後ろでは、ウォルトが顔を背けて肩を震わせている。背後に苛立ちを感じながら、彩綾はレティーナの屈託のない笑い顔を見て呆気に取られた。


 「あはは…!はぁ、本当に、サーヤ様は面白いお方ですね。こんな事を言われたのは初めてですわ。私でよろしければ、ぜひお友達になってください。」

 「本当に良いんですか!?良かった!…ちょっとウォルト、いつまで笑ってんのよ。」

 「…悪い…。」


 彩綾がレティーナの後ろにいるフィグと目が合うと、祭壇室での話を思い出した。

 シェランドルを独立国とする際に、レティーナもシェランドルに行くことになった。石の力を二つの国が持つことを危惧したモンドールが、碧い石も琥珀色の石と共にあるべきだと主張したのである。

 賢人会議では、『シェランドルが力を持ち、他国を侵略せんとするのでは』という意見が多数を占めた。それでも、その際はクレイス家が相打ち覚悟で全責任を取る事を約束し、王太子の後押しもあって、結果としてモンドールの意見が通る事となった。


 「フィグ、レティーナさんと離れてしまうわね…。」

 「僕なら大丈夫だよ。レティーナと離れるのは辛いが、シェランドルならすぐに会いに行ける。ま、ウォルトがすんなり通してくれたらだけどね。」

 「は?俺がそんな意地の悪い事をするとでも思ってんのか?」

 「「「………。」」」

 「何だよ!お前、本当に入れなくしてやるからな!」

 「二度と浄化しませんよ。」

 「クッ…汚ねぇ…!」


 近くでクスクスと笑っているレイシーに、彩綾はそっと近付き耳打ちした。


 「ところで、レイシー。バドリックさんとはその後どうなったの?」

 「え!?あ、あの、その…実は…。」


 一気に顔を上気させたレイシーに目を丸くしていると、フィグとウォルトが唖然とした顔でこちらを見ている事に気が付いた。


 「レイシー、バドリックって誰だい?」

 「ちょっと待て!バリーがどうかしたのか!?」

 「は?ウォルト、君の知り合いなのか!?」

 「知り合いも何も、シェランドル(うち)に誘ってる奴なんだよ。」

 「なんだって!?また君関係なのか!!レイシー、悪いことは言わない。ちょっと考え直した方が…」

 「おいコラ。何で俺関係だとダメなんだよ。それに、バリーはすこぶる真面目で控えめないい男だ。」

 「なんだ、君と正反対じゃないか。それなら安心だ。レイシー、一度家にご招待しなさい。」

 「何だと!?やっぱり入国拒否してやる!!」

 「浄化しませんよ。」

 「クソォッ!!」


 ギャアギャアと言い合う姿を侍女や兵士たちが遠目で見ていると、チェスターとシューゼルが呆れたように間に入った。


 「おいおい、お前らもうその辺にしておけ。ウォルト、サーヤちゃん、父上と母上に呼ばれてるぞ。」

 「私たちはそろそろ仕事に戻るから、気を付けて帰るんだぞ。サーヤさん、これからが大変だろうけれど、ウォルトの事をよろしく頼むよ。」

 「はい、チェスターお兄様。シューゼルさんも、お仕事頑張って下さい。」

 「あれ?僕の事はお兄様って呼んでくれないんだ?」

 「あ…!そ、それは、また、そのうちに…。」


 ウォルトと彩綾がモンドールの元へ行くと、シャロラインがウォルトを抱き締めた。自分よりも遥かに大きい息子を誇らしげに見上げると、目に涙を溢れさせた。


 「ウォルト、私たちは本当に、あなたの親になれたことを誇りに思うわ。これから多くの困難に立ち向かわなくちゃいけないでしょうけれど、私たちはいつでもあなたの味方よ。だから、いつでも帰ってらっしゃいね。」

 「母上…。ありがとうございます。」

 「ウォルト、それからサーヤさん、これからが正念場だ。シェランドルを『国』として築き、法を定め、民を育て、他国と渡り合っていかねばならん。その基盤を強固なものにできるかどうかは、これからのお前たちにかかっているんだ。我々もその一助となれるよう、全力を尽くす。」

 「父上…。」


 モンドールが手を差し出すと、ウォルトはそれをしっかりと握った。


*


 彩綾とウォルトがシェランドルへ帰ってから、二月が経った。

 シェランドルが新たな独立国として生まれ変わり、ウォルトがその初代国王になる事を知った一部の者たちは、皆驚愕の余り卒倒しそうになった。

 後に、最も崩れそうになった男リークは、ウォルトと共に数年に渡って各方面への采配に追われ、再び眠れない日々を過ごす事となる。


 そしてさらにその一月後、シェランドルの城に新たに造られた祭壇室で、城主ウォルター・クレイスとサーヤ・キリタニの婚姻の儀が厳かに執り行われた。来賓にはごく身近な者たちだけを招待し、後は城の者たち総出で祝宴を開いた。

 『ごく身近な者たち』とはいえ、招待された来賓の中にバーヴェルク王国王太子が参列したため、城内外はおびただしい数の護衛兵で騒然となった。


 祭壇室の扉が静かに開かれる。

 静かで穏やかな演奏が流れる中、祭壇へと向かうバージンロードを、彩綾はモンドールに連れられゆっくりと進んだ。

 祭壇の前では、新郎が微笑みながら純白のドレスに身を包んだ花嫁を見つめている。花嫁が一歩ずつ近付くにつれ、ウォルトの胸は高鳴った。

 モンドールがウォルトの前で足を止め、ウォルトをじっと見つめる。モンドールの誇らしくも温かい眼差しと向かい合い、ウォルトの胸に熱いものが込み上げた。

 モンドールが彩綾の手を取りウォルトへと託す。二人は祭壇に向かって並び、聖職者による祝福の言葉と誓いの言葉を受け、永遠の愛を誓った。そして二人は向かい合い、新郎が花嫁のベールを外すと、誓いのキスを交わした。


*


 祝宴で、ウォルトはチェスター、シューゼル、コルト、フィグそしてバドリックに囲まれ、酒を酌み交わしていた。バドリックはモンドールの図らいで王宮騎士団を辞め、ウォルトと共にシェランドルへと向かい、若い兵士たちの指南役として日々腕を奮っている。


 「それより、バリー。いつの間にレイシーと恋仲になったんだよ。お前、大人しそうな(つら)して結構やるなぁ。」

 「ウォルト様、私は決していい加減な気持ちでレイシー嬢に交際を申し込んだわけではありません!」

 「そうだよウォルト。バドリックは知れば知る程、好青年だ。本当に彼がレイシーの相手で良かった。」

 「まぁね。ウォルトみたいな偏屈の相手ができるのなんて、サーヤぐらいのもんだよ。」

 「全くだ。俺、サーヤちゃんがいなかった一月の間に何回シェランドル(ここ)に来たかわからないよ。もー嫌!あんな腑抜けになったコイツの世話なんて二度とごめんだ。」

 「クッ…。こいつら…。」

 「まぁまぁ、ウォルトはよく頑張ったじゃないか。あの、いつも後ろをついて回っていた小さな弟が、こうして立派な男になったんだ。私は本当に誇らしく思うよ。」

 「チェスター兄上…!」


 男性陣と反対の壁際にいた女性陣が動き出す。彩綾が侍女に連れられ会場を後にすると、フィグがウォルトに耳打ちした。


 「ウォルト、いいか。絶対にがっつくなよ。彼女は乙女なんだから、お前が力任せに抱いたりしたらすぐ壊れてしまうんだからな。」

 「う、うるせーな!わかってるよ!お前は自分の時の心配してろ!」

 「はぁ、今のお前の気持ちがわかるから言ってるんだよ。」


 従者がウォルトに声をかけると、ウォルトは心臓が跳ね上がった。従者と共に、三階の部屋へと入る。風呂で身体中を磨き上げると、肌着を身に着け、部屋の奥にある扉を開けて寝室に入った。

 ベッドに座りながら、彩綾が来るのを待つ。ウォルトは無意識に自分の手が震えていることに気付き、苦笑した。


 ----今まで散々女を抱いてきたくせに、なんだこれは。初夜ってこんなに緊張するもんなのか?こんな事、初めてだ…。


 ウォルトは緊張で気が遠くなりそうになりながら、ベッドの上で待ち続けた。が、いくら待っても彩綾が来る気配がない。ウォルトは段々と苛立ちが募り、眉間に皺を寄せた。


 ----いくら何でも、長くないか!?なんでこんなに遅いんだよ!!


 その時扉をノックする音がして、ウォルトは心臓と共に飛び上がった。ウォルトが返事をすると侍女が扉を開け、「花嫁様のご用意が整いました」と告げた後、静かに出て行った。

 ウォルトは部屋に入ってきた彩綾の姿に息を呑み、呆然と眺めていた。刺繍をふんだんに使った膝までの肌着が身体の線に沿うように流れ、胸元のリボンだけで結ばれている。薄暗い部屋の中で恥じらうように俯いて立つ彩綾の表情から、ウォルトは目が離せなかった。


 「綺麗だ…。」


 無意識に立ち上がり、彩綾の元へと歩み寄る。ほのかな甘い香りが鼻の奥をくすぐると、ウォルトの理性が吹き飛んだ。

 彩綾を優しく抱き締めると、そのまま腕に抱えてベッドへと運ぶ。頬を染め、不安そうな表情の彩綾に己の自制心を試された。

 彩綾の頬に触れ、髪を撫でながら深呼吸をする。そして、耳元に優しく口づけをした。


 ----…落ち着け。ゆっくり、ゆっくりだ…。


 「ウォルト…。」

 「なぁぁっ!なんだっ!?」

 「な、何!?どうしたの!?」


 ウォルトが驚いて跳ね上がると、それにつられて彩綾は咄嗟に上体を起こした。固まる二人の間に妙な沈黙が訪れる。ウォルトはガックリと項垂れると、手で顔を覆った。


 「はぁ…。何だよ急に。」

 「あのね、その…私、こういうのした事ないから、どうしていいのかわからないのよ。一応知識はあるのよ?でも…今までアンタがどうされて嬉しかったのか、私に教えて欲しいの。」

 「は?何言ってんだお前。」

 「え?いやだから、どうしたら…」

 「…もう黙れ。」

 「あ、待って、もう一つだけ。」

 「何だよ?」

 「愛してるわ、ウォルト。」

 「…勘弁してくれ…。」


*


 「サーヤさん。サーヤさん!」

 「ん…。」

 「サーヤさん、こんなところで寝てたら風邪を引くよ。」


 彩綾がゆっくりと目を覚ますと、黒髪の青年が深い緑の瞳でこちらを覗き込んでいた。中庭のベンチに座ったまま、いつの間にか眠っていたらしい。


 「ん…あら?ユアン…?」

 「全く、相変わらず自由だね。自分が王妃だって自覚あるの?はい、これ。」


 ユアンは持っていた花束を渡すと、彩綾の肩掛けを掛け直した。そして、落ちかけた膝掛を手に取ると、大きく膨らんだお腹にそっと掛ける。


 「あら、綺麗なお花ね。ありがとうユアン。」

 「もう、冷えたらどうすんのさ。ちゃんと温めて大事にしないと。」

 「日向ぼっこしてたら、お腹がすいて、そのまま寝ちゃってた。」

 「何やってんの…。」


 ユアンが小言を言うと、彩綾はクスクスと笑った。普段の素っ気ない態度とは裏腹に意外と世話焼きな性格で、彩綾はいつも楽しんでいた。


 「ふふ、なんだか私のお母さんみたいね。」

 「俺としては、サーヤさんが早くウォルトさんに愛想を尽かしてくれるのを待ってるんだけどね。」

 「こらユアン、勝手に人の妻を口説くな。」

 「あら、ウォルト。もう大丈夫なの?」

 「あぁ、無事に産まれた。赤子も巫女殿も健康そのものだそうだ。フィグは…あれはしばらくダメだな。部屋で泣き崩れていた。」

 「そう、良かった!私も早く会いたいわ。」


 彩綾が安堵の息を漏らすと、歩いてくるウォルトの足元にいた小さな男の子が、小走りで突進してきた。


 「ははうえ!」

 「あら、アゼル。父上とお散歩してたの?」

 「うん!でもちちうえが、はやくははうえのところにいきたいって。」

 「アゼル、母上には内緒だと言っただろう。」


 ウォルトがアゼルを抱き上げる。我が子に優しく微笑むウォルトの表情に光が差し、その美しさに彩綾は思わず見惚れていた。

 腕に抱かれたアゼルが、小さなゴールドブラウンの瞳を眩しそうに細める。


 彩光を帯びた風が中庭を吹き抜け、シェランドルの空へと舞い上がった。

皆様ご愛読いただきまして、ありがとうございました!

本編が完結いたしました。

次回からレティーナ編に続きます。(全8話)

そちらもどうぞよろしくお願いいたします!

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