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Changeling  作者: みのり
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途中までウォルト視点です。

 コルトと連れ立って中庭に出ると、ちょうど辺りに人気は無かった。時折、侍女や兵士が行き交う姿がチラホラと見える。今日は日差しが強いからか、侍女が洗濯物の入った大きな桶を運んでいた。

 角を曲がり建物の影に入るよう井戸の側まで来ると、コルトが振り向いて唐突に切り出した。


 「ウォルト、急に呼び立てて悪かったな。サーヤの事なんだが…。」

 「またその話か。お前も懲りない奴だな。」


 …やっぱりな。コイツの浮かれっぷりから、そんな事だろうと思った。俺がわざとらしく大きな溜息を吐くと、コルトは慌てて口を開いた。やめるつもりはないらしい。


 「違うって!…あのさ、サーヤがもし元の世界に帰らずに、このままここに残る可能性があったら、お前どうする?」

 「…何の話だ?アイツがここに残りたいって言ったのか?」

 「いや、そういうわけじゃないんだ。ただ、彼女は迷ってるみたいで…。今回の件もそろそろ片付くだろうし、彼女ももう安全だろう?もしお前さえ良ければ…。」


 …コイツは、何を言っているんだ?『彼女は迷っているみたいだ』だと?どうしてお前がそんな事を知ってるんだよ。サーヤが元の世界に帰るのを躊躇ってるってのか?

 サーヤは今まで、俺にはそんな話は一度もしたことが無かった。王宮のバルコニーで俺が彼女を抱き締めた時も、そんな素振りは見せなかったんだ。

 それを、コイツには話したっていうのか…?


 自分でもわかる程、沸々と怒りが込み上げてくる。誰に対してなのか、何に対してなのかわからない。それでも、サーヤが胸の内を明かした相手が俺ではなくコルトだったという事実が俺の理性を蝕んでいく。なんでよりによって、コルト(コイツ)なんだ。

 とにかく、まだ完全に事件のほとぼりが冷めるまでは、サーヤへの想いを口にはできない。誰が聞いているかわからないし、余計な混乱を招く恐れがあるからだ。大体、まだ本人にも伝えきれてないのに、なんでコイツに言わなきゃいけねぇんだよ。

 俺は深呼吸をして胸の奥のドロドロとした感情を、何とか抑えこんだ。


 「…ウォルト?聞いてるか?」

 「だから、前にも言っただろう。俺はサーヤのことを何とも思ってないし、同じような境遇だから気にかけているだけだ、と。」


 案の定、コルトは噛み付いてきた。なんでこんなに必死になるんだ?俺の気持ちがどうとか、サーヤとの関係がどうとか、お前に関係ないだろうが。

 これ以上は俺の理性が吹き飛びそうだと思い、さっさと終わらせて立ち去ろうとした。なのに、コルトはそんな俺に向かって、言ってはならない事を言いやがった。


 「そうか、じゃあ、サーヤは僕がもらってもいいよな。」

 「…何だと?」


 …コイツ、いい加減にしろよ。

 もらってもいいか、だと?いいわけねぇだろうが!!俺が何の為に、こんなに必死で駆けずり回ってると思ってんだ!

 惚れちゃった、だと?てめぇ、何軽く言ってんだよ!!恋に堕ちるのに、時間の長さが関係無いのはわかってるさ。だが、ガキの恋愛じゃないんだ。少なくとも、この俺が命賭けて愛してる女に言っていい言葉じゃない!


 コルトの言葉が、態度が、俺の心を蝕んでいく。そもそも、コルトはランダース子爵家の跡取り息子だ。本人は継ぐ気はなさそうだが、周りがそれを許すかどうかは別問題だ。

 じゃあ、もしコルトが跡を継ぐようになったら?サーヤはどうなるんだ。貴族に嫁ぐ女は処女が当然視されている。もちろん、嫁いでから実は処女じゃ無かったなんて話はよくある事だが、それは女側の実家からの恩恵があるからまだ許されるんだ。

 処女でもなく、結婚適齢期もとっくに過ぎ、なんの後ろ盾も…あった。彼女は、現国王側近モンドール・クレイス侯爵の実の姪であり、『クレイス家初の娘』だ。

 しまった…、前者二つを補って余りある恩恵を与えられる女だった。だが、コルトはまだそれを知らない。ならば…


 「…サーヤは、処女じゃない。」


 もう、これしかない。男の本心から言えば、妻には処女を望むが、遊ぶ分には処女じゃない方が良い。コルトの口ぶりから、真剣じゃ無いのは手に取るようにわかる。ならば、やはり遊びで言ってんのか?

 この俺の…愛する女で『遊ぶ』っていうのか…?


 頭の奥で、何かが切れる音がした。同時に、抑え込んでいた獰猛な感情が溢れ出す。目の前の男のくだらねぇ欲望の為にサーヤが手を出されるなんて、冗談じゃない。

 本当なら、ここで「俺の女だ」と言えれば良いんだ。でも、まだそれができない今の状態では、別の方法でコルトを牽制するしかない。


 「お前がいずれ家を継いで妻を娶る時に、処女じゃない女なんかもらえねぇだろうが。それともサーヤの事は、それまでの繋ぎにするつもりか?」


 「貴族にとっては、妻に迎える女は処女じゃなきゃ意味が無いだろう。どこの馬の種を持ってるかわかったもんじゃねぇからな。」


 ここまで言えば、諦めるか?酷い言い方だが、遠回しにサーヤに手を出すなと伝えたつもりだった。なのに、諦めるどころか逆に食ってかかってくるとはどういう事だ!?

 『僕は本気だ』とでも言いたいのか?この野郎…


 「やかましい!遊ぶんだったら他の女を…」

 「なっ…、サ、サーヤ!!」


 コルトの一言が、一瞬で俺を縛り上げた。コルトの青ざめた顔が、俺の後ろの光景を物語る。全身の血の気が引き、恐る恐る振り返った。


 ----な…いつから、そこに…。


 振り返った視線の先には、地面に座り込んだサーヤがいた。その表情を見た瞬間、俺の心臓が止まった。彼女の元へ行かなきゃいけないのに、足が地面に貼り付いたかのように動かない。


 ----どこから聞いていた…?


 この一瞬の遅れを突くように、サーヤが立ち上がり走りだす。俺はハッと我に返ってすぐに追いかけたが、膝が震えて上手く走れない。


 「サーヤ!!待て!!」


 それでも何とか追いつき、彼女の腕を掴もうと手を伸ばした時だった。彼女が振り返り、見た事のない表情に涙を溢れさせている。そして…


 ----…なっ!まさかっ!!


 サーヤの周りに現れた大きな光が、彼女の身体を包み込む。俺は背筋が凍り、底知れぬ恐怖で鳥肌が立った。


 「待っ…!!」


 握り締めた手は空を舞い、サーヤは…消えた。


*


 突然現れた大きな光に驚いた兵士や使用人たちが、騒めきながら中庭へと集まった。ウォルトと距離を取るように中庭を囲み、囁き合っている。


 「い、今のは何だ!?おいっ、ウォルト!!どうなったんだよ!!」


 二人を追いかけてきたコルトが、目を見開いて立ち尽くした。目の前で起こった出来事よりも、その場に崩れるように座り込むウォルトの顔に息を呑む。


 ----コイツ…何も聞こえてないのか? 


 コルトが一歩近付こうとした時、中庭に大声が響いた。その声にコルトが振り返ると、血相を変えて駆けてくるリークの姿があった。


 「はぁ、はぁ…、ウォルト!一体何があったんだ!?さっき、侍女から中庭で何かが光ったって聞いた!もしかして…ウォルト?」


 リークはウォルトの側に座り、ウォルトの顔を覗き込む。何も映さない空虚な瞳に思わず言葉を失っていると、後ろからコルトが口を開いた。


 「リークさん…サーヤが消えた。急に光ったと思ったら、光と一緒に消えちまったんだ。」

 「何だって!?おい、ウォルト!どういう事だ!?何があった!!」


 リークがウォルトの肩を揺さぶるが、反応がない。リークは小さく舌打ちをすると、立ち上がってコルトに視線を向けた。


 「何があったんですか?なぜサーヤ様が…。」

 「それが…俺とウォルトが話してるのを聞いてたみたいで…。」

 「話?何を話してたんですか?」

 「その…今朝、サーヤと食堂で話してて。彼女に、ウォルトの事どう思ってるのか聞いたんです。」


 リークはチラとウォルトを見て一瞬躊躇った後、声を落とした。


 「…それで?」

 「サーヤは…ウォルトの事が好きだと…。でも、自分の歳や、ウォルトの将来、元の世界…いろんな事を考えてしまって迷っていたんです。」


 コルトの言葉に、ウォルトがピクリと反応した。リークはそれを確かめつつ、コルトに続きを促した。


 「だから、サーヤに聞いてみたんです。もし、ウォルトが自分の気持ちをちゃんと伝えて…、側にいてくれって言ったら、このまま残ってくれるのかって…。」

 「…サーヤ様は、何て仰ったんです?」

 「その時は…残る、と言ってました。このままここに留まる、と。だから俺、ウォルトに話をしようと思って呼び出したんですけど、コイツ、何か誤解したみたいで…うわっ!」


 コルトが言い終わる前に、ウォルトが立ち上がりコルトの胸倉を掴んだ。煮えたぎるような憤怒の瞳を、コルトに向ける。


 「てめぇ何が誤解だ!!ふざけんじゃねぇ!!」

 「ちょ、ちょっと待てウォルト!!」


 リークが間に入るが、ウォルトの耳には届かない。更に力を込めて首を絞めあげ、噛み殺す勢いで押し倒した。


 「ふざけんじゃねぇぞ!!てめぇが余計な真似しなきゃ、こんな事にはならなかったんだ!!」

 「よせ!ウォルト!!落ち着け!!」

 「やかましい!!コイツ…コイツだけは…!!」


 ウォルトがリークを跳ね飛ばした隙に、コルトは息を吸い込んだ。


 「人のせいにするんじゃねーよ!大体、お前がいつまで経ってもハッキリさせねぇからだろうが!」

 「…黙れ。」

 「サーヤへの気持ちだって、頑なに否定し続けたのはお前だろう!」

 「黙れ。」

 「だから俺が、サーヤに惚れてるなんて嘘まで吐いたってのに…」

 「黙れって言ってんだろうが!!」


 ウォルトの声が響き渡る。辺りは水を打ったように静まり返り、周りにいた者は固唾を飲んで主の様子を窺っていた。

 リークがその中にいる兵士に向かって、手を上げて指示を送る。それを受け取った兵士たちがこの場から立ち去るよう、指示を出して回った。


 中庭に残された三人の間に沈黙が訪れる。コルトは腹の上で項垂れるウォルトの顔を見上げて、ハッと息を呑んだ。


 「ウォルト、お前…。」


 顰めたゴールドブラウンの瞳から、大粒の涙が零れる。

 押し殺すような呻き声を漏らし、コルトの服を手放した。


*


 太陽が真上に上がり、いつもより強い日差しが辺り一帯に降り注ぐ。

 中庭の真ん中で呆然と座り込むウォルトに、リークは溜息を吐いた。


 「とにかく、このままここにいても仕方がありません。コルト、あなたは隊に戻って下さい。ウォルト様、すぐに巫女殿に連絡しますから一旦執務室にお戻りください。」


 コルトが立ち上がり、一礼してから立ち去った。が、ウォルトは立ち上がろうとしなかった。

 項垂れたまま微動だにしないウォルトに、リークはポツリと呟いた。


 「…それにしても、サーヤ様はウォルトの事好きだったんだね。でもなぁ…こんな状態のウォルトじゃあ、彼女を探しにも行けないか…。」

 「…。」

 「もし、サーヤ様が思い直してこちらの世界に戻ってくるとしたら、どこに現れるんだろう。」

 「…!」

 「あ、でももしかしたらもう帰ってきてたりして?まだ間者がうろついてるかもしれない森なんかに現れちゃったら…ましてや、そいつらに見つかったりなんかしたら…。」


 リークが「ヤレヤレどうしよう」と溜息を吐くと、ウォルトはカッと目を見開き立ち上がった。


 「リーク!俺は今から、以前サーヤが現れた森へ向かう。お前は巫女殿に連絡した後、サーヤが現れるまで森全体を警備するよう各隊の隊長に連絡しろ!巫女殿への文面はお前に任せる!」

 「畏まりました。お気を付けて。」


 ウォルトが走り去る背中を見届けた後、リークは急いで執務室へと向かった。


*


 キールから森へ抜ける道を、ウォルトは一人、馬に乗って駆け抜けた。

 彩綾と出会った場所へと向かい、辺りを見渡す。鳥の声すら聞こえない程の静寂が、ウォルトの心を追い詰める。

 胸の石を握り、集中しようとするが上手くいかない。


 ----クソッ…!ダメだ、頭ん中ぐちゃぐちゃで…わからねぇ。

 

 舌打ちをして、手綱を握り締める。無意識に二人が初めて向かい合った場所を見つめていた。


 ----…あそこだ。あの場所で、俺たちは再会したんだ。


 彩綾を見つけた瞬間の胸の高鳴り。

 彩綾の顔を認めた時の心臓の鼓動。

 彩綾の声を聞いた時の恍惚感。


 ----そういや、あの時アイツに思いっきり殴られて、尻を打ったんだったっけ。


 その時の彩綾の顔を思い出しながらクツクツと笑っていると、それだけで気持ちが落ち着いてくる。ウォルトはもう一度石を握り、集中した。


 ----この辺りに人の気配は無い、か。仕方ない…片っ端から回るしかねぇな。


 ウォルトは手綱を捌いて馬を走らせ、気配を探って回った。

 いつの間にか陽が落ち、辺りに闇が落ちる。

 彩綾を見つけられないまま、ウォルトが城に戻ったのは夜も更けきってからだった。


*


 ウォルトが門をくぐり、従者に馬を預けていると、慌てて走ってくるリークの姿が目に入った。


 「ウォルト様!良かった、戻られたのですね!」

 「…なんだ、そんなに慌てて。」


 リークは息を切らしながら、なんとか声を振り絞った。


 「先ほどから、巫女殿が来られてます!チェスター様と、シューゼル様もご一緒です!」

 「何だと!?」

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