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Changeling  作者: みのり
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 フィグが一旦話を途切れさせたタイミングで、レティーナは水差しからカップに水を注ぎ入れ、フィグの口へと運んだ。そしてゆっくりと身体を横たえると、少し顔を顰めて再び話し始めた。


 「今のシェランドルがあるのはウォルトや君の部下たちのおかげだ。でもその分、石を酷使し続けただろう?特にこの1年はほとんど使っていなかったはずだ。…父は、そこに目を付けた。君が石を使わないんじゃない、使()()()()んだと思い至った。そして、28年前に成しえなかったことを、今度こそやり遂げようと決意した。」


 「そして半年ほど前、ついに恐れていたことが起こった。僕は父に呼ばれて書斎に行った時、こう告げられた。『巫女の取り換え子を、隣国シズニルブ王国へ連れて行く』と。そして『琥珀色の石の継承者(ウォルター・クレイス)もだ』と。僕は思いきり頭を殴られたような気分だった。父に悟られないよう、必死で声が震えるのを抑えていた事を今でも覚えているよ。」


 「父は、ウォルトが完全に石を使えなくなるのを待った。何年かかろうと、必ず成し遂げるために。そして、数か月前から反国王派の貴族を裏で操り、国王派の貴族を襲撃し始めたんだ。現場にも自分にも一切の証拠を残さないよう手を回していた。その頃から僕はレティーナと会う回数を減らしたが、侍女に間に立ってもらい互いの情報交換だけは続けた。シェランドルからの情報は、ユアンに頼んだ。といっても城内での君の様子をたまに知らせてくる程度だが、それでも僕やレティーナが安心を得るには十分なものだった。」


 「そんなある日、ユアンから信じられない報告があった。碧い石の巫女が現れ、シェランドル城で保護されている、というものだった。そして、すでに父が気付いている、と。僕は血の気が引く思いだった。すぐにレティーナの元へ行き、確かめたんだ。そうしたら彼女は『私が呼びました』と言った。もうこれ以上はウォルトの身が危ない、と。」


 「僕は悩んだ。確かにこのままでは、いずれレティーナは攫われ、ウォルトは力を使えず捕まるだろう。そしてこの国は…。ならば父を止めるには、ウォルトが力を使えるようにする方が希望はあるかもしれない。でもそれはとても危険な賭けだった。用済みになったレティーナが、殺されてしまうかもしれないからだ。それからはより慎重に行動するようになった。父も、この予測不可能な出来事に相当焦っていたから、どんな行動を取るのかわからなかったんだ。」


 「…後は、君たちも知る通りだ。サーヤさんの存在に焦った父は、サーヤさんがクレイス家の屋敷から離れる夜会に目を付け、強行に及んだ。塔に向かう途中、僕はウォルトが間に合ってくれることだけを祈って、途中で馬車を乗り換えさせたんだ。少しでも時間を稼ぐためにね。それなのに、まさかレティーナまで付いてくるとは思いもよらなかった。本当に、心臓が止まるかと思ったよ。」


 フィグは話し疲れたように、大きく深呼吸をした。そして、レティーナに視線を向け、手を握って穏やかに微笑んだ。


 「でも…無事で良かった。レティーナに何かあったら僕は生きていけない。レティーナが巫女である以上、僕たちは結婚することはできない。それでも、父親になることはできる。いずれその子が次代の巫女を受け継いだその時は、僕はレティーナを妻に迎えたいと思っている。」


 フィグの言葉に、レティーナは瞳に大粒の涙を溢れさせて微笑んだ。フィグの手を取り、頬に当てる。二人の幸せそうな笑顔を見て、彩綾とウォルトは療養室を後にした。


*


 「ったく、まさかアイツらがそういう関係だったなんてな。ある意味、今までの中で一番驚いたよ。」


 シェランドルへ向かう馬車の中で、ウォルトが呆れた顔でぼやいていた。彩綾はクスクスと笑いながら、ふとウォルトを見ると、その横顔がとても嬉しそうに緩んでいる。彩綾の視線に気付いたウォルトが「なんだ?」という視線を向けると、彩綾は頬を染めて慌てて視線を外した。


 ----そ、そういえば、まだちゃんとお礼言ってなかったわよね。今なら二人きりだし…。


 あの、と彩綾が言いかけた時、先に口を開いたのはウォルトだった。


 「ところでお前、本当にあと数日屋敷(うち)にいなくても良かったのか?俺としてはその方が助かるが…。」


 彩綾はフィグへのお見舞いと同じ日に、シェランドルに帰ることを決めた。当然シャロラインもセレリーナも反対したが、これ以上クレイス家にいると帰りたくなくなってしまう気がして怖かった。

 今朝、クレイス家の人々と別れの挨拶をしてからフィグとレティーナの元へ行き、そのまま本殿にあるモンドールの執務室へと向かった。部屋にはモンドールとチェスター、シューゼルが待っていた。


 「父上、お忙しいところ申し訳ありません。チェスター兄上、シューゼル兄上も、来ていただきありがとうございます。」

 「いや、構わない。サーヤさん、貴女には本当に申し訳ないことをした。必ず守ると言いながら、結局貴女を危険な目に遭わせてしまった。私の力不足をどうか許して欲しい。」


 モンドールが頭を下げると、彩綾は口から心臓が飛び出そうになった。抜けていきそうな魂の尾を必死に掴み、両手を大きく振った。


 「そ、そんな!頭を上げてください!お父様のせいではありません!」


 その時、モンドールはバッと顔を上げて目を見開いた。


 「…今、なんと?」

 「え?頭を上げてください、と。」

 「そうではなく、その後、なんと言った?」

 「?お父様のせいではありません…?」


 モンドールが固まっていると、彩綾は自分の言葉にハッとした。

 彩綾は、今までクレイス家の人々を呼ぶときに『ウォルト視点』で呼んでいた事に気が付いた。ずっと保育士をしていた事もあり、園児と保護者に挨拶をするときに『○○ちゃん、()()()()()()()()、おはようございます!』と言う癖が身に染みついていたのだ。

 彩綾は失礼な事を言ったような気がして、咄嗟に言い訳をしようとモンドールの顔を見た途端、息を呑んだ。


 ----え…な、何、この笑顔…。


 モンドールは彩綾をふわりと抱くと、抱きしめたまま優しく頭を撫でた。まるで、父親が幼い娘をあやすような仕草に、彩綾は目頭が熱くなるのを感じた。


 「サーヤさん、私を父と呼んでくれること、本当に嬉しく思う。私も、貴女を本当の娘の様に思っている。困ったことがあればいつでも私を頼りなさい。ウォルト(これ)が役に立たん時は、特にな。」

 「父上、一言余計です。」


 ウォルトが半目で言うと、チェスターがクスクスと笑いながら一歩前へ出た。そして彩綾を優しく抱くと、背中をトントンと叩いた。


 「サーヤさん、あれ以来なかなか時間が取れずに申し訳なかった。今度はぜひ私の屋敷にも来てくれ。少し王都から離れているが、シェランドル程遠くはないからね。ウォルト(これ)に腹を立てたら、いつでもセレリーナが話を聞いてくれるだろう。」

 「チェスター兄上まで…。」


 チェスターが下がるとシューゼルが前に進み、思いきりギュッと抱き締めた。ウォルトがピクリと片眉を上げて「おい」と言うが、シューゼルは意にも介さない。


 「サーヤちゃん、わざわざあんなシェランドルみたいな男臭いとこに行かなくたっていいのに!自然は美しいけど男臭いし。街は賑やかだけど男臭いし。皆いい人ばっかだけど男臭いし。ウォルト(これ)の相手が面倒臭くなったら、いつでもうちにおいでよ。今度は僕が街を案内するからさ。」

 「臭い臭い言うな!」


 彩綾からシューゼルを引き剥がすと、ウォルトは彩綾の腰にポンと手を当てた。彩綾はモンドールに向き直り、以前マナー講習で習ったお辞儀をした。


 「…お父様、お兄様方、本当にありがとうございました。…この世界に来た時、正直すごく怖くて、わけがわからなくて、不安で仕方なかったんです。でも、皆さんが…温か…く迎えて下さったおかげで…、私にも…うっ…家族がいる…んだって、ヒック…思えたのが…ほ、本当に…う…う、嬉しくて…。あ、あり…ありがとう、ございました…。」


 なんとか声を振り絞り、彩綾は両手で顔を隠した。涙でぐちゃぐちゃになった顔を見られるわけにはいかない。きっと化粧も取れて酷い顔になっているはずだ。それでも溢れる涙を止めることはできなかった。


*


 馬車の中に陽が差し込み、ウォルトはその眩しさに片方の窓のカーテンを閉めた。

 彩綾は膝の上に視線を落としながら、手に持っていたハンカチを握った。顔を拭くようにと、ウォルトが渡してくれたものだ。男性用のシンプルなデザインだったが、手触りの良さから上等なものだとわかる。涙を拭いた時、ほんのりと柑橘系の良い香りがした。


 「うん、いいの。あのままあのお屋敷にいたら、居心地が良すぎて毎日ダラダラしそうだしね。それよりもシェランドルで子供たちといっぱい遊んで身体を動かしたいわ。」


 『子供たち』という言葉に、彩綾とウォルトはピタリと止まった。二人同時にあの顔が思い浮かぶ。


 「そういえば、ユアンってフィグの密偵だったのよね。全っ然わからなかったわ…。」

 「あぁ、あれには流石の俺も驚いた。まぁ、他の子供と比べて少し大きいとは思っていたが、まさか14だとはな。アイツ、結構本気じゃねぇか…。」

 「は?何が本気なの?」

 「いや、何でもない。それよりさっき何か言いかけてなかったか?」


 ウォルトがゴホンと咳払いをすると、彩綾は慌てて座り直した。


 「あ、うん。その…まだアンタにちゃんとお礼を言ってなかったなって思って。あの時、助けに来てくれてありがとう。それから、動くなって言われてたのに…勝手なことしてごめんなさい。」


 彩綾が頭を下げると、ウォルトは目をパチパチさせた。はぁ、と小さく息を吐くと、ガシガシと頭をかいた。


 「お前が謝る事じゃないだろう。そもそも、俺がお前を置いて飛び出して行ったのが悪かったんだよ。お前を一人にさえしなきゃ、お前はあんな目には遭わなかったんだ。俺の方こそ、悪かったよ。」

 「…そうよね。」

 「ん?」

 「よくよく考えたら、私悪くないんじゃない?」

 「いや…えぇ…?」

 「だってアンタ、フィグの事怪しんでたんでしょう?先にちゃんと言っといてくれたら私だってホイホイついて行ったりしなかったのに!」

 「いや、そうかもしれねぇけど、まだ確信があったわけじゃなかったんだから、しょうがねぇじゃねーか。大体、動くなと言われて動いたのはお前だろ?犬でも待てって言われたら大人しく待ってるっつーのに。」

 「ちょっと!私が犬以下だって言うの!?」


 ぎゃあぎゃあと喚き合う二人を乗せた馬車は、夜遅くにシェランドル城に着いた。

 灯された明かりがパチパチと音を立てて辺りを照らしている。揺らめく炎が闇空に吸い込まれ、シェランドル城を不気味に浮かび上がらせていた。

 城門まで迎えに出てきたリークとナタリーが主の無事を確認すると、ナタリーが一直線に彩綾の元へと走ってきた。


 「サーヤ様!あぁ本当に、ご無事で何よりでしたわ!危ない目に遭われたと聞いて、私、心臓が止まるかと思いました。本当に…ううぅ…。」

 「ナタリーさん、ご心配をおかけしてすみません。私はなんともありませんから。」


 彩綾がナタリーを宥めていると、リークがそっと近付いてきた。リークも後処理に追われていたのか、明かりを受けた顔が少しやつれたように見えた。


 「サーヤ様、本当にご無事で何よりでした。お部屋にお食事を運ばせますので、ごゆっくりお休みください。」

 「ありがとうございます。リークさんにも、ご心配をおかけしてすみませんでした。」

 「リーク、俺の分も部屋に運んでくれ。今日はもうそのまま寝るから、明日の朝執務室まで来るように。」

 「畏まりました。」

 「サーヤ、お前も今日はゆっくり休めよ。あれ以来まともに寝れてなかったんだろ?」


 ウォルトの言葉に、彩綾はポカンとした。事実、彩綾は誘拐されたあの日以来、眠れない夜が続いている。昼間の明るい時間に人の気配がして、ようやく眠れるといった状態だった。

 彩綾がまじまじとウォルトを見つめていると、ウォルトは口角を上げてふんっと笑った。


 「肌が荒れてるぞ。」

 「なっ…!!」


 そのままじゃ老けるぞ、と笑いながら城内へと入っていく後姿を睨みつけながら、彩綾は自分の顔が赤くなっているのを誤魔化した。


 ----ホンットに憎たらしい!!


 食事をとった後、部屋に用意されたお湯と布で全身を清めると、すぐにベッドへと潜り込んだ。

 今夜は眠れるかもしれない、と閉じた瞼の裏には、紅く光輝くウォルトの姿が映っていた。


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