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Changeling  作者: みのり
54/71

53

 殺気がひしめく塔の前の広場で、燃えるような紅い光を纏った男がいた。


 ----ドクンッ…ドクンッ…


 ハッハッ、と短い呼吸を繰り返し、体中の血管が浮かび上がる。

 筋肉が盛り上がり、皮膚は燃えるような赤味を帯びはじめた。


 ----ドクンッ…ドクンッ…ドクンッ…ドクッドクッドクッドクッ…


 髪は立ち上がり、瞳はゴールドに変わり獰猛な輝きを放つ。


 「うぅおおおぉぉあああああぁぁぁぁ!!!!」


 咆哮は天まで轟き、馬上で剣を構えるその姿は見る者すべてを震え上がらせた。


 「うわっ!あれウォルトかよ!」

 「…そのようですわね。私は浄化に入ります!シューゼル様、しっかり護衛して下さいね!」

 「あぁ、こっちは任せな。アイツには及ばないが、クレイス家稀代の剣の腕を見せてやるよ!!」


 二人は馬から降りると、レティーナは馬を背にして立った。シューゼルはニヤリと笑い、剣を構えてレティーナの前に出る。

 レティーナは大きく息を吸い、すうぅと細く長い息を吐くと、意識を集中させた。

 全感覚の神経を、深く深く沈めていく。身体の奥底にある核が弾けた瞬間、深緑色の光が炎の様に舞い上がり、レティーナの身体を覆いつくした。


 「何をしている!相手はたった三人だ!!かかれ!!」

 「「「うおおおおぉぉぉ!!!」」」


 坊主頭の怒声に、一度は怯んだ兵士たちが再び襲い掛かる。ウォルトは手綱を握り締めて馬の腹を蹴り上げると、剣を水平に構えて駆け出した。

 身体を横に傾けて剣を一振りすれば、二・三人の兵を一気に切り捨て、切り返す剣で数人を仕留める。二本の腕とは思えない速さと破壊力で、前方にいた兵士の殆どがすでに肉塊と化していた。


 ----…うるさい…


 塔の上からレティーナを狙った矢が放たれ、シューゼルがすぐに察知して剣で叩き折る。二人を狙った兵士が取り囲み、一人が剣を構えて振りかぶった。

 その瞬間、目にも留まらぬ速さで腕の付け根を一刺しすると、兵士は目を見開いてドクドクと足元に血溜まりをつくったまま倒れた。

 そのあまりにあっけない顛末に場が凍り付くと、その隙をついてシューゼルが走り出した。やや低い体勢で剣を構えて一気に駆け抜け、相手が構える動きの隙を狙って剣先を突き刺した。無駄の無い動きと的確に急所を狙った剣捌きで、瞬く間に辺りを血の海にしていく。

 不敵な笑みを浮かべて返り血一つ浴びずに次々と敵を薙ぎ倒す姿は、背筋が凍るような美しさを漂わせた。


 ----…どこだ……サーヤは…どこ…


 「馬だ!馬を狙ってヤツを引きずり降ろせ!!」


 坊主男の怒号に応えるように兵士が一斉に駆け出すと、ウォルトは走る馬から飛び降り、低い姿勢のまま敵陣へと駆け出した。

 飛んでくる矢を叩き折り、突き刺す槍を躱しながら、剣を振りかぶって飢えた獣のように相手の喉元に突き刺す。そして突き刺したまま走り続けて剣を抜き、門が見える位置にまで来た時、中から出てくる長身の男と目が合った。


 ----フィグ!!


 ウォルトがフィグの姿を認めたと同時に、フィグもまた目を大きく見開いてウォルトを見た。

 ウォルトはギリッと奥歯を鳴らすと、再び咆哮を上げた。剣を構え、地を蹴りあげる。駆け抜けたウォルトの後ろには誰一人立っている者はいなかった。


 その時、遠くから微かに蹄の音が聞こえてきた。


 「…ハァ、ハァ…へへっ、なんとか間に合ったみたいだな。」


 シューゼルがボソッと呟くと、異変に気付いた兵士が大声を張り上げた。


 「なっ…!!おい!何か来るぞ!!」

 「何だ!?何だあれは!!」


 広場にいた者すべてが林の方へと目を向けると、バーヴェルク王国の旗を翻した軍隊が、馬蹄音を響き渡らせながら押し寄せてきた。


 坊主男は驚愕で目を見開くと、近くにいた兵士に怒鳴り散した。


 「おい貴様!!すぐにグランテール伯爵様に報告して来い!!」

 「は、はいっ!畏まりました!!」

 「父はあちらの崖の向こうにおられるはずだ。走れ!」


 横からフィグが指示を出し、一瞬三人の方へ視線を投げると、フィグも兵士の後に続いた。


*


 崖の向こうから現れたベルシモンの後ろから見慣れた栗色の髪が目に入り、ウォルトは咄嗟に大声を張り上げた。


 「サーヤ!サーヤ!そこにいるのか!!」

 「…ウォルト?ウォルト!ウォルトーーー!!!」


 彩綾は胸が締め付けられるような苦しみの中、必死に大声で叫んだ。

 ベルシモンがゆっくりと地表に上がると、彩綾も兵に腕を掴まれたままベルシモンの傍へと連れられた。


 「貴様…ウォルターか。ふっ、その姿、まさに悪魔よ…。」


 ベルシモンが顔を歪ませながら吐き捨てるように呻くと、現れた軍隊の先頭にいる馬上の騎士を睨んだ。


 「…モンドール・クレイス。貴様…。」


 その時、戦意を喪失した兵士たちの奥にいる深緑色の光を纏った女の存在に気付き、驚愕に目を見開いた。


 「なんだと!?あ、あれは…碧い石の力か!どういう事だ!あれは、継承者にしか使えないのではなかったのか!!」


 ベルシモンが口をわなわなと震わせながら、鬼のような形相で彩綾を振り返る。彩綾は震える足を叱咤しながら、真っ直ぐにベルシモンを睨み返した。


 「そんな事、私にはわかりません。ただ彼女は、本来の継承者である私よりも碧い石の巫女に相応しかった、というだけの事です。ですから、私はすでに巫女ではありません!」


 彩綾の言葉に愕然としたベルシモンは、「おのれ…」と低い声を絞り出すと、再び彩綾の顔をじっと見つめた。そしてチラとウォルトの方を見やるとニヤリと笑い、おもむろに剣を抜いて彩綾の首元にピタリと当てた。


 「聞け!ウォルター・クレイス!この女の命が惜しくば、剣を捨て、すぐに石の力を解くんだ!」

 「クッ…!」


 ウォルトは動かないままフィグの方へ視線を移すと、フィグは小さく頷いた。再びベルシモンへ視線を戻すと剣を捨て、目を閉じる。すぅっと身体を纏う紅い光が消え失せ、瞳からは獣のような光が消えていた。

 それに呼応するように、レティーナの光もゆっくりと消え始める。


 「…ベルシモン・グランテール。貴様、自分が何をしているのか分かっているのか。」

 「…ふん、何も知らん若造が。せめて大人しく種馬にでもなれば、まだ可愛げがあったものを…。」

 「サーヤを離せ。彼女はもう巫女ではない。碧い石は、レティーナ殿が受け継いだ。彼女は無関係だ。」

 「ふっ、それはどうかな…。貴様にとっては、レティーナよりもこの女の方が大事なんじゃないのか?それこそ、碧い石よりも、な。」

 「やかましい!お前の目的は碧い石とその巫女だろうが!どの道お前に逃げ場はない。さっさと諦めた方が身の為だ。」


 ウォルトが睨みつけるように言い放つが、ベルシモンは涼しい顔で受け流した。

 彩綾に剣を当てたまま、ゆっくりと彩綾の後ろに回る。次の瞬間、彩綾の髪を鷲掴み、後ろへグイッと引っ張って喉をさらけ出させた。


 「きゃあっ!!」

 「サーヤ!!貴様ァ!!」

 「よく聞け、サーヤ。碧い石をレティーナに渡したとはいえ…お前にも石を使える事に変わりはない。そうだな?」


 ベルシモンの身震いするような冷ややかな声に、彩綾はゴクリと唾を飲み込んで小さく頷いた。ベルシモンは掴んだ髪を離し、剣を当てたまま視線をウォルトに向けた。


 「若造、今すぐレティーナをここへ連れてこい。もちろん、碧い石を持たせたままだ。」

 「…どうするつもりだ。」

 「言われた通りにしろ。それとも、すでに巫女ではないこの女は、もういらんのか?」

 「クッ…!」


 ウォルトは奥歯を噛み締め、ベルシモンを睨み据えたまま、後ろにいるレティーナに声をかけた。


 「巫女殿!碧い石を持ってこちらに来てくれ!すぐにだ!ただし一人では来るな!兄上と来るんだ!」


 ウォルトの言葉にピクリと反応したレティーナは、シューゼルと顔を見合わせ足を踏み出した。

 レティーナの後ろをシューゼルが歩き、周りを警戒する。その様子を見ていたベルシモンが、チラと塔の上に視線を移した。

 レティーナはウォルトの側まで来ると足を止め、彩綾の姿を見てキュッと唇を噛んだ。


 「…お待たせいたしました。」

 「レティーナよ、お前がこの女から碧い石を継承したというのは真か?」

 「はい。」

 「…ふん、まぁよい。どちらにせよ、所詮は取り換え子に過ぎんお前が持っていても仕方のないもの。碧い石をこちらに渡せ。お前たちは動くな。」


 ベルシモンは彩綾の首に剣先を押し付け、フィグを横目に見た。


 「フィガロ、レティーナから碧い石を受け取ってこい。」

 「はい。」


 レティーナが前へと進み、ウォルトとベルシモンのちょうど真ん中辺りまで来ると、フィグがレティーナの元へと向かった。

 フィグがレティーナを見下ろし、手を差し出す。レティーナはゆっくりと首から外すと、フィグの手にそれを渡した。

 フィグが踵を返してベルシモンの元へ石を渡しに行こうと、数歩進んだ時だった。

 ベルシモンが片手を上げ、カッと目を見開き大声で命じた。


 「レティーナよ、この世に巫女は二人もいらん!消えよ!!」


 ベルシモンが上げた手を振り下げる。その合図を出した途端、塔の上から矢を放つ音が聞こえた。


 ----まずい!!間に合わん!!


 ウォルトが咄嗟に駆け出そうとした、その時だった。


 「レティーナ!!!」


 放たれた矢がフィグの左肩に深く刺さり、レティーナへと倒れ込んだ。

 一瞬の出来事に、その場に静寂が訪れる。その光景を見た者は一体何が起こったのか分からなかった。


 ----え!?え!?どういう事!?


 「フィガロ様!フィガロ様!!いやあぁっ!!」


 レティーナの悲痛な叫びにハッと我に返った彩綾は、ベルシモンの顔を覗き込み息を呑んだ。激しい憤怒に顔を歪ませ、彩綾の首に当てている剣先はカタカタと震えている。

 彩綾は今度こそ終わりだと覚悟した。


 「フィガロ…貴様…、この父を裏切るのか…!」


 ベルシモンは煮えたぎる激情の矛を息子に振り下ろさんとばかりに、剣を構えた。

 彩綾の髪を掴んでウォルトを睨み据えたまま、フィグの元へと大股に近づく。地面に崩れた二人を氷の刃で射殺すかのように、ギロリと見下ろした。


 「フィガロ…貴様、レティーナと通じておったか…。」

 「父…上…。もう…おやめ…下さ…い…。」

 「黙れ!!よくもこの父を裏切ったな!!」


 激昂するベルシモンに、フィグはハクハクと口を震わせ、言葉を振り絞った。


 「父上…貴…方は、間違っ…て…る。こ…な事…をしても…、また…繰りか…え…」

 「くっ…この馬鹿者が!!貴様からあの世へ送ってやるわ!!」


 ベルシモンが彩綾を突き飛ばすと、剣を構えて刺し貫こうとした。


 「フィガロ様!!」

 「レティーナ…逃げ…」


 ----嘘!!やだ!!やだあぁぁぁ!!


 レティーナがフィグに覆いかぶさり、彩綾が咄嗟に両手で顔を覆う。


 ガッ!!ガキンッ!!


 閉じた瞼の向こうから、金属音が鳴り響く。静寂の中、彩綾が指の間から恐る恐る覗き見ると、目の前の光景に驚愕した。

 塔にあるベルシモンの部屋からここまで彩綾を連れてきた兵士が、二人の前に立ちはだかっている。剣を抜き、ベルシモンの剣を受けていた。


 「なっ!貴様、何者だ!!」


 ベルシモンが目を見開いて一歩下がると、兵士はスッと立ち上がり、面兜を外す。黒い髪が風に舞い、深い緑の瞳を光らせる。

 その顔を見たウォルトと彩綾が、驚愕のあまり言葉を失った。


 ----ユ…ユアン!!!


 剣を下げ、ベルシモンの前に悠然と佇む兵士は、彩綾がシェランドル城の広場で一緒に遊んでいた少年、ユアンだった。ユアンは持っていた剣を捨て、腰に差していた二本の剣を取り出すと、ベルシモンを睨み据えたまま腰を低く構えた。

 低く、冷たい声で淡々と答える。


 「俺の名はユアン。フィガロ様に仕える者だ。」


 ----な、なんだと!?じゃあ、アイツがシェランドル(うち)に来たのは偶然じゃ無く、フィグの命令だったってのか!?


 ----さっき感じた違和感はこれだったのね!私の腕を掴んだ手が、大人にしてはやけに小さめだと思ったのよ!!


 ウォルトが唖然としていると、同じように口を開けて呆然と立ち尽くしている彩綾が目に入った。チラとベルシモンに視線を移す。動くなら、今しかない。ウォルトが石を握り締めようとした、その時だった。

 ベルシモンが彩綾へと狙いを定めて腕を伸ばし、駆け寄ろうとした。が、ユアンの方が早かった。

 彩綾の前に躍り出ると、剣を構えてベルシモンが振り下ろした剣を受け流す。そのまま相手の力を利用するように弾き返すと、ベルシモンが体制を崩して一瞬の隙ができた。


 その後の展開は、あっという間だった。

 琥珀色の石を発動させたウォルトが一瞬のうちに間合いを詰め、渾身の力を込めてベルシモンの顔と腹に拳を叩き込む。


 ベルシモンは地面に倒れ込み、起き上がることは無かった。

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