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Changeling  作者: みのり
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 オーケストラの曲調が変わり、ダンスタイムが始まっていた。主催者である王太子と王太子妃がダンスを踊った後、それぞれがパートナーを代えながら順番にダンスを踊っている。人気のある男女はほとんど休みなく踊り続けているが、そうでもない者は壁の花で終わる事もしばしばだった。

 レイシーも、もちろん例外ではない。元々人気があっただけにダンスの申し込みも相当数あったが、小柄な身体の割に体力があるようで、すでに連続4曲目に突入していた。

 ダンスタイムの前に彩綾がレイシーの体力を心配してその話題を振ると、「体力をあまり使わないように、踊り方にコツがあるのです」と説明してくれた。が、結局は若さの賜物で彩綾には役に立ちそうになかった。

 ソファに座りながらぼんやりとダンスを眺めている間、レイシーの言葉を何度も思い返していた。


 ----『パートナーとは、将来を誓ったお相手の事を指すのですわ。』


 彩綾は何度目かになる赤面を隠すように顔を両手で覆うと、自然に上がる口角を必死で下げていた。


 ----いやいやいや、まだそうと決まったわけじゃないもの。別に本人から聞いたわけじゃないし?元々が女タラシなんだから、ちょいちょい迫ってくるキスにだって深い意味はないかもしれないし?


 それでもフワフワと揺れてしまうのは、まるで『犬の尻尾は正直』状態だった。

 彩綾が曲に合わせて小さく身体を揺らしていると、頭上から不意に声をかけられた。


 「やぁ、サーヤさん。こんなところでどうしたの?踊らないの?」

 「あら?フィグじゃない。ふふ、私はいいのよ。踊れないもの。あなたはお仕事中じゃないの?」

 「今ちょうど休憩時間なんだ。妹がどうしているのかと思って。」


 フィグが仕草で「座っても?」と聞いてきたので、彩綾は快く承諾した。フィグの妹を心配する兄心に、微笑ましい気持ちになる。バドリックとの事を言ったらどうなるのだろうと内心ワクワクしていると、フィグは隣に座ってレイシーを見ながら呆れたように呟いた。


 「本当に我が妹ながら、あの小さい身体のどこにあんな体力があるんだか。」

 「あら、あれぐらいは普通じゃ無いの?」

 「まさか!一曲踊るのも結構体力を使うんだよ。もちろん男女では力の使い方が違うけれど、それでも連続で踊り続けるのは結構大変なんだ。」


 彩綾が素直に感心していると、フィグは思い出したようにキョロキョロと辺りを見渡した。


 「あれ?そういえばウォルトは?一緒じゃ無いの?」

 「あぁ、ウォルトなら今席を外してるの。すぐに戻ってくるんじゃないかしら。」


 ----あれ?でも、いくらなんでも遅くない?あれから結構時間経ってるわよね…。


 「そうなんだ。まったく…美しいご婦人を放っておいて何やってるんだろうねアイツは。」


 彩綾がクスクスと笑っていると、フィグが近くにいたウェイターを呼んだ。


 「あっ!!」

 「えっ!?」


 フィグがウェイターからグラスを受け取ろうとした時、ウェイターの持つトレイがぐらりと傾いた。保育園で子供を危険から守る為に培った抜群の反射神経で咄嗟に避けたが、それでも裾に葡萄酒がかかってしまった。


 「た、大変申し訳ございません!」

 「いいのいいの、これぐらい。気にしないで。」


 泣きそうな顔で必死に謝るウェイターに彩綾は手を振って宥めたが、フィグはバッと立ち上がり彩綾の手を取って立ち上がらせた。


 「ダメだよ、折角のドレスが台無しだ。すぐに洗い流せば間に合うだろうから、控室まで案内するよ。すぐに水を用意させるから。」


 フィグの懇願するような申し出に、彩綾は一瞬躊躇った。チラとレイシーの方を見るが、まだダンスは終わりそうにない。この場を離れて良いものか迷ったが、ウォルトの隣でこんな姿でいるわけにもいかない。すぐに戻れば問題無いだろと思い直して、フィグの提案を受け入れた。


 「それじゃあ、そうさせてもらおうかしら。」


 彩綾はフィグにエスコートされながら会場を後にした。


 会場を出て廊下を進んだ先の階段を下りると、さらに廊下が続いている。仄暗い廊下の左右には等間隔に扉があり、部屋というには他の扉よりも質素な造りになっていた。少し離れただけで一気に人気の無くなる空間に肌寒さも手伝って、彩綾はフィグの腕を掴む手をキュッと握った。


 「あの…フィグ?どこまで行けばいいのかしら。あまり離れるとレイシーもウォルトも心配するだろうから…。」


 彩綾に声をかけられても、フィグは歩く足を止めようとはしなかった。どんどんと廊下を進み続け、気が付けば音の無い静かな場所に辿り着いていた。

 彩綾の胸に、不安がよぎる。隣を歩くフィグの顔を恐る恐る見上げると、その不安が現実味を帯びた。


 ----何?この冷たい横顔…。


 彩綾は底知れぬ恐怖に息を呑んだ。途端に足がすくみ、上手く歩けなくなる。よろめくようにしてフィグの腕を引っ張ると、フィグは足を止めて振り向きニコリと微笑んだ。


 「サーヤさん、どうしたの?早くしないと、シミになってしまうよ。」

 「いいえ…その…。やっぱりもういいわ。皆も心配するといけないし、戻りましょうか。」


 彩綾は何とか平常心を保とうと、取り繕った笑顔のまま来た道を戻るために踵を返した。が、やはり一度自覚した恐怖が、彩綾の脚をもつれさせる。後ろでフィグが小さく溜息を吐いた。


 「仕方ない、か。」


 フィグが後ろから彩綾の腕を掴み、抱きかかえるように引き寄せて、彩綾の鼻と口に布を押し付けた。予想外の出来事に、頭が真っ白になる。彩綾はなんとか身を捩ろうともがいたが、屈強な騎士に掴まれては身動きすらもできない。

 段々薄れゆく意識の中で、「ごめんね…」とフィグの声が聞こえた。


*


 会場から抜け出して、建物の外へ出る。ウォルトが向かった先は、彩綾と話していたバルコニーの辺りだった。月の明かりに晒されないよう影に紛れて慎重に進むと、目的の場所に辿り着いた。息を殺して辺りの様子を窺う。目線を上げれば、ちょうどそのバルコニーがあった。


 ----確かこの辺りだ。暗くてハッキリとは見えなかったが、あの時確かに誰かがここにいた。


 バルコニーのガラス扉を閉める時、闇に紛れてこちらの様子を探るような視線を感じた。咄嗟に気付いていない振りをしたが、もしかしたら気付かれたかもしれない。ウォルトが胸に手を当てて意識を集中して辺りの気配を探ったが、すでに人の気配は消えていた。


 ----逃げられたか、それとも別の場所に移動したか…。


 ウォルトは踵を返し、念の為にバドリックに教えてもらった人気のない場所を見て回ることにした。会場からそれ程離れていない倉庫部屋のフロアだけでも相当な広さがある。ウォルトは倉庫部屋のフロアを後回しにして、先に建物の周りを見て回った。


 ----建物周りはさすがに警備が厳重だな。上からも見張りを立てているようだし、やはり中か…。


 ウォルトが建物内を見回る為に門へと向かうと、こちらに向かって走ってくる大男が目に入った。


 ----だから、なんでアイツは遠目でもあんなに目立つんだよ。


 ウォルトが思わず噴き出すと、額に大量の汗をかいたバドリックが息を乱すことも無く口を開いた。


 「ウォルト様!ああ、良かった!お会いできて良かった!」

 「そんなに慌ててどうしたんだよ。何かあったのか?」


 ウォルトがクツクツと笑っていると、バドリックが真剣な表情でウォルトの顔を覗き込んだ。その様子に何かを察したウォルトは影にバドリックを引き入れて、声を抑えてもう一度聞いた。


 「何かあったのか?」

 「はい。先ほど交代前に仲間と話していた時に、たまたま兵士の会話が耳に入ったのです。今夜の会場からそう離れていない、普段使用人でも滅多に出入りしないようなフロアがあるらしいのですが、夜会の準備をしている時にたまたまそのフロアの近くに用事があって行くと、そんな場所には縁のなさそうな方を見かけたというのです。」

 「何だと!?どんな奴だ?特徴は?」


 ウォルトはハッとした。


 『()()()()()()()()


 つまりは、王宮で働く者ならば気付くような人物。ウォルトは嫌な予感に眩暈を覚えた。


 「王宮第二騎士団副団長の、フィガロ・グランテール様です。」


 ウォルトはあまりの衝撃に言葉を失った。


 ----やはりアイツはあちら側の者だったという事か!?


 何年もウォルトを監視していたが、彩綾に関してはほぼ情報がなかった。それなのに…


 「バリー、よく知らせてくれた。礼を言う。」

 「いいえ、もったいないお言葉です。」


 ウォルトは急いで会場に戻ろうとして、足を止めた。そのままバドリックの方に振り向くと、バドリックはどうしたのかという顔でウォルトを見た。


 「バリー、俺はシェランドルでお前を待っている。その気になったらいつでも来てくれ。」

 「!」

 「じゃあな。」


 ウォルトは再び走り出すと、瞬く間に姿が小さくなった。その背中を呆然と眺めた後、バドリックは奥歯を噛みしめ北東の物見へと向かった。


 *


 ウォルトが会場へと駆け込むと、すでにダンスが始まっていた。人をかき分けるように進むと、ダンスを踊るレイシーの姿が目に入った。辺りを見回し彩綾の姿を探すが、どこにも見当たらない。途端に鳩尾に抉られるような痛みを覚え、心臓が早鐘を打つ。

 ウォルトは壁際に立っているレイシーの侍女を見つけると、彼女の元へと駆け寄り声をかけた。


 「侍女殿、サーヤの姿が見えないが、どこへ行ったか知っているか。」

 「サーヤ様ですか?サーヤ様でしたら、先ほどフィガロ様が会場の外へお連れしました。ドレスにかかった葡萄酒を洗い流しに行くとか仰っていましたが…。」

 「なんだとっ!?どっちへ行った!!」


 ウォルトが怒りで声を張り上げると、ビクリと肩を強張らせた侍女が首を横に振った。ウォルトは舌打ちをして再び会場を飛び出し、辺りにいた来賓客や使用人たちに声をかけ回った。


 ----クソッ!やっぱり一人にするんじゃなかった!


 油断した自分に悪態を吐きながら、会場を出て廊下を走る。しばらく走り続けると、いつの間にか人気の無い場所まで来ている事に気が付いた。

 後ろを振り向くと、会場の賑やかな演奏が殆ど聞こえてこない。舌打ちをしながらさらに奥へと走り続けると、ふと、廊下の奥にある階段が目に入った。


 ----階段!?下に続いているのか!?


 妙な胸騒ぎを抱えながら気配を消して階段を下りていく。身を隠すように階段から続く廊下の様子を窺いながら、胸に手を当てて意識を集中させた。


 ----人の気配はない、か。だが…


 微かに、柔らかい香りが辺りに漂っている。それは、先ほどまで自分の腕の中にあった香りと同じものだった。ウォルトはギリッと奥歯を噛みしめると、僅かに開いている扉まで走り寄った。


 ----ここか!クソッ…奥に続いてやがる…。


 ウォルトは扉を開けて中へと進むと、胸に手を当てながら暗い通路を突き進んだ。辺りには、一向に人の気配を感じられない。それはすでに連れ去った後だという現実をウォルトに突きつけていた。


 長い通路を走り抜けると、王宮の裏手にある堀の外に出た。周りを見渡しても、警護に当たる兵士の姿が見当たらない。ウォルトは呼吸を荒げながら睨みつけるように顔を顰めた。


 ----買収されたか、もしくはあの男の息がかかった兵だったか…。どちらにせよ、サーヤが危ない!


 ウォルトが踵を返して元来た道を戻ろうとすると、通路横の茂みからガサッと音がした。

 ウォルトは咄嗟に剣に手をかけて身構えると、茂みの中の影が揺らいだ。


 「なっ…お前、なんでこんなところに…!」


*


 ガタガタと揺れる馬車の荷台で、彩綾はふと目が覚めた。頭が割れるように痛み、馬車の衝撃も手伝って酷い吐き気に襲われる。ぼんやりと目を開くと、自分の視界が随分低いところにある事に気が付き、視線の先には見知らぬ男が外を警戒しながら座り込んでいた。


 ----…え?誰、あの人…。ん?あれ?なんか、縛られてない!?


 目をこすろうと手を動かすと、肩に痛みが走った。起きている事にはまだ気づかれていない。

 彩綾はゆっくりと手を動かして、両手が後ろで縛られている事に気が付いた。口元に湿り気を感じてもごもごと口を動かすと、布を噛まされている感触がした。

 彩綾の心臓がドクドクと脈打ち、頭が真っ白になる。身体を覆うものの感触を頬で確認すると、厚い毛布のようなものだった。


 ----これ、間違いなく運ばれてるわよね…。嘘でしょ…何で…。


 その時、意識を失う前の状況を思い出した。彩綾はまだ脈打ち続ける心臓に軽い吐き気を覚えながら、側にいる男に気付かれないよう薄目を開けた。


 ----確か、フィグと一緒に会場から出て、人気の無い場所に着いて、それから…


 何かを嗅がされた。

 彩綾の身体にザァッと冷たいものが駆け巡り、身体がガクガクと震え、呼吸が乱れた。

 不規則な息が布にあたり、音を立て始める。抑えようと思えば思う程、焦りと恐怖で眩暈がした。


 ----マズイ、何とかしなきゃ…。でも、怖い…!


 彩綾がギュッと目を瞑った途端、顔の下辺りに掛けられていた布が取り払われた。彩綾が目を見開いて震えながら首を動かすと、自分を覗き込む男と目が合った。


 「なんだ…起きてんじゃねぇか…。」

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