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Changeling  作者: みのり
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 「よぉ、バリー。」

 「ウォルト様!先日は特別なご配慮をいただきありがとうございました!」


 バドリックが巨躯を深々と曲げてお辞儀をすると、彩綾はその勢いに思わず仰け反った。ウォルトは二回目なので十分に距離をとっている。


 「いや、いいんだ。お前も大変だったな。お父上には会えたか?」

 「はい。ウォルト様から頂いたメモを、シューゼル様ご本人に渡して捜索に参加させて頂きました。その後父の見舞いにも行きましたが、幸い命に別状はなく今は療養中です。」

 「そうか、それは良かった。ご苦労だったな。」


 二人のやり取りを見ていた彩綾は、興味津々でバドリックを見つめていた。ウォルトが自分の部下にと望むこの青年に好感を抱いたのが、ごく自然な事のように思える。

 彩綾の視線に気が付いたバドリックが、ウォルトに視線で「この女性は?」と聞いていた。


 「あぁ、そうだった。サーヤ、彼は王宮第七騎士団に所属しているバドリック・ホルドリーという。まだ騎士になりたてだが、ここの護衛を任される程の実力の持ち主だ。」

 「ウォルト様、そんな、買い被り過ぎです!」


 バドリックが慌てて両手を振ると、彩綾はクスリと笑った。


 「初めまして、バドリックと申します。よろしくお願いいたします。」

 「バリー、彼女は俺の従姉でサーヤという。」

 「初めまして。よろしくお願いします。」


 『従姉』という言葉に目を丸くしたバドリックは、慌てて姿勢を正して敬礼した。


 「ウォルト様の従姉様であらせられましたか!そうとは知らず、無礼な態度を…」

 「あ、いいんです、いいんです!そんなに畏まらないで下さい!」


 いずれシェランドルに連れて帰るつもりなら、今の内から気さくな関係になっていた方が良い。そう自然に判断した自分の中の矛盾に気付き、彩綾は複雑な感情に襲われた。


 ----いやいや、だから、気さくな関係になる必要ないじゃない。もう帰るんだから…。


 バドリックが彩綾の言葉に困惑していると、ウォルトがやれやれと笑いながら助け舟を出した。


 「バリー、彼女の事はサーヤでいい。シェランドルの兵士たちも彼女のことを『サーヤさん』て呼んでるからな。サーヤ、お前もそれでいいよな?」

 「ええ、もちろん!私もバドリックさんて呼んでもいいかしら?」

 「え?あ、は、はい!ありがとうございます!…サーヤさん。」


 彩綾がフフと笑うと、バドリックが顔を赤くして頭を掻いた。ウォルトが牽制の意を込めるように彩綾の肩に手を回すと、バドリックの方に視線を向けた。


 「ところで、今夜の王太子殿下主催の夜会なんだが、お前はどこかの警護に当たっているのか?」

 「はい。私は北東の物見の警護に当たっております。」

 「北東か…。」


 ウォルトが口元に手をあてた。王宮の北東はバーヴェルク王国の北にあるテール海から引き寄せている川の上流にあたり、敷地をぐるりと取り囲むように流れている。他所よりも流れが非常に速く、多方面への見渡しも良いので、敵が攻め込んできた時の攻防戦の要になる地点だった。


 「そこには一日中いるのか?」

 「いえ、交代制です。私は深夜前から朝にかけて担当しております。」

 「それまではどうしているんだ?」

 「交代までの間は同じ第七騎士団の者たちと一緒にいると思います。」

 「そうか…。では、聞きたいことがある。」


*


 帰りの馬車の中で、ウォルトは窓の外を見ていた。陽がすっかり真上まで上がり、車内がすっぽりと日陰に覆われて、窓から吹き抜ける風が心地良い。

 彩綾は反対の窓から外を眺めながら、自分の気持ちが無意識に揺らいでいたことにショックを受けていた。


 ----『建物内で、外部と通じる通路であまり人が通らないような場所は無いだろうか。』

 ----『人が通らない場所ですか?そうですね…川の水を取り込む用水路や使わなくなったものをしまい込む倉庫部屋があるフロア…でしょうか。』

 ----『そうか、わかった。もし他に思い当たる場所を思い出したら、知らせてくれないか。』

 ----『ウォルト様…。』

 ----『ま、()()()()()()、だ。』


 ウォルトはバドリックとの会話を思い出しながら、ふっと小さく笑った。


 ----これで、ヤツには伝わっただろう。


 シェランドルの領主が王宮の、それもただの新米騎士に侵入者がいる可能性を仄めかすような話をするのがどういう事か。

 

 ----いつでもシェランドルに来てくれ。俺はお前を勧誘している。


 ウォルトは言葉には出さないが、諦めるつもりもなかった。ただ、シェランドル(自分の元)で命を懸けて戦わせる以上、どうするのかは本人の意思で決めさせなければならない。シェランドルで戦う者は皆、そうして集まった者たちだった。


*


 昼過ぎに屋敷に着くと、執事のフィリップが出迎えに出ていた。


 「おかえりなさいませ。ウォルター様、サーヤ様。ご昼食のご用意が整っております。奥様からすぐに食堂へ来るようにと言付かっております。」

 「わかった。ちょうど腹が減っていたところだ、すぐに向かおう。」

 「ただいま帰りました。私もすぐに行きますね。」


 彩綾とウォルトが食堂に入ると、クレイス家一同が揃っていた。その圧倒的な存在感に二人が入り口で固まっていると、シャロラインが声をかけた。


 「二人とも何しているの、早くいらっしゃい!」


 二人が顔を見合わせて席に着くと、ウォルトが口を開いた。


 「母上、これは一体…。父上も兄上たちも、王宮の方は大丈夫なのですか?」


 モンドールが彩綾にニコリと微笑むと、ウォルトに視線を向けた。


 「今日は二人で巫女殿のところに行ってきたんだろう?」

 「はい。今日は巫女殿にサーヤの碧い石を託せるのかどうか、実際に確かめて参りました。」

 「で、どうだったんだ?」

 「結論から申しますと、巫女殿にも碧い石の力を発動させて琥珀色の石を浄化することができました。私自身も浄化後に身体が軽くなっていましたので、問題無いかと。」


 皆が「わっ」と盛り上がり、モンドールが胸をなでおろすように大きく頷くと、今度は彩綾の方へと視線を向けた。


 「ふむ、初代の取り換え子なればこそか…。サーヤさん、これで貴女の心配事が一つ解決したわけだが…自分の世界に戻るという気持ちに変化はないだろうか。」


 皆の視線が集まり、彩綾は肩をピクリと震わせた。少し前の自分なら、すぐに「はい」と答えていただろう。でも今は、別の感情が芽生えている。

 押し黙ったままチラとウォルトの方に目をやると、真っ直ぐに自分を見つめるゴールドブラウンの瞳に捕らわれた。彩綾が慌てて俯くと、モンドールがニコリと笑ったまま先に口を開いた。


 「まぁ急にこんな事を言われても、石の事が解決したばかりだ。サーヤさんも今日は肩の力を抜いて夜会を楽しむと良い。」

 「はい、ありがとうございます!あ…そうだ、それから…。」

 「うん?どうした?」


 彩綾が思い出したように言うと、モンドールは首を傾げて言葉を待った。


 「あの、レティーナ様の祭壇室で聞きました。私が12年前に一瞬だけこの世界に来ていたことを。」

 「そうか…。」


 モンドールが懐かしい思い出話に嬉しそうに返事をすると、彩綾は静かに微笑んだ。


 「私は今までずっと夢の中の話だと思っていたんです。今でも時々夢に見ては、あの後男の子はどうなったんだろうって、そんな風に思っていました。それがまさか現実だったなんて…。あの男の子がウォルトだったなんて、本当に驚きました。」


 彩綾が優しい眼差しでウォルトをじっと見つめていると、シューゼルがチェスターを肘で突いた。

 この雰囲気…これはもしかしたら、もしかするかもしれない。


 「あの純粋で可愛かった男の子が、まさかこんなに口と女癖が悪くなってるなんて思いも寄りませんでした。」


 彩綾がパンをちぎりながら「はぁっ」と大きく溜息を吐くと、シューゼルが「ぶはっ」と盛大に噴き出した。ウォルトがわなわなと震えながらシューゼルを睨み付けると、その視線の先でモンドールとチェスターが顔を背けて肩を震わせているのが視界に入る。幸い子供たちは先に食事を済ませて食堂にはいなかった。


 「おい、何度言わせたらわかるんだ。俺はもう女関係は一切無いって言ってんだろうが。」

 「だから何よ。仮とはいえ婚約者がいながらあちこちに手を出してたのは事実でしょうが。」


 モンドールがピクリと眉を動かした。チェスターとシューゼルも顔を見合わせる。シャロラインとセレリーナは自業自得だと言わんばかりに涼しい顔で食事を続けていた。


 「あのなぁ、それだって事情があったんだと説明しただろう。それに元から彼女とは結婚するつもりは無かったんだ。だったら、どこで誰と何をしようが俺の勝手だろうが!」

 「何ムキになってんのよ。そうよ、どこで誰と何をしようがアンタの勝手なんだから、私には関係無いし説明する必要なんてないじゃない。」

 「お前がつっかかってきたんだろうが!」

 「私が?いつ?私は事実を言ったまでよ。私の中で生きていたあの男の子の『その後の姿』をそのままに。」


 淡々と言い続ける彩綾にウォルトが噛み付いていると、「まぁまぁ!」とシューゼルが割って入った。


 「二人とも落ち着いて。せっかく皆で揃ってるんだから、喧嘩はやめようよ。それに…」


 シューゼルがウォルトに向かって「貸しだ」と口の端を上げた。


 「ウォルトはこう見えて一途なんだ。心に決めた女性ができたら、例えどんな美人に言い寄られても他には一切目がいかないよ。その点で言ったら、僕の方が信用無いかもね。僕は綺麗な人はみんな大好きだから。」


 シューゼルが悪戯っぽく笑うと、彩綾はクスクスと笑った。ウォルトが顔を真っ赤にして食事を続けると、食事を終えたモンドールが席を立った。


 「では、私は少し片付けたい仕事をしてから王宮に向かう。チェスター、シューゼル、ウォルターは食事が終わったら私の書斎まで来るように。サーヤさんは、うんと綺麗にしてもらいなさい。今夜楽しみにしているよ。」


*


 昼食後、女性陣がフィッティングルームでドレスアップの準備を進めている間、男性陣はモンドールの書斎に集まった。モンドールを中心に皆がソファに座ると、モンドールが口を開いた。


 「さて、各々これまであった事を報告し合い、共通の認識を持つ場を設けた。まずは、ウォルト。」


 モンドールがウォルトを名指すと、皆の視線が集まった。


 「はい。まずは、私の身の回りに起こった事からお話します。」


 ウォルトはレティーナから連絡があってすぐ彩綾を迎えに森に行った時に少数部族と入れ違いだった事から、ヒューイット・カーターの差し金で複数の人間から自分が監視されていた事、フィガロ・グランテールが彩綾の正体をどこかのルートから知った事、隣国シズニルブ王国との衝突を避けるために彩綾を守る包囲網を敷いた事を報告した。


 ウォルトの報告にシューゼルが食いつくように目を見開くと、モンドールがシューゼルを視線だけで見据えた。


 「シューゼル。」


 「はい。私は先日国王派の貴族であるレイソン・ホルドリー伯爵襲撃事件の犯人の一人を罠にかけて捕らえました。その後、まぁいろいろと尋問したのですが、これまでの貴族襲撃もその男が属する複数の犯行グループの仕業だという事がわかりました。そして、それを裏で操っていたのがヒューイット・カーター子爵だったのです。」

 「なっ!それは本当か!?じゃあそいつは俺を監視していただけじゃなく、国王派の貴族も襲っていたって事か!」

 「そうなるな。だが、ウォルトの監視と国王派の貴族の襲撃。全く相容れないこの二つの事柄の黒幕が同一人物だったら、当然後ろからそれを指示しているヤツがいると見て間違いないな。」


 シューゼルの言葉に、一気に場の空気が張り詰めた。後ろで指示を出していたであろう人物の名が思い浮かぶ。


 ベルシモン・グランテール。

 グランテール伯爵家当主で王宮軍務長官であり、フィグとレイシーの父親である。彩綾の母親である先代巫女と、モンドールの亡弟であり彩綾の父親であるエリオット・クレイスを死に追いやった事件の裏を知る者。そして今、二人の娘である彩綾を狙い始めている。


 「だが…証拠が無い。あくまで、サーヤを狙ったのは少数部族や奴らの息がかかっている者たちだった。あの男が関与している証拠がなければ…。」


 ウォルトが苦々し気に顔を歪ませると、モンドールが片眉を上げてチェスターを見た。チェスターは「はい」と静かに頷くと、シューゼルとウォルトに向き直って胸元から紙を取り出した。二人がその紙に注目すると、チェスターが声を潜ませた。


 「これは、今朝ヒューイット・カーターから聞き出した、あの男との関係を記したものだ。」



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