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Changeling  作者: みのり
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43

 白く艶めく祭壇室の祭壇の前で、彩綾とウォルト、レティーナが向かい合って立っていた。

 降り注ぐ光を吸いこむように琥珀色の石と碧い石が光輝いている。


 「私がこの碧い石を使いこなせねば、巫女のお役目を受け継ぐことはできません。早速確かめたいと思いますが、ご準備はよろしいでしょうか。」

 「あぁ大丈夫だ。」

 「…。」


 では、というレティーナの言葉を合図に、ウォルトは琥珀色の石を握り締めて意識を集中した。風が舞うような感覚が辺り一面に広がり、紅い光がウォルトの身体を包み込む。みるみる身体が膨張し始め、息が荒くなったところでウォルトが薄っすらと瞼を開くと、彩綾はウォルトと目が合った。


 ----なっ、瞳が…金色に変わった…!


 ウォルトはしばらく力を発動させると、すぐに力を解いてレティーナに視線で合図を送った。

 レティーナが碧い石を握り締める。目を閉じ集中し始めると、再び風が舞い上がり大きく光輝く深緑色の光に包まれた。光がウォルトの額と琥珀色の石に流れ込むと、ウォルトの呼吸は元に戻り、琥珀色の石は本来の輝きを取り戻していた。レティーナに呼吸の乱れはない。


 ----す、凄い!やっぱり、私なんかよりよっぽど巫女としての能力があるじゃない!


 レティーナを取り巻く光が消え去ると、レティーナはふぅ、と息を吐いた。ウォルトは手足を振り、身体を確かめる。彩綾が目を輝かせていると、レティーナはニコリと微笑んだ。


 「ウォルター様、お身体はいかがですか?」

 「…あぁ、問題ない。今まで巫女殿に浄化してもらった時とは桁違いだ。石も完璧に浄化されている。」


 ウォルトが琥珀色の石を光に当てて覗き込む。レティーナは彩綾の方へと向き直り、深々と頭を下げた。


 「サーヤ様。ご覧の通り、碧い石のお力で琥珀色の石を浄化致しました。サーヤ様がお望みであられましたら、私はまだまだ未熟者ではございますが、巫女としてのお役目を引き受けさせていただきたいと存じます。」


 レティーナが頭を下げたまま言うと、彩綾も慌てて頭を下げた。


 「そんな、とんでもない!継承者とは名ばかりで、私にはレティーナ様のような力はありません。レティーナ様に持っていていただいた方が、この石も喜びます。どうぞ、末永くよろしくお願い致します。」


 ----やった!帰れる!


 彩綾は胸のつっかえが取れたような清々しい気持ちになった。本当なら小躍りして喜びたいところだったが、さすがにレティーナの前では控えなければならないと、満面の笑みでとどめておいた。

 そんな彩綾をウォルトが半目で見ていると、レティーナが小さな声で「良かったですわね」と耳打ちした。


*


 彩綾はレティーナと抱擁を交わして別れの挨拶を済ませると、足取り軽く回廊を歩いた。吹き抜ける風にそのまま乗って飛んで行けそうなほどに軽い。その後ろをウォルトが黙って歩いていると、彩綾は未だ満面の笑みを顔に貼りつけたまま振り向いた。


 「それにしても良かったわね!これでアンタも琥珀色の石も安泰じゃないの!」


 彩綾がぴょんぴょんと軽く跳ねるように歩いていると、ウォルトはピタリと足を止めた。彩綾は気付かずにぴょんぴょんと跳ねて行く。


 「おいコラ、待て!普通途中で気付いて止まるだろうが!」


 ウォルトの叫ぶ声に彩綾が振り向くと、いつの間にか互いが点になる程離れていた。


 「何してんのー?早く帰ろうよー。」


 彩綾が口に手を添えて声をかけると、道行く兵たちがチラチラと視線を送っていた。ウォルトはかつてのホットサンド屋での出来事を思い出し、舌打ちしながら大股に歩いて彩綾の元まで進んだ。


 「お前さ…俺の事に気付いた時、何とも思わなかったのか?」

 「夢が現実だったって事?すっごく驚いたわよ!12年前ってことは、アンタ11歳だったんでしょう?あの男の子が、こんな生意…大きくなって現れるなんて信じられなかったわ。」

 「お前今『生意気』って言いかけただろ。」

 「でも…不思議よね。今思うと、夢なのにあの後男の子がどうなったのかすごく気になっていたの。助かって良かったわ。」


 彩綾がふわりと笑うと、ウォルトは咄嗟に目を逸らせた。


 「あれ~、珍しい。顔真っ赤じゃない。」

 「やかましい!ほら、行くぞ。」


 ウォルトが仏頂面で手を差し出すと、彩綾はフフと笑って手を取った。


 「そういえば、レティーナ様って綺麗な人ね。」

 「確かにな。この辺りの国ではあまり見られない見た目だから、結構人気あるんだよ。」

 「そうなの?私の国では皆、黒髪で黒い瞳なのよ。もちろん個人差はあるけれど。」

 「そうなのか?じゃあ、お前の国は美人が多いんだな。」

 「いやいや、レティーナ様は別格よ。あんな綺麗な女性は滅多にいないわ。」


 二人が回廊を門に向かって歩いていると、柱にもたれている人影が揺らぎ、こちらに向かって足を踏み出した。ウォルトが先に気配に気が付き足を止めると、長身の美丈夫が声をかけてきた。


 「やぁ、ウォルト。」

 「フィグ…。」


 マスターの店の裏道でヒューイット・カーターの件を聞き出して以来、フィグとは初めて顔を合わせる。マスターやキャスリーと共にウォルトを監視し、反国王派のヒューイット・カーターとも繋がりを匂わせた人物。そして、ウォルトと彩綾の素性を知る人物でもある。

 ウォルトは警戒している事を悟られないよう、努めて普段通りに振舞った。


 「どうしたんだ、こんなところで。」

 「さっき、たまたま君のとこの馬車が通るのを見かけてね。もしかしたらと思ってそこの門の前を見たら馬車が停まっていたから、君が来てるってわかったんだ。で、そろそろ出てくるかなぁと思って待ってたんだけど…こちらのご令嬢は?」


 ----コイツがサーヤであることに気付いていない?


 「…フィグ、こちらは俺の従姉のサーヤ・キリタニだ。」

 「初めまして。」


 ウォルトの言葉に、フィグの顔色が一瞬変わったのをウォルトは見逃さなかった。二人の間に僅かな沈黙が訪れる。その沈黙を破ったのは、彩綾だった。


 「ウォルトのお友達?」


 ウォルトがハッとして、彩綾を見る。何も知らずにニコニコと笑っている彩綾を、このまま連れ去って隠してしまいたい衝動に駆られた。


 「あ、あぁ。彼はフィガロ・グランテール。王宮第二騎士団の副団長をしている。」

 「初めまして、サーヤ様。以後、お見知りおきを。」


 フィグが手を差し伸べると、彩綾はそっと手を乗せた。その手にフィグが軽く口づけをすると、瞬く間に顔を真っ赤にして深々とお辞儀をして顔を隠した。


 「こ、こちらこそ、よろしくお願いいたします。」

 「…おい、何赤くなってんだよ。」

 「うるさいわね!こういうの慣れてないのよ!」


 二人のやり取りを見ていたフィグが噴き出すと、彩綾は真っ赤になって俯き、ウォルトはそれを見てそっぽを向いた。


 「ところで、今夜の夜会にはサーヤ様もご出席なさるのですか?」

 「はい。フィガロ様も?」


 フィグがチラとウォルトを見て、彩綾にニコリと微笑んだ。


 「いえ、私は警備の方に出ますので夜会には参加致しません。妹が出席しますので、もしよろしければ話し相手になってやって下さいますか?」


 彩綾の後ろでウォルトがジロリと睨みつけると、フィグは涼しい顔で見えない振りをした。顔に『なんだか面白そう』と書いてあるのが見える。


 「妹さんがご出席されるのですね。私でよろしければ、ぜひ。でも、人が多いんですよね?会えるかしら…。」

 「それなら心配いりませんよ。妹もウォルトも()()()()()()()()()()()()ですから、すぐにどちらかが見つけるでしょう。では、また今夜。」


 そう言って立ち去るフィグの後ろ姿を見届けると、ウォルトが恐る恐る彩綾を見た。案の定、冷めた顔が自分へと向けられている。


 「アンタ…まさか、友達の妹さんにまで手を出してたんじゃないでしょうね…。」

 「そんなわけあるか!ヤツの妹は、俺の元婚約者だったんだよ。」

 「婚約者!?アンタ、婚約者がいるのにあちこちに手を出してたの!?うわっ、もっとサイテー!」

 「もっとってなんだ!これには訳があるんだよ!」 


 彩綾が一歩距離を置いて離れると、ウォルトは溜息を吐いて頭をガシガシと掻き、門の方へ指さした。


 「とにかく、ここじゃ人目があるから馬車の中で話す。いいな?」

 「いや、別にアンタの下半身事情なんてどうでも…。」

 「女がそういう言い方すんじゃねぇ!ったく、行くぞ!」


*


 門を出て馬車に向かうと、御者が扉の前に踏み台を置いた。


 「おかえりなさいませ。」


 ウォルトが彩綾を馬車に乗せると、御者の方へ向いた。


 「うむ。で、どうだった?」

 「はい、お探しの方は、本日は本殿の受付所の警護に当たられているとのことでございます。」

 「そうか。じゃあちょっとそこに寄ってくれ。」

 「畏まりました。」


 ウォルトは馬車に乗り込むと、彩綾と向かい合って座った。ふと顔を上げると彩綾が「どこに行くの?」という顔で見ているのに気づき、思わず噴き出した。


 「ちょっと本殿の方に寄る。今日はそこの受付所に若い騎士が護衛に当たっているんだが、なんとかシェランドルに連れて帰りたいと思ってるヤツなんだよ。」

 「へぇ!アンタが気に入るってことは、相当優秀な人なの?」


 ウォルトの言葉に目をパチパチさせながら、彩綾は嬉しそうに食いついた。ウォルトが「まだわからん」とニヤリと笑うと、彩綾もフフと笑って応える。シェランドルに新しい人を迎えることに、彩綾はなぜか心が躍った。

 馬車が動き出し、しばらく走ったところでウォルトが口を開いた。


 「さっきの事だが…。」

 「…婚約者がいるって話?」


 彩綾は窓の外を見ながら、返す言葉にあえて苛立ちを含めた。ついさっき、自分にキスをしようとしていた男の所業を思い出すと腹立たしい。その前は実際にされている。


 「()婚約者だ。正式なもんじゃなくて、ただの口約束みたいなもんでな。今はすでに解消している。」

 「口約束って…。貴族の婚約ってそんな簡単なものじゃないんじゃないの?」


 彩綾が訝し気にウォルトを見る。ウォルトは腕を組んで小さく息を吐いた。


 「もちろん、本来は家同士の繋がりを持つことが目的で、それにはいろいろと手続きが必要なんだ。だが、これには事情があってな。細かい事は外では言えないが、とにかく仮婚約したんだ。」


 彩綾が目を伏せて押し黙っている間にウォルトが窓の外に目をやると、彩綾が小さく呟いた。


 「でも…、そのことを、相手の女性は知っているの?」

 「…いや、知らないままにしてある。」

 「どうして?」

 「それは…。元々、彼女が俺に一目惚れして父親に頼み込んだのがきっかけなんだ。だからそれを利用させてもらった。」

 「なんですって!?」


 彩綾はカッと目を見開き、怒りを露わにしてウォルトを睨みつけた。ウォルトは涼しい顔で受け止める。


 「女性の恋心を利用したっての!?アンタって人は、どこまで…。」

 「ちょっと待て、誤解するなよ。これはクレイス家もフィグも知ってる事なんだ。だから、事情があるって言ってるだろう。」

 「だからってねぇ!…え?フィガロ様も知っているの?お兄さんなのに?」


 彩綾の憤怒のオーラが『しゅんっ』と消えたところが実際に目に見えたようで、ウォルトは再び噴き出した。


 ----コイツの百面相には本当に敵わないな。


 ウォルトがクツクツと笑っていると、彩綾が気を取り直すように捲くし立てた。


 「お兄さんが知ってるからって、なんだって言うのよ。アンタが妹さんの気持ちを踏みにじった事に変わりはないでしょうが。」


 そうだな、と言ってウォルトは窓際で頬杖をつくと、窓の外を見ながら小さく呟いた。


 「でも、相手がお前じゃないなら誰でも良かった。」

 「何?何て?」

 「何でもねぇよ。ほら、もうすぐ降りるぞ。」


*


 本殿の近くにある停車場で馬車から降り、本殿の受付所へと向かった。

 彩綾がウォルトに手を引いてもらいながらキョロキョロと辺りを見回している。ウォルトは呆れて彩綾を見下ろしながら、もう窘めるのをやめて好きなようにさせようと心に決めた。

 本殿が見えてくると、受付所の側で姿勢よく立っている大男が目に入った。


 ----こんな遠目でも目立ってやんの。


 ウォルトが近付いて行くと、ウォルトに気が付いた大男がパッと顔を明るくして敬礼した。 

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