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Changeling  作者: みのり
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 段々と陽が高くなり、辺りの空気も温かさを帯び始めた頃。それでも連なる樹木の枝影が太陽の日差しを遮るおかげで、温かさだけを取り込んだ心地よい空間を創り出していた。


 その悠然たる大自然の庭の一角では喧騒が繰り広げられていた。


 「おい、お前!急に何すんだよ!」

 「それはこっちのセリフでしょう!?あんたこそ、急に何すんのよ!!」

 「はぁ!?俺は、言葉が通じねぇお前に薬を飲ませただけだろうが!」

 「だから、何でそうなんのよ!それがありえないって言ってんのよ!この状況で、急に変な薬なんか飲まされたら誰だって怒るわ!」

 「だからって、男を思いっきり殴りつける奴があるかよ!しかも2発も!」

 「何言ってんのよ!2発目はあんたが私を侮辱したからでしょう!?」


 ぎゃあぎゃあとお互いに人差し指を突き刺し、顔を真っ赤にしながら相手に向かって捲くし立てる。

 その間髪を入れない隙のない攻防に、ある者は息を呑んで見つめ、ある者はオロオロと両腕で空気を掻き、ある者は呆れ返って宙を仰いだ。中には水筒で喉を潤しニヤニヤと鑑賞する強者もいる。


 ----ゼェゼェ…、ハァハァ…


 息が切れる程の口論に、二人の肩が大きく揺れていた。それでもなお、互いに睨み続けている。

 男が彩綾の目を見据えたまま口を開いた。


 「…おい、お前、名前は?」

 「先に…ハァ…聞く方から名乗るのが筋でしょう?」

 「くっ…こいつ…。まぁいい。俺はウォルター・クレイス。ウォルトと呼べ。歳は23だ。これでいいか?」

 「…。桐谷彩綾よ。28。あんた、年下だったの…道理で。」

 「28!?なんだよ、やっぱ年ま…ブッ!!」

 「懲りない奴ね!あんたって!」


 ウォルトが言い終わる前に右の手の平で掌底を喰らわせる。さすがに急所には手加減を忘れない。


 「イテテ…て、あのなぁ!だからすぐに暴力振るうんじゃねぇよ、女のくせに!」

 「言葉の暴力を棚に上げるんじゃないわよ、男のくせに!!」


 ----何なのよ、こいつは!さっきちょっとでもときめいた自分にモンゴリアンチョップをかけてやりたいわ!


 お互いに額を擦り付けるように睨み合う。もはや口論という名の一触即発バトルであった。

 しばらく無言で睨み合った後、ウォルトはハァッと溜息を吐くと背を伸ばして片手を腰に置き、もう片方の手で頭をガシガシと掻いた。


 「ったく、もういい。それより…」


 そう言うと、彩綾の首にかかっている碧色の石へチラと目を向ける。

 彩綾はその視線を受け、咄嗟に首元にぶら下げている石を握った。


 「ああ、その石だ。ちょっと見せてくれないか。」

 「…どうして?」


 まるで自分がこの場所に来ることがわかっていたかのようなウォルトの言葉に、彩綾は気味の悪さを感じた。いや、『自分が』と言うよりも、この『碧い石が』と言った方が正しい気がする。彩綾はウォルトから視線を外さないように警戒しながら静かに一歩下がった。しかし、ウォルトも一歩距離を縮めて右手を差し出した。


 「何でもいい。その石に用があるんだよ。」

 「駄目よ。これは、私の両親の形見なの。」

 「悪いようにはせん。ちょっと確かめるだけだ。」


 互いに睨み合ったままさらに一歩下がるが、ウォルトはなおも食い下がる。


 「あんたなんか、信用できるもんですか。」

 「お前ッ!!人が下出に出りゃあいい気になりやがっ…ブッッ!?」


 「はいはい、もうそこまでにしておこうよ。」


 不意に横から声をかけられ、二人がそちらの方を見ると、一人の青年が間に入って来ていた。


 栗色のようなベージュブラウンのくせ毛がくるくると襟足辺りまで伸びていて、少しタレ目がちなグリーンの瞳が人懐こそうな印象を与える。彼は彩綾の方に向かってニッコリと微笑み、ウォルトには呆れた顔を向けて片手で顔ごと口を塞ぎながら言った。


 「お嬢さん、怖い思いをさせてごめんね。ウォルト、お前もちょっと落ち着いてここは一旦引け。皆朝からまともに食えずにここまで走り通しで腹減ってんだ。そろそろ戻らねえと更に飯が食えずに日が暮れちまう。」


 傍から見てもわからないように握力を込めてウォルトの口を押さえつけ、やんわりと窘めた。

 ウォルトは段々息が苦しくなり、その手を引き払うと急いで肺に空気を送り込んだ。


 「…コルトか。」

 「はじめまして、僕はウォルター様の部下で、コルト・ランダースと申します。」

 「…はじめまして、桐谷彩綾です。よろしくお願いします。」


 青年の明るい声に戸惑いながら、彩綾は努めて冷静な態度で返した。


 「キリタニサアヤ?キリタニが名前?」

 「いえ、彩綾が名前よ。そうか、サアヤ・キリタニ、と言えばいいのね。」

 「ああ、その方が良いね。わかりやすい。サーヤって呼んでもいいかい?僕のことはコルトって呼んでよ。」


 コルトはそう言うと彩綾に向かって笑顔を向け、握手のための手を差し伸べた。コルトの距離の詰め方の見事さに彩綾は呆気にとられつつ、コルトの笑顔につられて控えめな笑顔を返し、手を差し出した。


 「ええ、よろしくね、コルト。」


 そう言って彩綾がコルトの手を握る直前に、ウォルトが冷水を浴びせるように口を挟んだ。


 「おい、コルト。そいつお前より年上だぞ。」

 「えっ!?」


 コルトが咄嗟に手を引っ込めてウォルトに目を向け、目を見開いて彩綾へと振り返り、まじまじと見つめた。


 「ちょっと、今それ関係ないじゃない。」


 ----年齢のことばっかり言うんじゃないわよ!


 何のつもりだと言わんばかりに彩綾はウォルトをギロリと睨みつけた。

 ウォルトは涼しい顔で知らん顔を決め込んでいる。彩綾がコルトに目を戻すと、コルトが慌てて手を胸に当て、背を伸ばしてお辞儀をしていた。


 「え、いえ、申し訳ありません。年上の女性に対して失礼な態度をとってしまいました。知らぬこととはいえ、ご不快な思いをさせてしまいましたことを、心よりお詫び申し上げます。」


 コルトの口調から先ほどまでの気さくさが消え、真摯な態度に一転していた。彩綾が慌てて手を振りながら声を上げる。


 「ちょっ、いいのいいの、やめてそんな畏まった挨拶!私そうゆうの苦手なのよ。ほら、アンタが余計な事言うからややこしいことになるんじゃないのよ!」

 「俺は事実を言ったまでだ。」


 ウォルトがシレッとやり過ごす。その整った横顔に、彩綾は無性に腹が立った。


 「うるさいわね!とにかく、本当にそんな風に畏まらなくていいから、さっきみたいに気軽に話してくれた方が私も話しやすくて嬉しいわ。私のことはサーヤって呼んでくれる?コルト。」


 彩綾はコルトの顔を覗き込み、優しく言い含めるように伝えた。コルトは彩綾の目を見つめ返し、安心したように目を細めて頷くと、「わかった」と元の口調に戻っていた。

 子供に優しく諭すように話しかける保育士のスキルが、このような場で活用されるとは思いも寄らなかった。


*


 ウォルト率いる騎馬一行が通っているのは、ウォルトが治める領地『シェランドル』にある『キール』という街から森に抜ける道である。深い森に囲まれ、豊かな水源と南から運ばれる暖かい空気が流れ込むこの地域は農作物や染料の原料となる植物が豊富で、キールは小さい街ながらも旅商や観光の主要地点として栄えていた。

 一行はそのキールの街の中心を縦に結ぶ主要通路を通っていく。

 彩綾はコルトの馬に乗せてもらい、----服が目立つので身体を包むために外套を貸してくれた----その街並みをキョロキョロと眺めていた。おとぎ話に出てくるような街並みに、たちまち興奮した。


 両親が亡くなってから、彩綾はぶらりと一人旅をするようになった。一人っ子な上に普段は賑やかな職場で働いているせいか、誰にも気兼ねすることなく気ままに出かけるほうがリラックスできるからだ。そして、ガイドブックを片手に地方の特産品や歴史遺産、市場を巡るのが大好きだった。

 このキールの街はそんな彩綾の好奇心を刺激するもので溢れかえっていた。


 「すごい、素敵な街ね!街中がお花でいっぱい!街そのものが良い香りをしているわ!わっあの建物すごくかわいい!いいなぁ、あんな家に住んでみたい!」


 彩綾は前にいるコルトに向かって、矢継ぎ早に話しかける。目の数が足りないかのようにクルクルと見渡し、もっと遠くを覗こうとして前のめりになり、コルトが慌てて彩綾の身体を腕で支えた。


 「ご、ごめんなさい。あはは…つい興奮しちゃって。」


 こんな状況でも楽しんでしまう自分の神経の図太さに恥ずかしくなって俯くと、コルトが気にする風もなく返した。


 「いや、大丈夫だよ。この街は気に入った?」

 「ええ、とても。建物はかわいいし、街全体がオシャレだし、何よりお店も人もいっぱいで活気があるわね!」

 「ふふ、気に入ってもらえて良かった。」


 コルトはニコッと笑ってそう言うと、ウォルトの方へ視線を向けた。


 「でもね、この街を…いや、この領地をこんな風に変えたのは、ウォルトなんだ。」

 「え?」

 

 コルトは前を行くウォルトの背を真っ直ぐに見つめて、話し出した。


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