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Changeling  作者: みのり
17/71

16

 「その後の展開は、まさに青天の霹靂だった。その男はたった一人で瞬く間に敵陣を駆け抜け、戦局を覆していったのだ。」


 モンドールはお茶を飲み干すと、大きく深呼吸をした。


 「それからはあっという間だった。その男は陛下に勝利を捧げ、その後に続く他国との争いも大小問わず出陣しては勝利を収めていった。そして、巫女と共に戦争の爪痕を残した土地を回っては、その土地の回復の為に祈りを捧げていた。焼け野原と化した土壌も、彼らが訪れ祈りを捧げれば芽を咲かせたという。」


 「数年後、勝利を収め続けたバーヴェルク王国は大国へと成長し、他国から恐れられる存在となった。当時の記録には彼らについてはほぼ何も残されていないが、その男の力が大きく関わっていた事は確かだ。その後、国王陛下との間でどのようなやり取りがあったのかは定かではないが、その男は表立った地位には就かずに隠密のように代々国王陛下に仕えていたそうだ。そして巫女もまた、王宮の奥深くの宮殿で保護されながら代々仕えることとなったという。」


 琥珀色の石と碧い石が王国の陰の中枢として存在していた事実に、彩綾は血の気が引く思いがした。自分の先祖かもしれない人たちが、国王陛下に直接仕える存在だというだけでも卒倒しそうな内容だ。ましてや、今その石を自分が持っているなんて。

 その時、彩綾はふと疑問を感じた。


 「今、その巫女を保護していたという宮殿はどうなっているのでしょう。私がいなかった28年もの間、どうされていたのですか?」


 その言葉に、ウォルトがピクリと反応した。それこそが、ウォルトのシェランドルでの3年間に関わることだった。ウォルトがモンドールに代わって答えた。


 「現在、その宮殿には巫女がいる。----お前の代わりに。」


*


 「俺がシェランドルを任されてからの3年間は、お前も知っている通り国境内外の治安回復と災害防止に明け暮れていたんだ。それらを同時に行うには必然的に石の力が必要になった。そして石の力を使うたびに()()の元へ行って浄化してもらっていたんだが、使用を重ねるごとに浄化の効力を受けにくくなっていった。」


 『彼女に浄化してもらっていた』という言葉に、彩綾は胸がチクリと痛んだ。自分じゃない誰かがウォルトを助けていた事が、なぜかモヤモヤする。生意気な弟の世話を取られた、そんな気分だった。

 随分勝手だな、と心の中で自嘲していると、ウォルトが溜息混じりに続けた。


 「巫女とはいえ、その碧い石があったわけじゃないからな。()()の浄化の力そのものは強力なものなんだ。だが、その力でさえもこの石を浄化するには相当な労力を要するし、浄化しにくくなっていった。だから俺はこの1年程はほとんどこの石の力を使っていなかったし、使ったとしてもごく僅かだった。それでも最近は浄化が難しくなっていたんだ。」

 

 彩綾はまじまじとウォルトを見つめた。それでは、ここ1年程はほぼ自分の力だけでやってきたという事だ。もちろん、たくさんの仲間の支えがあっての事だということはわかっている。


 ----それでも、あれだけの事を、自分の力で。


 彩綾の視線に気付いたウォルトが、一瞬小さく笑った。すぐに真顔に戻ったが、彩綾の心臓が跳ね上がるには十分だった。彩綾は心臓を落ち着かせる為に、慌てて口を開いた。


 「でも、碧い石が無いのにどうして巫女として浄化できるの?他にも浄化の能力を持った一族が存在していたって事?」


 それについては私から話そう、と彩綾の疑問に答えたのはモンドールだった。


 「先ほどの男と巫女の話には続きがある。二つの一族は陰ながら代々国王に仕えていたのだが、150年程経った頃、男の一族の身に事件が起こった。継承者だった、当時4歳ぐらいの男児が琥珀色の石を持ったまま消えたのだ。」


 ()()()

 彩綾はまさか、と直感した。彩綾の表情から察したモンドールは、静かに頷いて続けた。


 「そう、消えた。男児の身に何が起こったのか知る者はいなかった。ただ、その男児には既に親がおらず、護衛の者たちが側にいたということと、その男児が危険にさらされた瞬間大きな光が現れて、その男児を包むように光った途端に消えた、という事だけがわかった。」


 彩綾は驚愕のあまり、言葉を失った。つまり、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()ということだ。

 では、今ここにいるウォルトは…。

 そう考えていると、モンドールがさらに続けた。


 「その時だった。王宮にいた当時の碧い石の巫女は、琥珀色の石の気配が消えた事と同時に、()()()()が現れたことを感知した。」

 「別の、存在…?」

 「そうだ。巫女は自分が感知した事と、その『別の存在』をすぐに保護するように当時の国王陛下に訴えた。陛下は直ちに兵を派遣し、消えた男児の大規模な捜索をしつつ、巫女の予言した辺りの湖の側で一人の男児を保護した。」

 「!」

 「その男児こそが、我がクレイス家の初代当主、アルスター・クレイスだ。」


 彩綾は自分の心臓が今日一日で相当鍛えられていることを痛感した。驚く事に慣れてしまったというほうが近いかもしれない。年の功だろうか。驚いても目を見開く気力すら起きなかった。


 「消えた男児の行方はわからないままに、アルスターは王宮に無事に保護され、護衛の者たちと共に王宮で過ごした。アルスターを巫女に会わせると、巫女はアルスターの中から男の一族と似た力を感じる、と国王陛下に告げた。ただし、力は強いが消えた男児の一族程の強さはない、とも。そこで陛下はアルスターに教養と、特に武芸の才を養わせたのだが、アルスターは武芸に凄まじい才能を発揮した。そしてその才能を開花させ、めきめきと頭角を現して以来、現在まで武芸一家として国王陛下にお仕えしているのだ。つまり、我々は消えた男児の『取り換え子』の子孫、ということになる。」


 モンドールは、チェスターとシューゼルをチラと見て言った。


 「そして、『取り換え子』の一族である我がクレイス家も、琥珀色の石の一族と同様に代々男児のみが産まれているのだ。」


 彩綾はそこまで聞くと、当然の疑問が浮かんだ。ウォルトの存在だ。クレイス家が取り換え子の子孫ならば、ウォルトの存在は何なのか。

 彩綾の疑問を察するように、モンドールが続けた。


 「琥珀色の石の継承者である男児が消え、アルスターがこの世に来てから130年程が経った23年前のあの日、当時王宮近衛騎士団副団長を務めていた私は、団長の執務室で仕事をしている最中だった。私は先代国王陛下に呼ばれて謁見の間へ行くと、同席していた巫女に長年消息を絶っていた琥珀色の石の継承者が戻ってきた、と告げられた。陛下が派遣された兵と共に巫女の予言する場所へと向かうと、かつてアルスターが現れたという場所とほど近い湖の側で、琥珀色の石を腕に巻いた一人の赤子の男児を保護した。それが、ウォルターだ。」


 彩綾は最初にクレイス一家に会ったときの違和感に納得した。


 ----『あれ?そういえば、ウォルトってどうして…。』


 そう。ウォルトだけが、髪と瞳の色が違うのだ。ウォルト以外は皆髪の色はブロンドかブロンドブラウンで、瞳は濃いブルーかダークブラウンと親譲りなのに、ウォルトは青みがかった黒髪と()()()()ブラウンだった。そして、石を使った時その瞳がゴールド一色に染まることも知っている。

 なるほどそういう事か、と妙に納得した。


 「ウォルトを保護した時、運命だと感じた。ウォルトが現れるまでの100年以上、石の継承者がどこでどのように生きてきたのかはわからない。ただ、代々の巫女は微かに琥珀色の石の気配を感じていたらしい。それが、継承者の生存と関係するかどうかはわからないことだった。だが、帰ってきた。私は国王陛下に願い出て、ウォルトをクレイス家の養子にすることにした。成人するまでは私が石を保管し、ウォルトが成人する時に必要な、継承者としての器を養わせることを陛下に誓った。そして、ウォルトが18歳の時にその石を託すことにしたのだ。」


 彩綾はウォルトの顔を見た。目を伏せ、どこか一点をじっと見つめていた。どう表現していいかわからない気持ちが溢れ、気が付いたらウォルトの肩に手を置いていた。

 なんだ、といった顔を向けられ咄嗟に笑顔を向ける。…眉間に皺を寄せられた。


 ウォルトの顔を見て、ハタと気になった。ウォルトが現れたのが23年前で、それを()()()()()()がいる。碧い石を持つ自分は28歳。嫌な予感がした。が、この流れからしたら間違いない。彩綾は恐る恐る聞いた。


 「あの…、少し気になったのですが、ウォルトのご先祖様が、この世界から石を持って消えたんですよね?」

 「その通りだ。」

 「その…、私は28年前に碧い石を持った状態で両親に拾われました。それって…つまり…。」


 全員の視線が彩綾に注がれた。彩綾は喉がカラカラになりながら、なんとか声を振り絞った。


 「そうだ、サーヤさん。あなたは28年前、碧い石を持って消えた碧い石の巫女の継承者だ。」


 ----やっぱりね!それしかないわよね!


 彩綾はすでに開き直っていた。ここまで来たんだ。なんなら自分から発信してやろうではないか。


 「もしかして、今宮殿で『私の代わりに巫女をされている女性』というのは、私が私のいた世界に飛ばされた時の『取り換え子』としてこちらの世界に来た女性、ということですか?」

 「う、うむ。その通りだ。」


 先ほどまで青い顔をして聞いていた彩綾が急にはきはきと話し始めた事に、モンドールをはじめ、皆が目を丸くしていた。

 『人生いろいろ話』に対するアラサー女の適応能力を舐めてもらっては困る。ウォルトだけがすぐに立ち直り、片手で顔を隠して笑いを堪えていた。

 ウォルトに向かって、隠れてないわよ!という視線を投げつけてから、モンドールに向き直った。


 「私の本当の母に当たる方は、かつて王宮で碧い石の巫女をしていたんですよね?今はどうされているんですか?」

 「あなたの母は、28年前にあなたが産まれて間も無く、亡くなった。」

 「…。そうですか…。確か、巫女は結婚をせずに子供をもうけると仰いましたよね。お相手の方、つまり私の父に当たる方も、当然…。」


 わかるわけないか。カップを持ち、お茶をすすりながらそう諦めかけた時、衝撃の一言が耳を貫いた。


 「あなたの父親なら知っている。もう亡くなってはいるが。…私の、弟だ。」


 彩綾は盛大に咽た。

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