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Changeling  作者: みのり
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15

 緊張で立っていられなくなった彩綾は、ふと自分の両肩に手をかけられている事に気が付いた。驚いて後ろを振り向くと、次兄のシューゼルがニッコリと微笑んで彩綾の顔を覗き込んでいた。


 「ほらほら、急にこんなとこに連れて来られて、大勢のごつい男たちにやって来られたら、サーヤちゃんが怖がっちゃうでしょ!」


 プゥと頬を膨らませ、ひらひらと手を振りながら言うその姿は、先ほどのシャロラインとそっくりだ。

 彩綾が思わずクスリと笑うと、シューゼルはホッとした顔をした。


 ----もしかして、緊張で震えていた事に気付いてくれたのかな…。


 「とりあえずここじゃなんだから、広間の方に行って座って話そうよ。ね?」


 行こう、と言ってシューゼルが彩綾の手を取ろうと手を伸ばすと、ウォルトが二人の間に割って入った。ウォルトは彩綾から見えないように、シューゼルに向かって牽制の視線を送る。


 「シューゼル兄上、急に女性の後ろに立つ方が怖がらせるだろう。それから兄上は帰ってきたばかりで疲れているだろうから、サーヤは俺が連れて行く。」


 シューゼルは目を丸くしてウォルトを見つめた。彩綾からはウォルトの顔が見えない。代わりに、シューゼルの表情が次第にニヤニヤしだしたのが分かり、首を傾げた。


 ----あれ?そういえば、ウォルトってどうして…。


 「ふ~ん?へぇ~?」

 「…なんだよ。」

 「いや~?別に~?」


 ウォルトの後ろでは、彩綾以外全員が口元に手を当てていた。


*


 広間に入ると、先ほどまでいたティールームとは違い、豪華な調度品や骨董品の数々で溢れかえっていた。高い天井から吊るされた大きなシャンデリアが部屋の中央で煌々と輝き、美しい刺繍を施された生地で作られた、大きくてふかふかのソファが並んでいる。

 足元には床の硬さを感じないほどの長毛の絨毯が敷き詰められていた。彩綾が絨毯の感触に感動してコッソリ足を踏み踏みしていると、すぐにウォルトにバレて諌められた。

 いちいちうるさい男ね、と口を尖らせていると長兄のチェスターと目が合い、彩綾は顔から火が噴くほど恥ずかしくなった。


 家長であるモンドールを中心に、両隣にシャロラインと彩綾を座らせた後、全員がソファに座ったところでお茶が運ばれてきた。それと同時に執事のフィリップが夕食の予定時間を告げ、部屋を後にした。

 それぞれがお茶に口を付けて一息ついたところで、モンドールがゆっくりと口を開いた。


 「さて、サーヤさん。今日我が屋敷に招いたのは他でもない。あなたが持つ碧い石についてお話ししなければならない事があるからなのだが…。今日、その石をお持ちかな?」


 直球に話を向けられ、彩綾はドクンと心臓が鳴った。ウォルト以外の全員が彩綾に視線を向ける。彩綾は緊張した面持ちで小さく頷き、首に下げて胸元にしまっておいた碧い石を取り出すと、両手の平に乗せてモンドールに見せるように差し出した。


 「これでしょうか。」


 彩綾が石を見せると、モンドールはそれを手に取った。そして間違いないといったように頷くと石を彩綾に返し、感慨深げに彩綾の顔を優しく見つめる。彩綾は自分の顔が赤くなるのを自覚した。

 しかし次の瞬間、モンドールが信じられない言葉を発した。


 「あぁ、間違いない。やはり、君はあの時の子だ。」


 彩綾は頭を殴られたような衝撃を受け、言葉を失った。


 ----…あの時の子…?


 自分が今何を言われたのか理解できないまま呆然としていると、ウォルトに「…おい、大丈夫か?」と声をかけられ我に返った。それでもまだ、言われた事が理解できない。

 その様子を見ていたモンドールは、一度大きく深呼吸をしてゆっくりと話し出した。


 「…そうだな、では、まずは君が持つ碧い石と、ウォルトが持つ琥珀色の石について話すとしようか。君は一度その碧い石を使ったと聞いているが、間違いないかな?」


 彩綾は頷くと、手元の石に視線を落としてその時の事を話した。


 「…はい。先日、ウォルトが高熱を出して倒れた時があったんです。その時、ウォルトの石が少し黒ずんでいるように見えたので、彼の執事のリークさんにその事を伝えたら、直ぐに『浄化』が必要だと言われました。それで…ウォルトに言われた通りにこの碧い石を握って念じたら、彼の石が元の琥珀色に戻って、彼の熱も下がったんです。」


 彩綾が話し終わると、モンドールはふむ、と頷きウォルトに視線を向けた。


 「ウォルト、お前はその日、琥珀色の石を使ったんだな?」

 「はい。国境付近で少数部族の息のかかった集団との小競り合いがあったのですが、長引かせるわけにはいきませんでしたので、やむを得ず。」


 彩綾はウォルトの方を見た。琥珀色の石を使ったことは聞いていなかった。よく考えれば、ウォルトの石の力について聞いていない。知っているのは、自分の石がウォルトの石を『浄化』する力があるということだけだった。モンドールが頷くと、彩綾に向き直った。


 「この二つの石の力を簡単に言うと、ウォルトの持つ琥珀色の石は『破壊と鎮静』、そして、サーヤさんの持つ碧い石は『浄化と再生』だ。」

 「破壊と、鎮静…。浄化と…再生…?」


 モンドールが彩綾の言葉を受け、言葉を続けた。


 「そうだ。琥珀色の石は、それを使用する者に千騎にも勝る武力と荒ぶる災いを抑え込む力を与える。しかし、所詮は生身の人間だ。その使用する力が大きければ大きいほど心身への負担が大きく、最悪の場合死に至る。」


 彩綾が再びウォルトの方を見て顔を顰めると、ウォルトが大丈夫だ、といった顔で返した。


 「そこでその碧い石が必要になる。」

 「…琥珀色の石を浄化して、使用者の体力を回復させる、という事でしょうか。」


 彩綾がハッとして答えると、モンドールは頷いた。


 「その通りだ。そして、碧い石の『再生』にはもう一つの力がある。使用者を回復させるだけではなく、琥珀色の石とともに祈ることで災いによって受けたあらゆる傷跡を再生へと導く力を宿している。故に、その二つの石は常に共存してきた。琥珀色の石を受け継ぐ一族と、碧い石を受け継ぐ巫女。これらの一族は交わることは決して無かったようだが、共存し共闘することで戦乱の世を生き抜いてきたのだ。」


 モンドールは目を伏せ、彩綾の手の中にある碧い石を見つめながら、しかし…、と続けた。


 「これらの石がいつ、何のために生まれたのかは謎のままでな。なんせ、代々受け継がれていたものだけに、文書として残されていなかった。いや、残さなかった、と言った方が正しいのかもしれん。」


 その時、彩綾はふと思ったことを口に出した。


 「どうして、二つの一族は交わらなかったのでしょうか。共存する必要があるのなら、いっその事一つにまとまった方がより安全だったのではと思うのですが。」

 「それは、それぞれの特性によって不可能なのだ。琥珀色の石の継承者からは男児のみが、そして、碧い石の巫女からは女児のみが産まれる。それ故に、男は外から妻を娶り、巫女は婚姻はせず子種だけを受けて子を残した。」


 これには彩綾だけでなく、ウォルトも衝撃を受けていた。つまりそれは()()()()()()()()()()()()()()ということだからだ。

 ウォルトは目の前が暗くなるような感覚に襲われた。俯くウォルトを横目に、彩綾はさらに質問を続けた。


 「私がこの石を持って現れるまでは、どうなさっていたのですか?以前、彼の部下であるコルトという兵士の方に聞いたことがあるんです。ウォルトがシェランドルに来る前はあの土地はひどい状態で、彼がたった3年で今のシェランドルに変えたんだ、と。もちろん、琥珀色の石を使用しての事だと思うのですが、それほどの大規模な事を碧い石が無い状態でどうやって…?」


 それは、とモンドールが言いかけたところで扉をノックする音がした。入るように応えると、フィリップが夕食の準備が整ったことを伝えに来た。


 「では、続きは後にしてひとまず食事にしようか。せっかくの夕食会だ。良かったら、君の話も聞かせてほしい。君がどんな国で、どんな風に過ごしてきたのかとても興味深い。構わないだろうか?」


 モンドールは彩綾にそう言って、優しく微笑んだ。彩綾はその顔を見て、幼い頃に亡くなった父を思い出した。そういえば、こうやっていつも優しい微笑みを向けてくれていた気がする。

 彩綾は「はい」、と笑顔で返した。


*


 食事の後、彩綾は再び広間へと戻った。モンドール以外は皆部屋に集まっていた。彩綾が先ほどと同じ席に座っていると、ウォルトが浮かない顔をして隣に座った。


 「ねぇ、ウォルト。さっきから元気無いじゃない。どうかしたの?」


 ウォルトは視線だけを彩綾に向けて、「何でもない」とすぐに視線を逸らした。彩綾が首を傾げていると、モンドールが広間へと入ってきたので皆席に着いた。

 フィリップが食後のお茶を運び、部屋を後にする。一息ついたところで、モンドールが口を開いた。


 「さて、先ほどの話の続きだが。サーヤさんが現れるまでの事についてだったな。ここからは、我々クレイス家にも関わってくる事になる。」


 彩綾はウォルトにチラと視線を送ると、ウォルトもそれに応えた。そして、モンドールに視線を戻す。

 モンドールはお茶を一口飲み、そこにいる者全員を眺めた後、ゆっくりと話し出した。


 「まず…そうだな。琥珀色の石の一族について話そうか。今から300年程昔、我がバーヴェルク王国がまだ数多の小国の内の一国だった頃の事だ。当時は近隣諸国との争いが絶えず、どの国も常に戦争状態だった。特に度重なる戦争や大規模な自然災害で弱体化していた我が国は、いつ他国に攻め滅ぼされてもおかしくないほどにまで追い詰められていた。」


 「ある日、当時の王ロイスター・ヴァーリンボル陛下は戦局を見極める為に自ら護衛を率いて戦場へと向かわれていたのだが、その途中、数人の男が野盗に囲まれているところを通りかかられたそうだ。そんな場面は戦争中でなくてもよくある事なのだが、国王陛下はふとその囲まれている者たちの中心にいる男が気になられた。男は今にも倒れそうなほどに身体がボロボロだった。だが、その瞳は燃え滾るような眼光を放ち、飢えた野生の獣のような闘志を暴発させていた。」


 「国王陛下は、馬首を返して護衛の者と共にその場へ駆けつけ、野盗を蹴散らしその男を救った。その男と共にいたのは、その男の護衛の者たちだった。陛下はその男に手を差し伸べたとき、男の胸にある石が目に入った。それが、琥珀色の石だったんだ。」


 モンドールがそこまで言うと、彩綾は緊張を隠しきれなかった。この話に後々自分自身が関わってくる事になるのかと思うと、鳥肌が立つ思いがした。

 そんな彩綾の様子を見て、ウォルトが彩綾の背中をポンと叩いた。不思議と気持ちが落ち着き、触れられた背中が温かく感じる。


 「陛下が男を治療する為に連れて帰ろうと護衛の者に命じられた時だった。その男の護衛の者が少し待つように言い、少し離れた岩陰に隠れていた者を男の元へと連れてきた。その者が男に触れると男の瞳から眼光が消え、そして男は怪我で意識を失った。その岩陰で隠れていた者こそが、碧い石の巫女だった。」


 碧い石の巫女、という言葉に皆の視線が集まった。彩綾は膝に乗せた手でドレスをギュッと握りしめた。


 「その後、国王陛下はその男と巫女、そして護衛の者たちを王宮へと連れて帰られ、秘密裏に治療をするよう命じられた。彼らの存在はごく一部の者しか知らなかったそうだ。その内に戦局がいよいよ危うくなり、王都が戦場と化す一歩手前まできた頃だった。男の怪我が完治し体力が回復したのだ。そして、男は胸に琥珀色の石を煌めかせて言った。」


 「『このご恩は、我が力をもってお返しする』と。」

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