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Changeling  作者: みのり
14/71

13

 子供たちの元へ駆け寄りながら、ユアンの視線が自分の後ろに向かっていることに気付いた彩綾は、走りながら何気に後ろを振り向いた。


 「…おい、サーヤ。いい加減ちょっとぐらい話を…ってこら!どこへ行く!」


 彩綾は視界の端にウォルトの姿を認めた瞬間、そのままダッシュで逃げ出した。とにかく顔を見たくない一心で走って走って走りまくる。そのすぐ後ろをウォルトが追いかけた。

 朝から全力で駆け抜けていく客人と城主に、兵士も使用人も何事かと目を丸くして眺めていた。


 「待て!逃げるな!」

 「待つわけっ!ないでっ!しょーがっ!」


 人をかき分け、広場に面した建物の角を曲がり、回廊を通って大きな倉庫が並んでいる一角に出た。隠れるところを探しながら走っていると、ウォルトがすぐ後ろまで追いついてきている。


 「いいから止まれ!」

 「しつっこいわね!こっち来ないで!」


 ----ったく!なんであんなに足が速いんだよ!でも、その先は…


 ウォルトが足を緩めながら進むと、彩綾が行き止まりに捕まってウォルトに背を向けたまま、はぁはぁと肩で息をしていた。ウォルトはもう逃げられることはないと判断し、ゆっくりと彩綾に近付き手を差し出した。


 「おい…」

 「来ないで!!」


 ウォルトはその声にピタリと足を止めた。完全な拒絶の態度に、足が固まる。彩綾は背中を向けたまま言い続けた。


 「何しに来たのよ。てゆうか、なんでいんのよ。王都に行ったんじゃなかったの?」


 彩綾は片手で脇腹を押さえながら、体力の衰えを痛感していた。今後、長距離ダッシュは厳禁だ。


 「いや、王都に行くのは明日だ。今日はどうしてもお前に話があって、その…嘘を吐いた。」


 ウォルトの言葉よりも、ウォルトに呼吸の乱れが全くない事の方が気になった。当然と言えば当然だが、体力の差に愕然とする。こちらは全力だったのに、手加減されていたのかと思うと正直腹立たしい。


 「私には話なんて無いわ。」

 「…なぜ、避ける。」

 「なぜですって!?あんた、本気で言ってんの!?」

 「この前の事で怒っているんだろう?その…悪かった。言い過ぎたと、反省している…。」

 「別に、あんたに謝ってもらわなくても…」


 彩綾が言いながら振り返ると、ウォルトの表情に目を見張った。

 目を伏せ長いまつげが影を作り、眉を寄せながら口元をへの字に曲げて、肩を落としている。

 今にも泣きそうな顔をして項垂れている長身の男の姿が目に飛び込んできた。その衝撃の光景に、彩綾の中に渦巻いていた怒りが頭の先からクルクルと飛んで出て行ってしまった。


 ----へ?何?どうしたのコイツ。なんで怒られた子犬みたいな顔してんの?


 彩綾がポカンと口を開けていると、目を伏せたまま、低く、消え入りそうな声でウォルトが呟いた。その声に反応して彩綾の心臓がピクンと動く。


 「…まだ、怒っているのか。」


 ウォルトの言葉に、自分の中の大人な部分が身を引くことを強要する。年上の辛いところだ。


 「え?…いや、まぁ別に…。もう、いいかな…ははは…。」

 「許してくれるのか?」

 「へ?あー…まぁ、うん。別に、反省してるなら、もういいかな。」

 「じゃあ、もういいんだな?もう、逃げないな?」


 ウォルトが彩綾の肩に両手を置いて、顔を覗き込むように詰め寄った。彩綾は顔の近さに、うっかり顔が赤くなりそうになる。なんせ、見た目は相当な美男子だ。

 彩綾は顔を見ないように視線を逸らせて溜息を吐いた。


 「はぁ…、わかったわよ。もういいわよ。私も大人気無かったし、水に流しましょう。」


 彩綾がモヤモヤした感情を飲み込むように返事をすると、ウォルトがニヤリと笑った。その顔からはすでに先ほどまでの真摯な表情は消え失せている。


 「よし、じゃあさっそく執務室まで来い。さっきも言った通り、明日王都に行かなけらばならん。お前も一緒に連れて行くから、これからその説明をする。あぁ、それと、話が終わったらお前にはすぐにドレスに着替えてもらうからな。明日までに最低限の挨拶とマナーを叩きこんでやるから覚悟しておけ。行くぞ。」


 ----あ、あれ?


 彩綾がウォルトの態度の急変に呆然としていると、ウォルトはお構いなしに彩綾の腕をグイグイ引っ張って歩きだした。彩綾は頭が付いていかず、されるがままに執務室までズルズルと引きずられていった。


*


 呆然としたままウォルトに連れられて執務室に入ると、リークがバツの悪そうな顔で斜め下を見ていた。目を合わせようとしないぐらいには、罪悪感を感じているようだ。

 彩綾は腕を掴まれたままソファにポイッと投げ出され、尻もちをつくように座り込んだ。ウォルトは彩綾に対面するように、反対側のソファに座って足を組んだ。

 部屋中にリークの淹れたお茶のいい香りが広がっている。その香りに落ち着きを取り戻した彩綾は、身体を起こしてウォルトに言った。


 「で、さっきの話だけど。なんで私まで王都に行かなきゃいけないの?」

 「先日、王都にいる俺の父に手紙を送った。二日前にその返事が届き、明日王都に出向くことになったんだが、誰かさんが逃げまくるせいで話す機会が無かったんだ。」

 「うっ…。」


 こうなったのは誰のせいだ、と言いたくなるのをグッと堪えていると、ウォルトがカップを取って口をつけながら畳みかけるかけるように続けた。


 「このままだと何の準備もできないまま本番を迎えることになりそうだったからな。心苦しいが、嘘をついてでもお前を捕まえることにしたんだ。」


 シレッと言い放つウォルトに、どの口が言うんだ…と彩綾はギリギリと奥歯を噛みしめた。なんとか冷静に話をしようと、自分もカップに口をつけつつ『大人な部分』を奮い立たせる。


 「何しに行くのよ?」

 「『碧い石を持つ娘』。つまり、お前のことなんだが、先日お前が()()()()()あの森に現れたことを報告した。そして、お前を連れてくるように言われたんだよ。」


 彩綾は『予言通り』という言葉に衝撃を受けた。つまりそれは、誰かがウォルトに自分がこの世界に来ることを伝えた者がいる、ということだ。彩綾はいよいよ寒気を覚え始めた。


 「は?『予言』!?何よそれ!怖いんだけど!」

 「まぁ、聞け。とにかくお前を会わせたい人物についてだが、現バーヴェルク王国国王の側近で、クレイス侯爵家当主である俺の父親だ。」


 ----今、何と仰いました??


 彩綾は思わず吹き出しそうになり、慌ててカップを置いた。ウォルトはまだカップを持ったままお茶をすすっている。そんな姿も様になっていた。


 「…は?あんたのお父様?国王の、側近!?」

 「そうだ。父上が、お前に会いたいと仰っている。近いうちに国王陛下にも謁見を…ておい、聞いているか?」


 ウォルトが涼しい顔で話す内容に、彩綾は愕然として石のように固まっていた。

 国王の側近に会う。しかも明日。さらにはウォルトの父親。その上、国王陛下本人とも会えと言う。固まるには十分な内容だった。


 「いやいやいや、ちょっと待ってよ。なんでそんな急に…。」

 「何度も話そうとしたが、お前がすべて断ってきたんだろうが。」


 ピシャリと言い切るウォルトの言葉に、彩綾はハッとしたと同時に冷や汗が流れた。ナタリーの言葉が蘇る。知らなかったとはいえ、今更後悔しても遅い。彩綾は両手で顔を覆いながら項垂れ、両手の奥からくぐもった声で呻くように呟いた。


 「…で?王都にいるアンタのお父様に会いに行けばいいのね?」

 「そうだ。その時に、俺たちが持つこの石について話して下さるはずだ。俺からある程度話してもいいんだが、俺も知らない内容もあるかもしれん。中途半端に知るよりは、父上から聞いた方がお前にとってもいいんじゃないかと判断した。」


 ウォルトの父親がこの石に絡んでいる。『石について話す』という事は、ほぼ当事者にしかできない事だ。その上、ウォルトの知らない事まである可能性があると言う。彩綾はますます混乱してきた。


 「お父様も、この石についてご存じなの?」

 「あぁ。まぁ、この事については明日ハッキリするからいいとして…。お前、貴族令嬢としての挨拶やマナーなんて当然身についてないだろう?」


 突然の話の切り替えに、彩綾は一瞬反応が遅れた。


 「挨拶ってあの、ドレスの裾を持って膝を折るようにする、あの挨拶?」

 「なんだ、知っているのか?」

 「知ってるわけないでしょう、貴族じゃないんだし。最低限の知識よ。」

 「使い道のない知識をひけらかした度胸は認めてやる。無駄な期待させるんじゃねぇよ。」


 ウォルトはカップに口をつけて、テーブルに戻しながら「とにかく」と続けた。


 「明日の早朝には出発する。馬車で向かうが、日が暮れるまでには王都にある父の屋敷に着くだろう。それまでの間に少しでも多くの挨拶とマナーをしっかり叩き込んでおけ。万が一夜会に出ることにでもなったら、恥をかくのはお前だ。」

 「え、夜会って、貴族令息が集まって踊ったり、お相手探しの場にしてる、あの夜会?」

 「なんだ、出たことあるのか?」

 「…。」

 「…懲りない奴だな、お前。」


 ウォルトは「頑張れよ」と言うと、机に向かって仕事を始めた。彩綾がソファに座ったままげっそりとした顔で頭を抱えている。ウォルトはふと思い出し、少し躊躇いがちに緊張を隠すような声で彩綾に声をかけた。


 「ところで…」

 「…何?」


 彩綾は身体を上半身だけ反転して振り返り、返事をした。


 「先日の…その…俺の首にあったものについてなんだが…。」

 「あぁ、キスマーク?それがどうかしたの?」


 ウォルトは彩綾のあまりの返事の軽さに唖然とした。


 「おい、サラッと言うな。とにかく、あれはただの虫刺されだ。変な誤解すんなよ。」

 「え?ううん、別に何とも思ってないわよ?」


 ----てゆうか、正直それどころじゃない…。


 彩綾はカップのお茶を飲み干してノロノロと立ち上がり、扉へと向かった。後ろにいるウォルトがショックで固まっている事には気が付かない。

 リークが扉を開け、部屋から出ようとしたところで足を止めた。彩綾は思い出したようにウォルトへと振り向き声をかけると、ウォルトが羽ペンを走らせたまま重い声で答えた。


 「そうだウォルト、変なこと聞いていい?」

 「なんだ?」

 「あのさ…私たち、昔一度会ったことない?」

 「…!」


 ウォルトの羽ペンを持つ手がピタリと止まる。微かに震える手を隠すようにペンを握りしめ、もう片方の手でペンを持つ手を覆った。


 「…いや、そんなこと、あるわけ無いだろう。」

 「うーん、そうよね。ごめん、私の勘違いだわ。今のは忘れて!じゃあね。」

 「あぁ…。」


 彩綾が部屋を出ると、いつの間にかナタリーが執務室の近くに控えていた。


 「マナー指導の先生をお呼びしてあります。すでにお部屋でお待ちいただいておりますので、そちらへご案内致しますわ。」


 彩綾はナタリーに連れられて部屋に向かった。部屋に辿り着いて中へ入る。部屋を出られたのは、日付が変わってからだった。


*


 翌朝、ナタリーに身支度を整えてもらって城門へと向かうと、馬車のすぐ傍でウォルトがすでに準備を終えて彩綾を待っていた。ウォルトが彩綾の姿に目を見開き、じっと見つめて固まっている。その様子を見ていたコルトが笑いを堪えてウォルトに小さく耳打ちをした。


 「城主様、御令嬢をお出迎えなさらなくてもよろしいのですか?」

 「え?あぁ、そ、そうだな。」


 ウォルトは大股に彩綾の元へと向かい、手を差し出した。彩綾は昨夜の特訓の内容を思い出し、ウォルトの手に自分の手をそっとのせて、微笑んだ。ウォルトの心臓が微かに高鳴る。


 「おはよう、ウォルト。ありがとう。」

 「あぁ、おはようサーヤ。その…ドレスなんだが…。」

 「え?」

 「…いや、なんでもない。行こう。」


 ウォルトのエスコートで馬車に乗り込み、出発する。ウォルトは彩綾の隣に座った。

 彩綾は昨日の疲れが出たのか、座った瞬間、馬車の揺れに眠気を誘われウォルトの肩にもたれかかって夢の中へと落ちていった。しばらくすると馬車がガタンと揺れ、その微かな衝撃で彩綾はゆっくりと目を覚ました。


 ----いけない、いつの間にか寝ちゃってた…え!?あれ!?


 目が覚めた彩綾の頬に、人の体温の温かさが伝わってくる。頬の下を見ると、温かさの正体は膝だった。そして恐る恐る見上げると、目を閉じてソファにもたれて眠るウォルトの顔がある。


 ----これ、もしかして、もしかして!!


 まさかの状況に顔が真っ赤になるが、顔を隠そうと動けばウォルトが起きてしまうかもしれない。かといって、このままでいるのはもっと恥ずかしい。起き上がるタイミングがわからずグルグルと頭を悩ませていると、頭上から声がした。


 「おい、起きてるんだろ?身体がガチガチになってるぞ。起きたんなら、さっさと…」

 「わあぁぁぁ!!ご、ごめん!!」


 ウォルトに声をかけられ、彩綾は心臓が飛び出しそうになりながら、跳び起きた。彩綾は髪やドレスを直しながら窓の外に顔を向けて早口で捲し立てた。


 「ご、ごめんね。その、昨日はあれから深夜までずっとマナー指導があったからあんまり寝てなくって。だから仕方が無かったって言いたいんじゃなくて、その、本当に、ごめんなさい…。」

 「い、いや…。」


 ウォルトは彩綾の早口に呆気に取られながら、ふと彩綾のすぐ横の窓に映ったものが目に入り息を呑んだ。

 窓には、俯いて顔を真っ赤に染めている彩綾の顔が映っていた。

 ウォルトの胸がドクドクと波打ち、思わず彩綾の頬に触れそうになった。が、思い留まりその手を下げる。

 ウォルトは彩綾から離れるように反対の窓に顔を向けながら、窓越しに彩綾の姿を見つめていた。

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