プロローグ
はじめまして、みのりと申します。
今回、初作品です。
お時間のある時にお読みいただければと思います。
どうぞよろしくお願いいたします。
プロローグ
見渡す限りの、樹木の壁。
鬱蒼と生い茂る緑の隙間からやわらかな光が差し込み、透き通るような空気に反射して、星屑のように美しく輝いている。まるで物語に出てくる幻想の世界のような光景に目を奪われた。
----ここ、どこ!?
*
桐谷彩綾。28歳、独身。
幼少期に父が病気で他界し、キャリアウーマンとしてバリバリ働く母を支えるため、物心つく頃には家事をこなす『小学生主婦・彩綾ちゃん』と呼ばれていた。
少しでも母を楽にしてあげたくて、将来的にも働き口に困らないよう、保育士になった。
何より、一人っ子の彩綾は子供が大好きだった。
165cmと、女性にしては背の高い方である彩綾は、専ら男児の戦いごっこの相手になっていた。当然悪役。体力には自信があり、走るのは好きだし、相撲もボール投げも得意だった。
子供達からは「さっちゃん先生」と呼ばれていて、日本人にしては色素の薄い薄茶色の瞳と、栗毛のロングヘアーをキュッと結ぶポニーテールがトレードマークだった。その上少し鼻が高かったので、学生の頃は友達に『無駄にハーフっぽい』とからかわれていた。
20歳で保育士として働きだし、21歳の春、ようやく仕事に慣れてきた頃に母が病気で亡くなった。
やっと親孝行ができると思った矢先の出来事だった。
体調が悪かったのを、ずっと無理して隠してきたのだろう。気付いた時にはすでに手遅れな状態だった。
入院中のある日、彩綾はいつものように母の病室を訪れていた。母に家から持ってくるように頼まれていた小さな箱を渡すためだ。母からは、病室に持ってくるまで絶対にその箱を開けないように言われていた。母はベッドのヘッドボードにもたれかかるように座り、彩綾にその箱を開けるように言った。
言われたまま蓋を開けると、深い碧色をしたきれいな石が入っていた。その石に皮ひもが巻き付くように固定され、ペンダントになっている。
「きれいな石ね。」
彩綾は手元の石を見た途端、惹きつけられるような不思議な感覚がした。
「ええ…。彩綾、ずっと…あなたに話さないといけないことがあったの。」
「?」
母は目を伏せて彩綾の持つ石を見つめ、そのまま視線を上げて彩綾の目を見つめて言った。
「あなたはね…私とお父さんの、本当の娘じゃないの。」
「…へ!?」
母の突然のカミングアウトに、彩綾は大きく目を見開いて母の顔を見つめた。
あんぐりと口を開けて固まる彩綾に対して、母は目を伏せて石を持つ彩綾の手をそっと包みながら、すまなそうに微笑んで話し始めた。
「昔…お父さんとお母さんは、なかなか子供に恵まれなくてね。周りからのプレッシャーとか…まぁ、いろいろと悩んだ時期もあったんだけど、子供は天からの授かりものでしょう?授からなくても、お父さんと一緒なら幸せに暮らしていける、そう思うようになっていたの。」
「……。」
母は一度彩綾の目を見つめ、そして前を向いて目を細めて話し続ける。
「結婚して数年後のことだったわ。お盆休みの少し前から有給休暇を使って長めの連休にして、私たちはお父さんの実家に里帰りに行ったの。あの、山に囲まれた自然が美しい田舎の実家よ。覚えてるかしら?」
「…ううん…。」
彩綾は父の顔も薄っすらとしか覚えていなかったので、父の実家となるとほぼ記憶になかった。彩綾が首を横に振る。
「そうよね、あなたがまだ小さいうちにお父さん死んじゃって、それ以来ほとんど帰っていないもの。そうそう、それでね、その里帰りしたときに、お父さんとお母さんと…夕方頃だったかしら…二人で川沿いを散歩していたの。そうしたら、そのすぐ横の林の方で突然大きな光が見えたのよ。」
そう言うと、母はまるで探検中にすごいものを見つけた子供のように目をキラキラさせて手をぱっと開いた。
「田舎だし、周りには他に誰もいなかったから、お父さんと二人でその光った方に行ってみたの。そうしたら林の中に、おくるみに巻かれた赤ちゃんが泣いているのを見つけたのよ。」
彩綾は母の言葉に驚愕し、息を呑んだ。
「…!まさか…。」
「ええ、そう。それがあなただったの、彩綾。そしてこの石は、その時あなたの腕に巻かれていたものなの。」
彩綾は頭が真っ白になり、手元の石に目を落とした。自分でもわかるくらい、少し指先が震えていた。
母は彩綾の手を取り、冷え切った指先を温めるように優しく擦った。
「お父さんも、お母さんも、それはもう本当に驚いたわ。でもね、不思議とすごく運命的なものを感じたの。ああ、この子の親になりたい、って思った。そのまま一度家に連れて帰って、お父さんの両親とも話し合って、翌日には役所に行ってね。正式に里親になる手続きをして、あなたを娘として育てることにしたのよ。」
「私たちの元に来てくれてありがとう」と言って微笑んだ母は、翌週、永い眠りについた。
*
母が亡くなってから7年が経つ頃、彩綾は勤めていた保育施設を辞め、地方に引っ越そうとしていた。
地方といっても、交通やスーパーに困らない程度の中規模都市を予定しているのだが、所謂『現代病』という名のストレスで精神的に参っていた彩綾は心身のリフレッシュも兼ねて、しばらくの間は働かずに好きなことをして過ごそうと思った。幸い、元からの倹約癖と両親が残してくれた僅かな貯蓄もあり、過度な贅沢さえしなければ2~3カ月は何とか食いつなげる。
仕事を辞めた日の夜、病室で母から受け取った小さな箱を開けた。これを受け取った直後に母が亡くなったせいか、引き出しの奥に入れたままにしていた。きちんと収まった小さな石は、相変わらずきれいな碧色を放つ。彩綾はそれを手に取り、目の前にかざして色を楽しんだ後、首にかけてみた。
適度な重みがあるその石は、不思議と首に馴染んで心地良い。
彩綾はそのままベッドによじ登り、疲れた体を布団に沈めた。
翌日、昼前にベッドから起き上がった彩綾は、ずいぶん長い時間眠り込んでいたようで、空腹が胃を強烈に刺激していた。
----お腹すいた…。あー、冷蔵庫なんも入ってないや。しょうがない、コンビニでも行くか。
どうせ近所のコンビニだし、と長袖のシャツとスウェットの上下のまま行くことにした。首にはペンダントをぶら下げたままだった。
もう春とはいえ、まだまだ空気は冷たい。のそのそと床に落ちているスマホを拾い上げ、適当に髪を梳いてポニーテールにし、玄関へと向かう。靴をはいて、玄関の扉に手をかけようとした時だった。
「!!!!!」
突然、彩綾の目の前が大きな光に包まれた。
その強烈な光が眩しくて咄嗟に目を瞑るも、身体は外へ出ようとすでに前のめりになっていた。
すべては一瞬の出来事だった。