1 シスターの朝
こんにちは。竜也です。
ついに長編版が始まりました!ぜひ最後までお付き合いください。
教会の朝は早い。それはこの少しさびれた教会でも同様だ。
「ふんふふんふふーん」
この教会のシスター、ジル・ノワールは鼻歌を歌いながら農園の野菜の収穫をしていた。
太陽が少しずつ昇ってゆき、徐々に明るくなってゆくにつれて、今すぐにでも踊りだすのではないかというほど体をどんどん大きく揺らしていく。
旬となった野菜をハサミで切るたびにカチッ、カチッ、と心地よいリズムが誰もいない農園に響きわたった。
やがて収穫が終わり、ジルは近くの川まで行くと、手を合わせて目を閉じた。すると、彼女の周りに魔方陣が浮かび、川の水が少しずつ空中に集まって行く。この水を農園の上空まで運び、シャワーのように雨を降らせた。
そう、これこそが彼女の特技であり、他のシスターには真似のできない神業のようなものだ。だからこそ、この農園の管理はジルにほとんど任されている。
こうして野菜に水をやるとジルはお寝坊さんのルームメイトを起こしに教会内の自室に向かった。
階段を登り、ドアを開けるとジルは大きく息を吸い込む。
そして、
「クーリースーちゃん! 朝ですよ! お姉ちゃんが起こしに来ましたよ! 早く起きないとこちょこちょしちゃいますよー!」
となりの部屋どころか一番奥の部屋まで聞こえるのではないかというほど大きな声がひびいた。しかし当のクリス、クリスタ・ブランからは返事がない。それはいつも彼女を起こしているジルには分かっていたようで、はあー、またかあー、とおおげさにやれやれというポーズをとってからスタートダッシュの構えに移る。
「さあ、ジル選手、準備が整ったようです。ではいきますよ? 位置について! よーい! どん!」
そして大きくジャンプしてクリスタのベッドに飛び込む。その姿はさながら水泳の飛び込み選手のようだ。かわいらしい少女が飛び込むその光景は見る人が見れば感嘆のため息をこぼすだろうが受け止める側にとってはそれどころではないようで、
「ぐふぇっ」
とカエルの潰れたような、それでいてこちらもまたかわいらしい声がくぐもって聞こえる。しかし、そんな少女の悲鳴も意に介さずジルは第二段階のくすぐり攻撃へとシフトする。
「あひゃひゃひゃひゃひゃひゃ! ギブ! ギブ! こーさん! もう私起きた、起きたから! あひゃひゃひゃ!」
その数十秒後、クリスタがベッドに座ってふんぞり返り、ジルがそのかたわらに跪くといういつも通りの風景が待っていた。
「だーかーらー! 毎週毎週この起こし方しないで、って言ってるよね! というかジルねぇ私がくすぐりに弱いの知っててやってるよね!? ひどいよ!」
「まあまあ、怒るとしわができちゃうよー。ほら、外はこんなに晴れやかなんだから今日くらいはおおらかな心をもとーではないかね?」
とジルはおもむろにカーテンを開けた。太陽がいつの間にか昇り切った空は明るく、うす雲が少しかかっているだけで解放感にあふれている。起きたてのクリスタには眩しかったようでうっと目を細めるがすぐにキッと眼光をジルにやり、不満をまくしたてた。
「ジルねぇが反省しないから怒ってるんでしょ! もうちょっと体を揺らしてみるとか他のやり方あるでしょ! そもそも……」
クリスタの説教は思ったより早く終わった。というより、ジルが手をたたいて強制的に終わらせた。
「クリスちゃん、今日はいつもよりお寝坊さんだったからもうそろそろ日曜礼拝の時間ですよ。毎週来てくれる信徒さん達を待たせるのはいけないでしょ?」
「えっ、もうそんな時間? ジルねぇ先にそれを言ってよ! 早く着替えないと! ジルねぇは先に準備しといて」
「はいはい、クリスちゃんも早くきてね」
「分かってるって」
その言葉を背に受けながらジルは部屋を出て、階段をかけ足で降り、台所へ向かった。そして起きてすぐ作っておいた朝ごはんのサンドウィッチを手にとり、礼拝堂に入って蝋燭の灯をともした。
少し遅れて着替え終わったクリスタも到着し、席につく。ジルも席について、サンドウィッチをクリスタに渡した。
「おお! 今日は卵サンドか! もぐもぐ……やっぱりジルねぇの卵サンドは格別だね!」
「誉められるとお姉ちゃん照れちゃうわー。というかクリスちゃん、他の人が作ったの食べたことないから比較しようがないんじゃ…」
「いいの! それくらい美味しいってこと!」
「ありがと。クリスちゃんも私くらい人生経験積んだらできると思うよ?」
「お姉さんぶりたいのは知ってるけど…私と背が同じくらいの人に言われるとやっぱり違和感があるよね。私のび盛りだからあっという間に抜いちゃうよ?」
「クリスちゃん、口を慎んでちょうだいね?」
自分のコンプレックスを口にだされたジルからクリスにかけられた圧を表現するならまさしく鬼、だろう。彼女のことをよく知るクリスは、これ以上この話題を続けるのはまずいと感じたのか、手をわたわたと動かしながら慌てて話題を転換した。
「そ、そういえば神父さんや他のシスター達は?」
ジルはなんでもないように答える。
「クリスちゃん、露骨に話題逸らしすぎ! ……まあいいけど。あの人達のことはクリスちゃんも知ってるでしょ? 今ごろ信徒さん達といっしょにここに向かってるわよ」
「う、うん……そうだね。じゃあ私教本取ってくるね!」
クリスタはこの重い空気から逃れるように出ていった。残されたジルはため息をついて呟く。
「あの子も成長したなー。あの子を引き取って何年になるっけ? この体じゃ時間の問題だよね」
ジルは自分の体を見下ろした。どう見ても十三、四才くらいにしか見えない。目に見えてクリスタに勝っていると分かるところといえば胸だけだろうか。それももし抜かれてもジルねぇと呼んでくれるかどうか…つまらないことかもしれないけど本人にとっては死活問題だ。
「おーい、ジルねぇ? なんか考え事? ジルねぇらしくない」
「あっ、クリスちゃん。とりあえず教本、配ろっか」
クリスタが台車で持ってきた教本は二人の分をあわせて61人。この人数はクリスタが来てからずっと変わっていない。そして半分ほど配り終えたその時、礼拝堂の入り口のドアがドンドン、と鳴った。
「はい、皆さん入っていいですよ。後ろの人は教本自分で取ってくださいね」
ジルの声に連れられてドアがギィーー、と開いていく。そして入ってきた者達は……人間ではなかった。




