隠れた本音
木陰で休んだおかげで、私の体力もかなり回復した。桜庭くんがいろいろと準備していてくれなかったら今もぐったりしていただろうから、その点は素直に感謝しなくちゃね。
心と体が落ち着いたところで美咲ちゃんを探すと、ちょうどチケットを買い終えたところだった。「そろそろ行こうか」という桜庭くんの言葉を合図に、私たちは立ち上がって木陰から抜け出す。
やっぱり、暑いな。
容赦なく照りつける太陽に、思わず空を見上げて後悔した。だって眩しい青空を見たら、体感気温がもっと上がっちゃったんだもん。
これから『暑い』は禁句! 心の中でも言わない!
そうひとりで決意して、美咲ちゃんの元へ急いだ。
「任せちゃってごめんね」
謝る私に、美咲ちゃんは「大丈夫?」と心配そう。
「もう平気!」
精いっぱい元気に答えると、美咲ちゃんはようやく笑顔になった。
「良かった。それじゃ、行こうか」
美咲ちゃんからチケットを受け取って、四人でエントランスを通り抜けると、途端に目の前に広がるファンタジックな景色と楽しげなBGMに、いや応なしに心が踊る。
よし! ここからは美咲ちゃんの応援に全力投球!
……のはずだったのに、入園して十分で今隣にいるのはなぜか晃一だけ。美咲ちゃんも桜庭くんも、一体どこに行っちゃったのよ。
心の中で泣いても、二人は見つからない。仕方なく晃一に相談しようと横を見ると、あれれ? 晃一ってば、やけに落ち着きがない。と言うより、不機嫌? それでも他に頼る人もいないから、仕方なく普段と様子の違う晃一に声をかける。
「ねえ、美咲ちゃんたち、どこ行ったのかな?」
「そんなの、俺が聞きたいよ!」
やっぱり晃一も美咲ちゃんたちを探しているんだ。でも、そんなにムキにならなくてもいいのに。はぐれたのは、私のせいじゃないですよーだ。
それにしたって、いつもふざけた……、いえいえ、楽しそうな晃一がこんなに余裕をなくすなんて。それって、もしかして……!
「美咲ちゃんが桜庭くんと二人きりなのを心配してるの?」
思いつくまま言葉にすると、晃一の顔が真っ赤に染まっていく。暑さのせいじゃないよね。だって耳まで真っ赤だもん。晃一は動揺を隠すようにスマホを耳に当てた。きっと美咲ちゃんに電話してるんだ。だけど美咲ちゃんは電話に出なかったみたいで、晃一は乱暴にスマホをポケットに戻した。
「誰だってはぐれたら探すだろ」
なるほど、そう来ましたか。
「でも桜庭くんが一緒だから、大丈夫だよ。きっと二人で楽しく遊んでるんじゃない?」
「……いいから、早く探しに行くぞ!」
少しニヤつきながら言った私の言葉に、晃一はさらなる不機嫌という期待どおりの反応を示してくれた。そう、これはヤキモチ!
良かったね、美咲ちゃん。美咲ちゃんの想いは、報われているみたいだよ。
早足で歩き出した晃一の後を追いながらも、私のニヤニヤは止まらない。でも晃一の視界には私なんてまるで入っていないみたいだから、緩んだ顔を怒られることもないよね。
晃一がキョロキョロとしながら「だいたい、桜庭が城戸に会いたいって言うから連れてきたのに、なんでこんな組み合わせになってるんだよ」とボヤいた。これは苦言を呈すチャンスですか!?
「でもさ、晃一も悪いよ? 普段からもっと美咲ちゃんを構ってあげればいいのに」
私なんかに絡まないでさ、というのは胸にしまっておこう。
「そんなことができれば苦労しねーんだよ。物心つく前から一緒にいたのに、今さらこんな気持ちになるなんて。どうしたらいいか分からない俺の立場にもなってみろ。……だから美咲の隣にいるおまえにいつも突っかかって、美咲の気を引こうとしてた。悪かったな、嫌な思いさせて」
いや、そんな理由なら全然OK! むしろ嬉しいくらいです!
「ってか、美咲には言うなよ! 誰にも言うなよ!!」
さらに真っ赤になって念を押してくる晃一が、今や可愛く見えてくるんだから、人間って本当に不思議だね。
「大丈夫、言わないよ」
だって私が言わなくても、二人はきっと上手くいく。
「ゆららー!」
聞こえた声に、晃一と私は斜め後ろを振り返った。そこには手を振る美咲ちゃんと桜庭くんがいて、私よりも先に晃一が早足のまま向かって行った。もちろん、私も二人に駆け寄る。
「冷たいチョコレートドリンクがあるって桜庭くんが教えてくれたから、ゆららに買ってあげようと思って」
美咲ちゃんはそう言って、私に紙コップを差し出した。「ありがとう」と受け取ると、掌から冷たさが広がって、身体が軽くなった気がする。ひと口飲むと、心まで軽やかになった。
「美味しい。生き返る! ありがとう、美咲ちゃん」
「どういたしまして。晃一はコーラにしたんだけど、良かった?」
美咲ちゃんから紙コップを渡された晃一が「さ、さ、さんきゅ……」とすっかりさっきまでの勢いを失くしたぎこちない声で返事をしているのを見て、私は二人からそっと離れた。
いやー、お似合いのお二人ですね。
なんだか嬉しくて仕方ない私がニヤニヤ顔を復活させていると、隣に並んだ桜庭くんが耳元に顔を近づけてきた。
「チョコ持参だとは思うけど、念のため。ね?」
囁かれた言葉に、思わず横を見た。桜庭くんはもうこっちを向いてはいなくて、美咲ちゃんと晃一の様子を満足そうに見ている。
私と同じチョコレートドリンクを飲む桜庭くんは、二人の気持ちに気づいてこんな行動に出たのだろうか。だとすれば、桜庭くんの読みは大正解だ。だってほら、美咲ちゃんと晃一は楽しそうに笑っている。さっきまでの雰囲気とは大違いだもん。
さすが、お兄ちゃんから差し向けられた刺客。子犬のような笑顔の桜庭くんは、もしかすると只者ではないのかもしれない。