仲間
夏休みの遊園地は、予想以上に混んでいた。平日でこれなのだから、土日はもっと混むのかもしれない。暑さが苦手な私にとって、これ以上の人混みは死活問題だ。
「ゆらら、大丈夫?」
入園前だというのに、チケット購入の列ですでにバテている私を心配してくれる美咲ちゃんに「たぶん」となんとか返事をした。
中に入ったら、まず冷房の効いた室内で冷たい飲み物を飲もう。
そう決意した私の手首を取ったのは、桜庭くんだった。
「ゆららちゃん、少し日陰で休もう。里村くん、白井さん、悪いけど僕らの分のチケットもお願いできる?」
そう言ってスマートな動きで二人分のチケット代を晃一に手渡す桜庭くんは、美咲ちゃんたちの返事も待たずに歩き出した。もちろん、手首を握られている私も桜庭くんに付いていく形になっている。
「まったく、暑さに弱いのに対策しなさすぎ!」
どうしてそれを知っているの?
聞き出したいところではあったけど、まずは涼むのが最優先。正直なところ、直射日光を浴びるあの列から抜け出せたことは、すごく助かった。
「ここなら少しは涼しいでしょ?」
そう言って連れてこられたのは、大きなヤシの木の下だった。私はヘナヘナと腰を下ろす。
「やっぱり用意してきて良かった。はい、これ」
桜庭くんが鞄から取り出したのは、冷却スプレー。
「気休めかもしれないけど、しないよりは楽だと思うよ」
私は素直にスプレーを受け取った。だけどどうして桜庭くんは、私が暑さに弱いことを知っているのかな。おまけにこんな対策グッズまで、まるで私のために用意してくれたみたいな言い方。
「ありがとう」
そう言ってスプレーを返すと、代わりに凍ったペットボトルを渡された。
「ゆららちゃん用に持ってきたやつだから。飲むと体温下がるよ」
いやいや、さすがに準備良すぎでしょ!
と思いつつも、見るからに冷たいペットボトルに手が伸びてしまう。
まだ全部は溶け切っていないペットボトル、中身はスポーツドリンクだった。飲めるのは数口だったけど、程よい甘さが体中に広がって、ずいぶんと体が楽になった。
「荷物になるから、僕の鞄に入れておけばいいよ」
桜庭くんは私が遠慮するより早く、ペットボトルを私の手から抜き取って鞄にしまった。
何というか、手慣れてる? あどけない外見とは裏腹に、実は遊び人なのか、桜庭くん!?
チラチラと疑いの眼差しを向けている間に気力が戻ってきた私は、数々の疑問を本人にぶつけることにした。
「どうして私のことを知ってるの? それだけじゃない。私が暑さに弱いことも知ってるし、初めて一緒に遊ぶ私のためにこんなに色々と用意してくれるなんてどうして?」
「あー、やっぱり何も聞いていないんだね」
桜庭くんはがっかりした様子でそう言ったけど、どこか楽しそうにも見えた。
「聞くって、誰から何を?」
私たちに共通の知人がいるとすれば、それは美咲ちゃんと晃一しか思い浮かばない。
「ゆららちゃんのお兄さんだよ」
「……えー!」
たぶん大声で叫んだと思うけど、さすが遊園地。みんなの楽しそうな声にかき消されたのか、こっちを見たのは数人だけだった。
「な、な、なんで!? お兄ちゃんと知り合いなの!?」
というか、どっちのお兄ちゃん? いや、今はそんなことはどうでもいいか。重要なのは、どうして桜庭くんとお兄ちゃんが知り合いだってことかだよね。
「何年か前に、ゆららちゃんの家に遊びに行ったことがあるんだけど、覚えてない?」
可愛らしく首を傾げる桜庭くんは、まさに子犬のよう。でも、あの家で桜庭くんに会った記憶なんてありません!
「ま、覚えてなくても仕方ないか。とにかく僕はゆららちゃんのお兄さんから、君のこっちでの生活を全面サポートするように言われてきたんだ。つまり、僕はゆららちゃんの仲間ってこと。何も心配しなくていいからね。改めてよろしく、ゆららちゃん」
桜庭くんの極上スマイルを向けられたら、たいていの人は頷いてしまいそう。でも、私は複雑な気分だった。桜庭くんがお兄ちゃん側に付いているなら、そのうち進学のことで私の壁になる存在だ。
何も心配しなくていいどころから、心配の種が増えたじゃない!
私の心の叫びとは対象的に、桜庭くんは嬉しそうに私の隣に腰を下ろして、携帯扇風機を回し始めた。