次の約束
それから翔平さんは、効率的な勉強方法や試験対策、大学のカリキュラムといった、とても実用的で役立つ話をたくさん聞かせてくれた。
分かりやすく、そして時々笑えるような話を交えてた翔平さんの話に、私だけじゃなく美咲ちゃんも晃一も、食い入るように聞き入っていた。
「……と、こんなところかな。そろそろお店が混んでくる時間だし、もっと聞きたいことがあれば、また時間作るけど」
翔平さんの言葉で時計を見ると、インタビュー開始から二時間半も経っていた。気が付けば、店内のテーブルもほとんどが埋まっている。
うん。翔平さんの言うとおり、そろそろここを出なくちゃ。となると、悩ましい問題がひとつ。
もう充分すぎるくらい話を聞かせてもらった、って思ってるよ。思ってるけど、次の約束は正直魅力的だよね。でもでも、図々しいって思われちゃうかな。いや、翔平さんはそんなこと思ったりしないって。ああ、だけど……!
メリーゴーランドみたいにくるくると回るばかりで結論の出そうにない思考回路を働かせていると、晃一が「いえ、もう大丈夫です!」と力強く答えた。
そ、そうですよね。受験と関係ない私の邪な欲望だけで、翔平さんの時間を無駄遣いするなんて烏滸がましい考えでした。すみません!
謝罪の気持ちも込めて、晃一の言葉に大袈裟なくらい頷いていると、美咲ちゃんが「はーい!」と手を挙げた。
「翔平さんがもし良ければの話なんですけど、今日のお話を聞いてきっとみんなやる気が出たと思うので、お時間ある時に勉強を教えてもらえませんか?」
美咲ちゃん!!
驚きで目を丸くしていると、美咲ちゃんがちらりとこちらを見て、ニンマリと笑って見せた。
何と言うか、いろいろな意味で私には絶対言えない提案だ。
なんて悠長なことを考えている場合じゃない!
ついさっきまで、次の約束を欲しがって自問自答していた私が言うなって話だけど、私にとっては極上においしい提案でも、翔平さんには迷惑以外の何物でもないことくらい、さすがの私でも分かる。
だって勉強を教えるなんて、大学の話を聞かせるよりずっと面倒な気がしない?
「えっと、美咲ちゃん? ほら、澤部先生も勉強見てくれるって言ってたし、もし私のことを心配してるなら……」
「俺なら別に構わないよ」
「「「えっ!?」」」
三人の声が重なって、翔平さんが「やっぱり仲がいいな」と笑っている。
今日は笑顔の翔平さんをたくさん見られて、この上なく幸せ……じゃなくて!
私と晃一が驚くのは当たり前として、言い出しっぺの美咲ちゃんまで驚くというのはどういうことですかね?
思いっ切り目を細めて美咲ちゃんを見ると、バツが悪そうに頭を掻いている。
まさか受けてくれるとは、って反応ですね、それは。
驚いたり呆れたりと感情が忙しい私たち三人を尻目に、当の翔平さんはいたって穏やかな表情を崩さない。
「受験勉強なんて教えられる自信ないけど、試験の傾向と対策くらいなら、まだ記憶が新しいうちに少しは役立ててもらえるかな、って」
私と晃一から何度も浴びせられる「迷惑じゃないですか?」の質問に、「無理な時は無理って言うから」と微笑まれれば、断る理由なんかない。
面倒見のいい翔平さんの言葉に甘えて、一週間後にまた集まる約束をした私たちは、これから映画を観に行くという美咲ちゃんと晃一を見送るかたちで解散した。
そして道路に二人きり。
インタビューが始まる前まで心にくすぶっていた気まずさは、もう感じない。それどころか、もっと一緒にいたいと思ってしまうほどだ。
でも、来週また会える。今日は、ここまで。
「翔平さん。お話を聞かせてもらったおかげで、失くしかけてたやる気を取り戻せた気がします。本当にありがとうございました!」
お礼を言って立ち去ろうとした私を、翔平さんの「家まで送るよ」という言葉が引き留めた。
瞬間、頬が熱を持つのが分かった。
「さ、さすがにそこまでしてもらう訳には……!」
「もう少し城戸さんと話がしたい、なんて言ったら迷惑かな?」
「――!!」
これはもう…………。息が苦しいです、翔平さん!
いや、分かってますよ。きちんと送り届けなきゃっていう責任感と、私に気を遣わせないようにっていう優しさから出た言葉だということは。
でも、好きな人からこんなことを言われて心臓を撃ち抜かれない人がいるなら、身を守る術を教えてください!
声を出せずにブンブンと首を縦に振る私を見て、翔平さんは「良かった」と笑って歩き出した。