アルバイトはオシャレなカフェで
「せんせーい! ……って、あれ?」
放課後、懲りずにノックなしで国語準備室のドアを開けると、そこに澤部先生の姿はなかった。まさか、私が来ることを見越して逃げ隠れしてるとか? いやいや、いくら澤部先生でもさすがにそれはないか。
いないものは仕方ない。今日は勉強の心配ではなくお金の心配をしろと神様が言っていることにして、くるりと踵を返した私はそのまま生徒玄関へ向かった。
内履きから外履きに履き換えながら、ひとりでの下校はずいぶんと久しぶりだな、なんて少し寂しく思ってみたりする。澤部先生の所に寄ると伝えたせいで、美咲ちゃんは先に帰ってしまったのだ。けれどここでただトボトボと帰らないのが私! もちろんまっすぐ家に帰っても良かったのだけれど、せっかくアルバイトをしようと決意したのだ。いい機会だから人生初のアルバイトをどこでするのか、調査をしながら帰ろうではないか。
目的地なんて特に決めていなかったのに、それでも自然と、私の足はK大学の方へ向かっていた。大学周辺でアルバイトをしていればドラキュラさんに会えるかもしれないと、無意識のうちに打算が働いていたことは否定しません。だって今の私のモチベーションは、すべてドラキュラさんに左右されると言っても過言じゃないのだから。
K大学の学門前に着いた私は、改めて辺りを見渡す。これまで全然意識していなかったけど、さすが大学の周辺、アルバイトができそうなお店がたくさんあった。コンビニ、定食屋さん、飲み屋さん、ドラッグストア、カラオケボックスにオシャレなカフェ。そう言えば、ここからは見えないけど美咲ちゃんと行ったクレープ屋さんもあるよね。
全部がアルバイト募集中な訳はないだろうけど、ひとつくらいタイミング良く人を探しているかもしれない。そうと決まれば当たって砕けろ! どうせなら、一番働きたいと思えるお店から当たってみようじゃないか。こういう時の私は、驚くほどポジティブなのだ。
第一候補はオシャレなカフェ。だってほら、やっぱり憧れちゃうでしょ。素敵な外観に、雰囲気のあるBGM、そして可愛い制服姿。それだけで気持ちが高揚してしまうのが、乙女心ってものです。おまけに室内が涼しそうとくれば、もう完璧、理想どおり!
カランコロン。
これまたオシャレなドアベルが鳴ると、「いらっしゃいませ」の声が飛んできた。大きすぎず小さすぎず、心地よい声量と声音。軽く会釈しながら、店舗の中へ入っていく。お客さんを見回すと、さすがにこの立地だけあって大学生が多そうだ。
そのままゆっくりと歩みを進めてレジの前に立った私は、大きく深呼吸をして、そしてにこやかに微笑んでいる綺麗なお姉さんに勢いよく頭を下げた。
「ここでバイトさせてください!」
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「あんたって、ホントに世間知らずだよね」
最近では珍しく雨が降っている朝、昨日のアルバイト探しについてひと通り話し終えると、美咲ちゃんの大爆笑が通学路に響きわたった。
「普通、ネットとか求人雑誌とかで探すでしょ。それを突撃訪問するなんて、面白すぎ!」
私は苦笑いを浮かべるばかりだ。反論の余地はありません、世間知らずでごめんなさい。
「ま、結果採用してもらえたんだから、あんたの度胸の賜物かもね。行動的なところは、私も見習わないと」
未だ笑いが止まらない美咲ちゃんだけど、こうしてフォローしてくれるあたりはさすがだ。
「アリガトウゴザイマス」
恥ずかしさから片言の日本語になってしまった私を見て、美咲ちゃんはまたひとつ楽しそうに笑った。
「それで、いつから働くの?」
「夏休みに入ったらすぐ」
夏休みはもう目と鼻の先だ。終業式の日までには、澤部先生と受験勉強について話をしないと。そんな真面目なことを考えつつも、人生初のアルバイトが楽しみでもあった。
「マジかよ」
突然後ろから聞こえてきた耳障りな言葉。私をバカにしているのがビリビリと伝わってくる。無視して歩き続けたいところなのだけれど、隣の美咲ちゃんが「晃一!」と嬉しそうに振り向いたから、不本意ながら私も足を止めた。でも私は振り向いたりしない。せめてもの抵抗だ。
「城戸がバイトかよ。失敗する姿、拝みに行ってやるわ」
なんですと!? あまりに失礼な言われように思わず振り向いてしまってから、頭の先まで悔しさが込み上げた。こんなやつの言葉に乗せられて振り向くなんて、私もまだまだ修行が足りない。
晃一は言いたいことだけ言って満足したのか、私の反論も待たずに自転車で走り去っていた。まあ、待たれたところで反論なんてしませんけどね。
「またゆららばっかり、か」
消え入りそうな声が隣から聞こえてきて、私は慌てた。
「違うよ、美咲ちゃん! 私がいつも間抜けだから、晃一にバカにされているだけで、美咲ちゃんはしっかりしてるから……」
「ごめん、気にしないで。ゆららを責めてる訳じゃないの」
どこか寂しそうな美咲ちゃんの笑顔に、私はまた晃一を恨んだ。こんなに優しい美咲ちゃんを悩ませるなんて、なんてやつだ!
それでも美咲ちゃんは晃一が好きで、晃一じゃなきゃダメなのだろう。遊園地に行く時には精いっぱい美咲ちゃんの恋を応援しようと、隣を歩く美咲ちゃんの横顔を見ながら心に誓った。