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思い出の共有

「覚えて……いたんですか……?」


 まるでひとりごとみたいに小さくつぶやいた私の声を、翔平さんは当たり前のように聞き取ってくれた。


「もちろんだよ。俺にとっても印象的な出会いだったからね」


 夢、じゃないよね。嬉しすぎて、何も言えない。たくさん伝えたいことがある気がするのに、全部の言葉が頭から消えてしまったみたいに真っ白だ。


 目を丸くしながら両手で口を覆っている私に、翔平さんは照れくさそうに、そして少し気まずそうに肩をすくめた。


「城戸さんがこの辺りに住んでいたって話してくれた時から、前に聞いた『十二年』が気になっていたんだ。だけどそんな偶然、すぐには信じられなくて。さっきも回りくどい尋ね方して、感じ悪かったよね。ストレートに聞けなくて、ごめん」


 ますます強くなる非現実感に、勢いよく頭を振るのが精いっぱいの意思表示。翔平さんが謝ることなんてないんですよ、って。あの日を覚えてくれていただけで充分なんですよ、って。どうにか伝われ、私の思い!


 心の声が届いた訳ではないだろうけど、翔平さんの顔に、秋晴れの空のようなカラリとした笑顔が浮かんだ。


「勝手だけど、今、すごくスッキリした気分なんだ。城戸さん、改めて――」

「ゆららちゃん!」


 ……え、嘘でしょ。完全に二人の世界だったのに、桜庭くんの声で台なしになったじゃない。そんな完璧で絶妙なタイミングの横槍、どうしたら入れられるのよ。


「二人で何を話してたの? 僕も混ぜてもらおうかな」


 語尾に音符マークをつけてどうしても割り込みたいらしい桜庭くんに、思いっきり睨み付けることで抗議の意思を示す。桜庭くんがラツィナーやお父さんの命令に逆らえないのは仕方ないけど、こんな時くらい見て見ぬふりしてくれたっていいのに。というか、友人としてスルーすべきところだよ、絶対!


 そんな私の恨みつらみを知る由もない翔平さんは、いつもの落ち着いたトーンで言った。


「城戸さんの子どもの頃の話をしていたんだ。そんなに特別な話じゃないよ」


 桜庭くんの妨害をさらりと笑顔でかわせるあたり、大人だな、と見惚れてしまう。まあ、翔平さんにとっては本当にどうってことない世間話のつもりだったのかもしれないけど。それでも翔平さんの一挙一動が全部、雨上がりの葉っぱで輝く水滴みたいにキラキラとこの上なく素敵に映るんだもの。


「ふーん、そうですか。じゃあ、僕が知ってるゆららちゃんの昔話でもしましょうか?」


 子犬スマイルを顔に貼り付けた桜庭くんの声色には、少しだけ苛立ちが混ざってたことに気付けたのは、私くらいかもしれない。でも可哀想だけど諦めなよ、桜庭くん。どうやったって翔平さんの大人の余裕には太刀打ちできないんだから。


 ……そう、翔平さんから見たら私たちなんて子どもだ。出会ったあの日から十二年が経っていても、たった二歳しか違わなくても、高校生と大学生の隔たりは無視できないくらい大きい。


 翔平さんと再会してから、間違いなく今日が一番幸せな気分のはずなのに、当たり前の事実に今さらチクリと痛む心を抱えながら、初めてのお出かけの時間は過ぎていった。

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― 新着の感想 ―
[良い点] 翔平さんの大人の余裕に、ゆららちゃんは少し落ち込んじゃったのでしょうか。でも彼女ならすぐに前向きになると信じています。 個人的に桜庭くんひいきなので、もしかしてゆららちゃんとお似合い? な…
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