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味方がほしい!

 目指すは冷房完備の私立大学! 明確な目標ができたのはいいけれど、問題は山積みだ。


 まず資金面。両親からの援助はあまり期待できない。学費とギリギリの生活費をもらっている今でも心苦しいのに、大学の費用まで出してほしいなんて、とてもじゃないけれど言えるような雰囲気ではなかった。


 二つめは両親の説得。高校を卒業したら家に戻るというのが、両親との約束だった。両親だけじゃなく、おじいちゃんとおばあちゃん、そしてお兄ちゃんたちも、私が家に戻ることを微塵も疑っていないはずで、大学に行きたいなんて言ったら猛反対されること間違いなし。私が長期の休みでも実家に帰らないのは、家族と仲が悪いせいではなくて、むしろその逆、心配症で過保護な家族が家に帰って来いとうるさいからなのだ。


 三つめは学力面。正直、これが一番心配だ。卒業できればいいや、と思って過ごしてきた約一年半で、私の学力が上がっているとは思えない。あの私立大学がどれくらいの偏差値なのか分からないけれど、私の学力で届くのかどうか……。まさかドラキュラさんが大学生になってたなんて。こんなことなら、もっと真面目に勉強しておくんだった! と後悔しても後の祭りだ。


 とにかく、まずは情報収集。情報を制する者は受験を制する、ってどこかで聞いたことない?


 手っ取り早く味方を作るため、お昼休みに入ってすぐに、とある人物の元へ向かった。


「せんせーい! 私、大学行きまーす!」


 国語準備室へノックもなしに突入した私に、担任の澤部先生は椅子からひっくり返りそうなほどの驚いた。


「おい、城戸! 準備室に入る時はノックが基本! 他の先生がいたらどうするんだ?」


 澤部先生は、この学校の先生の中では若い方で(とは言っても私たちより二十歳くらいは上だろうけど)、堅苦しい雰囲気もないから生徒から慕われている。まあ、悪く言えばナメられている、というのは本人には秘密だ。


「いつも澤部先生しかいないくせに。先生だって、こんなところでサボってるんでしょ」


 誰もいないのをいいことに、澤部先生の手に漫画本が握られているのを、私は見逃さなかった。


「失礼な。これは授業で使う教材の参考にだな……」


 慌てて漫画本を机の引き出しに隠そうとしている(でも中身がいっぱいなのか、引き出しが閉められない)澤部先生の様子は、自分からサボっていたことを認めているようなものだ。他の先生がいなくて良かったのは、澤部先生の方じゃないか。


 もちろん、私はここに澤部先生以外誰もいないことが分かっていたからこそ、ノックもせずに足を踏み入れたのだ。こんな暑い時期に、生温い風が吹き込む国語準備室で過ごすような物好きは澤部先生だけ、というのは生徒の間では有名な話。冷房が効いている教務室にいたいと思うのが、普通の神経だよね。


 きっと澤部先生は暑さに鈍感なんだ。その証拠に、年がら年中着ているワイシャツは長袖。さすがに夏のこの時期は肘のあたりまで腕まくりしているけど、普通だったら半袖着るでしょ。


 でも今は澤部先生の鈍感さも、隠そうとしている漫画本もどうでもいい。


「漫画本はいいから、私の進路の話!」


 必死に引き出しを閉めようとしている澤部先生の腕を掴んで、本題に入る。


「ああ、そう言えば大学行くとか変なこと言ってなかったか?」


 聞きました!? 可愛い生徒が進学したいというのに、『変なこと』なんて普通言います!?


 抗議の意を伝えようと開きかけた口を、どうにか真一文字に結んだ。


 ……落ち着け、私。今までなら感情的になっていたかもしれないけど、今の私はこんなことで怒ったりしないはずだ。ドラキュラさんのことを想えば、たいていのことは許せちゃうでしょ。ここは冷静に大人の対応をしてあげるから、澤部先生もドラキュラさんに感謝することね。


 大きく深呼吸。


「K大学の教育学部に行きます!」


 大真面目にあの私立大学の名前を告げたのに、澤部先生は呆気に取られたような顔をしたかと思うと、数秒後に突然吹き出した。それもお腹を抱えての大笑いだ。さすがの私も、黙っていられない。


「ちょっと先生、笑い事じゃないんですけど」


 すると澤部先生は「へっ?」と間抜けな声を出した。


「俺を笑わそうとした冗談だろ? だってまさか、城戸があの大学なんて、笑う以外にどうしろと?」


 堪え切れないのかクックッと思い出し笑いをしている澤部先生を、思いっ切り白い目で見てやる。こういうところが、ナメられる原因だと思いますけど?


 私の目線に気づいたのか、澤部先生の顔から笑いが引いた。


「えっ? 冗談じゃないの? いやだってお前、あの大学はそこそこ偏差値高いぞ。そして何より学費が高い! 真面目に勉強してるとは言えないお前には、担任としてはとてもオススメできないね」


 ひとり納得したように「うんうん」と頷く澤部先生を見ながら、重ね重ね失礼な人だと思いつつも私の目は輝いた。だって偏差値はそこそこ、なんでしょ? そこが一番の不安要素だっただけに、『お前には無理!』って一蹴されなかっただけで希望が見えてきた。


「とにかく私はK大学に行くんです。行かなきゃいけないんです。そのためにこうして先生に相談に来たんだから、先生も担任として精いっぱい協力してくださいね」


 本日一番のスマイルを(澤部先生にはもったいないけど)置土産にして、私は準備室を後にした。背中越しに澤部先生が「おい、待て!」とか何とか呼び止めたけど、華麗に無視してやった。




「まこっち、なんだって?」


 教室に戻ると、真っ先に美咲ちゃんが尋ねてきた。ちなみに『まこっち』は澤部先生の愛称だ。澤部真、だから『まこっち』。本人を前にしても愛称で呼ぶ生徒は少なくない。美咲ちゃんもその一人だ。


「驚いてたけど、協力してくださいって言い切って出てきた」


 私の答えに、美咲ちゃんは楽しそうに笑った。


「ゆらららしいね。こうと決めたら猪突猛進、誰も止められないんだから」


 そのあたりは自分でも自覚していた。そして猪突猛進ついでに、今決めたことがもうひとつある。


「でね、私、夏休みからバイトを始める!」


 私の宣言に、美咲ちゃんは呆れたように肩をすくめた。


「どのあたりが『でね』なのか、さっぱり分からないんですけど」


 それもそうかと、さっき仕入れたばかりの情報を披露する。


「澤部先生にあの大学の学費が高いって聞いて、今のうちにお金貯めなきゃって思ったの」


 本当は遊園地に誘われた時から少し考えていた。美咲ちゃんが行く予定にしている遊園地は、チケット代だけでも安くない。それに加えて交通費と食事代、きっとお土産なんかも買っちゃうから、ひとり暮らしの身にはちょっときついものがあるのだ。でも美咲ちゃんが気にすると悪いから、このことは言わない。


「見るからにお金持ちの大学っぽいもんね、あそこ。それより、学力的には大丈夫なの?」


 その質問には胸を張って答えられる。


「偏差値はそこそこって言ってたから、大丈夫!」


 美咲ちゃんは盛大にため息をついた。


「あんた楽観的すぎる。そこそこの偏差値って、受験勉強必死にならなきゃいけないレベルの大学だと思うよ」


 目をパチクリさせる私の肩に、美咲ちゃんは手を置いた。


「ゆらら、お金より勉強の心配しなさい」


 自信満々にピンッと伸びていた背中が、少しずつ丸まっていくのが自分でも分かる。澤部先生の紛らわしい言い方のせいで、結局一番の不安要素は不安要素のままじゃないか。しかも一度大丈夫だと思ったところからの突き落としだから、ダメージ倍増だ。


 だけど、と姿勢を正す。私の十二年の恋心は、こんなことでめげたりしない。放課後に再び澤部先生を訪ねると心に決めて、美咲ちゃんの忠告に笑顔で答えた。


「ま、頑張りな。応援と協力はしてあげるから」


 実は優等生な美咲ちゃんの言葉は、とても心強かった。

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