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9、農家の緊急事態

 コボルドの林を抜けた後、一泊野宿し、パッチの町に到着した。

 バルゼリア城の南に位置する。

 魔王討伐のため北上していた時には立ち寄らなかった。


「バカ賢者様……まだ出ちゃダメです?」


 荷台の中からトンがささやく。

 町の人に見られないよう隠しておいた。

 オークはモンスターの中でも特に凶悪だと忌み嫌われている。


「まだだ。宿屋に入るまで我慢してろ」


「おや、旅人とは珍しいなあ」


 通りすがりの農夫が声を掛けてきた。

 トウモロコシを山積みした荷車を引いている。


 他にも収穫されたトウモロコシがあちこちに積まれている。

 この辺はトウモロコシ畑の農家が多いようだ。


 農夫に宿屋の場所を尋ねた。


「ああ、宿屋ならあっちに一軒あるよ」

「どうも」


 小さな町だから宿が無いことも想定していたが、ほっとした。


 しかし、教えられた宿屋に行ってみると開いていない。

 強めにノックしてみる。


「なんだい、休業中だよ!」


 宿の横から女将が出てきた。


「今は畑が忙しいんだ!」


 旅人も滅多に来ないから農家と兼業なのだろう。


「悪いが、他に当てがない。泊めてくれ」

「ダメダメ。部屋だってボロボロだ。掃除している暇なんてないし」

「汚くてもかまわない」

「汚いとはなんだい!」


 自分で言ったんだろう……。


「まったく、ただでさえ、荷車が壊れて大変だってのに」


 宿の横では中年のオヤジが荷車の前に屈んでいた。

 女将に聞いてみた。


「荷車がどうしたんだ?」

「ふん、車輪が蟻に食われて使いもんにならないのさ」

「それが直ったら泊めてもらえるか?」

「は? 直せるもんならタダでも泊めてやるよ。無理だからあっち行きな」


 俺は荷車に近寄った。

 片側の車輪が外され、横倒しに置かれている。

 車軸を通す中心から外周に向かい割れていた。


「これじゃ回らないな」

「ああ、朝からいろいろ試したが上手くいかねえ」


 オヤジが力なくつぶやいた。


「他に荷車はないのか?」

「よその農家もみんな収穫で借りられねえんだ」


 新たな車輪を作っている時間も当然ないだろう。


「この車輪を土に埋めろ」

「……何言ってんだ?」

「いいから、やれ。急いでるんだろ?」


 オヤジは渋々と地面を浅く広く掘り、そこに車輪を寝かせた。

 俺も手伝って隙間を土で埋めた。


「水を持ってこい」


 見ていた女将に言う。


「なんだってんだい!? ワケが分からないよ」

「いい、俺が行く」


 ブツブツ言う女将に代わってオヤジがバケツに水を汲んできた。

 俺は地面から車輪を抜き取る。

 地面に車輪の型ができた。


「ここに水を入れろ」

「……」


 オヤジは黙って水を流し込んだ。

 俺は氷結魔法で型に溜まった水を凍らせた。


「おわぁぁ!」


 オヤジが飛び跳ねた。

 女将も絶句している。


「応急処置だが、今日1日は解けない」

「あ、ありがとうごぜえます!」

「もしかして、賢者様ですか? 魔王を倒してくれた!?」

「ああ」

「うっひゃー!」


 今度は女将が飛び上がる。


「助かりました!」


 オヤジは氷の車輪を車軸にはめ、畑に向かった。



「賢者様がウチに泊まったなんて一生自慢できますよ!」


 まるで別人のように女将の愛想は良くなった。

 通された部屋は本当に汚かった。

 長い間、掃除をした形跡がなく、ホコリだらけだ。


「ゴホゴホ! そうだ、立て看板に書いても良いですか? 賢者様御用達の宿って!」


 掃除をしながら女将が何かと画策している。


「さあ、だいぶ綺麗になりましたよ。こんな部屋でも申し訳ないですが」

「気にするな。泊まれれば良い」

「これから私も畑に出るんですが……何かご入用は?」

「ない」

「わかりました。それでは……」


 と、女将は行きかけたが、また戻ってきた。


「お代は結構ですので」

「いや、払う」

「そんなそんな! 賢者様からお代などいただけません!」

「構わん。その代わり頼みがある」

「なんでしょう?」

「絶対に部屋の中をのぞくな」



 女将も出て行ったのを確認し、トンを屋台から部屋に移した。


「ごほごほ! ここ、ごほごほするです……」

「文句言うな。それより、お前、この部屋から出るなよ」

「分かってるです」


 少し心配だったが、一旦、外に出て、屋台に必要な荷物を取りに行った。


「け、賢者様〜!」


 宿のオヤジが真っ青な顔で走ってきた。



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